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THE ABLIFE March 2010
「あぶらいふ」厳選連載!
アブノーマルな性を生きるすべての人へ
写真=枷井克哉

縄を通して人を知り、快楽を与えることで喜びを得る緊縛人生。その遊行と思索の記録がゆるやかに伝える、人の性の奥深さと持つべき畏怖。男と女の様々な相を見続けてきた証人が、最期に語ろうとする「猥褻」の妙とは――
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電車が走り去ったあとのホームに、背筋と首筋をまっすぐにのばし、
彼女はさっそうと歩いていたのだ。
このときの私は、待っていた女性が現われた歓喜よりも、
驚きの感情のほうがつよかった。
なぜだ、なぜだ、なぜきたのだ――。


どんなに恥ずかしがって抵抗していても、太腿のあいだに、強引に手首から先をねじこみ、性器に指さきを触れてしまったら、たいていの女性は、もう力をぬいて、体をひらくのではないだろうか。
しかも彼女の両手は、背中にぎっちりと縛りあげてある。
ところが彼女は、固くよじり合わせた太腿の力を、いつまでもゆるめない。
体を丸め、膝と膝とを強く密着させて、私の手のそれ以上の侵入を、頑強に拒むのだ。

彼女の性器のなかに、私の性器を挿入するどころか、接触させることすらできない。彼女と一緒に仲よくラブホへ入り、楽しく時間をすごすこと、すでに数十回を数えている。
彼女をラブホヘ誘うとき、彼女がためらったり、イヤな顔をしたり、断わったりしたことは一度もない。
私が誘うと、いつもすこしうれしそうに足を弾ませて、私と肩を並べてラブホの入り口をくぐる。
けれども、いざノーマルな性交のポーズをとろうとすると、毎回、こういう形になる。といって、彼女はけっして私のことを嫌ってはいない。

私は、私を嫌う女性には、私のほうから絶対に近づかない(だれだってそうだろうけど)。

いまでも不思議に思うのだが、四年前、私がはじめて彼女をデイトに誘ったときも、じつに素直に、明るく、彼女は「はい」とうなずいてくれたのだ。
食事とか映画に誘ったのではなく、いきなり、
「ラブホへ行きましょう。あなたは、ぼくの縄に縛られなければならない」
と言ったのだ。あるいは、
「あなたは、ぼくの縄に縛られる運命にある」
などと、いささかキザなことを言ったような気もする。そして、そのとき約束した待ち合わせの場所が、JR山の手線の鶯谷駅のホームだったのだ。

いま白状すると、当日彼女が私の前に姿を見せるかどうか、半信半疑だった。
約束した日から会うまでに半月ほどの間隔があり、その間、私は彼女になんの連絡もしなかった。
前日になっても、
「明日の約束、忘れてないでしょうね」
などという確認の電話すらしなかった。
それなのに彼女は、約束した時刻に、きちんとやってきたのだ。
あとでわかったことだが、彼女は一度約束したことは、かならず守る、いまどき希有な、正直で誠実な性格の持ち主であった。

その日、三十分以上も前から、私は鶯谷駅の、約束のホームとは反対側に位置するホームのベンチに座って彼女を待っていた。
線路をへだてた向こう側のホームに彼女の姿を見たとき、私はアッと思った。

きた、きたぞ。
これはどういうことだ。本当にきたぞ。

電車が走り去ったあとのホームに、背筋と首筋をまっすぐにのばし、臆するところも、わるびれた風情もなく、彼女はさっそうと歩いていたのだ。
これは一体どういうことだ。
このときの私は、待っていた女性が現われた歓喜よりも、驚きの感情のほうがつよかった。

なぜだ、なぜだ、なぜきたのだ。

彼女は、いまどきの軽佻浮薄な女とは正反対の、常に理性的な、毅然とした清潔な姿勢と風貌の持ち主である。
生まれのよさ、育ちの確かさを思わせる、潔癖でまっすぐな性格である。頭脳は明晰、かなり高度なインテリジェンスを有する。

「SM」に関しての感受性も鋭く、深い。いわゆるマニアと称してもいい女性であろうが、単純にSMマニアときめつけるには、あまりにも怜悧な客観性と分析力を持つ。
私如き卑しく醜い、そして貧しく軽薄な男の口車にのるようなタイプの女性では絶対にない。
とにかく確固たる矜持と自尊心を身につけた人物なのだ。

しかし、私の誘いに、やってきたのだ。現われたのだ。
(言うならば、これは奇跡というやつだな)
と、鶯谷駅のホームで、私は四年前に思ったのだった。

太腿を固くよじり合わせて、容易に股間をひらかないのは、四年前のそのときも、いまも同じである。
そして私は、彼女を後ろ手に縛ることを第一番の目的としてラブホへ入るのだから、ノーマルな性器挿入行為をしなくても、満足感は十分にあるのだ。
性器結合ができたとしても(この四年間のうちに、それは何回かある)それはオマケみたいなものである。

このへんが通俗常識人の感覚では、とても理解できないところであろう。

股間をひろげることには頑強に抵抗する彼女も、私の陰茎を口のなかに迎え入れる行為は、なぜかよろこんでやってくれるように思える。

一番はじめ、私はおそるおそるその行為に及んだ。上品で清潔な美貌の口のなかに、私の醜いものを挿入するのは、かなりの勇気を必要とした。しかし彼女は信じられないくらいに素直に唇をひらき、それをやってくれた。私はうれしかった。

(続く)

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濡木痴夢男 1930年、東京都生まれ。SM雑誌『裏窓』『サスペンス・マガジン』の編集長を務めるかたわら、『奇譚クラブ』他三十数誌に小説を発表。1985年に「緊縛美研究会」を発足し、ビデオ製作や『日本緊縛写真史』(自由国民社)の監修にあたる。著書多数。近著に『緊縛☆命あるかぎり』(河出文庫)。
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