アカイマサアキ『エリスII・鏡面反射』
(サークル名「Sol・i・taire-Publishing」)
(サークル名「Sol・i・taire-Publishing」)
今夏は9割仕事で1割が趣味。なにしろ会期中、特設コーナーで昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』を売ってんだから、編著者が家でガリガリくん囓って寝てるわけにもいかない。
で、売り子は本職の営業担当諸氏にお任せするとして、多少は呼び込みもやった。購入者からの質問を受けたりもした。最終日の追い込みには、次々サインをした。俺が真面目に「マンガに自由を! 永山薫」とか書いてたら、昼間は「妻を娶らば才長けて」と50代以上の人でないとわからないフレーズを書いていた。何を考えてんだか……(あ、突然思い出したが随分昔、竹熊健太郎がウチに遊びに来た時、小学生だった息子が色紙を差し出したら、「本気汁」と書きやがった)
てな話はコッチに置いといて、商業本とはいえ、コミケ会場で自分の本を自分で売るというのもナカナカの気分なんですな。同人誌と違うのはいくら売れてもすぐに現金が入ってこないということぐらい。すでに印税はもらっちゃってるんで、一杯売る→増刷→印税が入るという、思い切り遠回りな世界なわけだ。
で、本を売るだけで終わらないのが俺らの稼業。『マンガ論争3』に向けての取材もしなければならない。今回はシンポジウム(これは取材じゃないが)があったり、前衆院議員がコミケにやってきたり、唐沢俊一検証本(後述)が唐沢俊一に手渡しされる一幕もあったりして、三日間暇なしに動いてた。もちろん、三日目はエロマンガ家も評論家も大勢詰めかけるから挨拶廻りちゅーか陣中見舞いも欠かせない(これも全部は無理だったが)。
で、その合間を縫って、マイ・フェイヴァリットな本を買ったり、頂いたりするわけだ。
てなわけで、そろそろ、今回の収穫について話を進めよう。
掘骨砕三『尻いじめ』 (サークル名「日本宇宙旅行協会」) |
設定集『クロとマルコ覚え描き改訂版』 (サークル名「日本宇宙旅行協会」) |
マンガ好きとしてもマンガ評論家としても、今夏最大の収穫は掘骨砕三のコミケ初参加だった。掘骨はマンガ好きの間ではある意味、幻の作家。最近は一般誌にも登場し、『クロとマルコ』(秋田書店)という実にキュートなSFファンタジー連作を発表しているのだが、デビューは桜桃書房のマニアックなアンソロジー。俺は掘骨(あるいは鉈川紘名義)の紡ぎ出す、吐き気を催すほどグロテスクなのに愛らしく、目を背けたくなるほど残酷なのに感傷的で牧歌的(俺が掘骨を評する時の定番フレーズ)な世界に耽溺し、何時刊行されるか不確かなそのアンソロジーを追い続けたのである。その後の東京三世社、三和出版、光彩書房(尾瀬秋葉名義)での一連の仕事は単行本一冊一冊が素晴らしく、どの一冊を取っても心と脳が揺さぶられるほどの魔薬のような傑作揃いなのだ。おっと、掘骨について語り始めると終わらなくなってしまうので、この辺でやめておくが、今回、掘骨のサークル「日本宇宙旅行協会」で頒布された同人誌は、少年がお姉さんたちに浣腸されて嬲りまくられる直球スカトロ&アナルな『尻いじめ』、マジカルな身体改造と陵辱・調教・飼育を描く夢魔的な『アナタヲジザイニ』、鉈川名義のダークファンタジーコメディで97年の投稿作品『PUNPUKN JACK』、人形アニメの原作(アニメ製作は挫折)として描かれたダークコメディ『くれよんおばけ・つぎはぎ娘』、設定集『クロとマルコ覚え描き改訂版』、『下水街覚え書き纏め本文編』、『下水街覚え書き纏め補遺編』の7冊。
アカイマサアキ『エンピツ・艶筆』 (サークル名「Sol・i・taire-Publishing」) |
アカイマサアキの作品は手に入れるチャンスがあれば必ず手に入れることにしている。広い意味でのショタ系、女装少年系なのだが、アカイの描く少年は今流行りの萌え系女装少年たちとは一線を画す。リアルな少年の裸体あるいはゲイコミックに登場する腹筋の割れた少年像に比べると多少フェミニンなライン。キャラクターの性格も純然たる男子よりは女子っぽい匂いがある。いわば中身はオンナノコなのに、精一杯オトコノコの振りをしているような、ほんとに微妙なニュアンスがエロチックなのだ。もちろん、フェティッシュな女子用水着の描写も素晴らしいのだが、俺のツボはむしろ、彼と彼、あるいは彼と彼女たちの心理の混沌。
新刊は二冊。『エリスII・鏡面反射』は未刊の『エリス』に先駆けての番外編。水着女装の兄を水泳少女の妹が緊縛し、陵辱する近親相姦もの。エリスと呼ばれる兄はボールギャグをかまされており、ほぼ妹の狂気じみた内面吐露に終始するという緊張感に満ちた短編。もう一冊の『エンピツ・艶筆』は鉛筆画によるイラスト集。イラストと言ってもテキスト入りで、前後のストーリーを妄想させる。好きな人にはたまらない逸品である。
『淫漫姫』 (サークル名「たまご酔拳」) |
漫画好きのブロガーやライターやマンガ家が総力を結集して作った評論誌というより、いわば「エロマンガ・ファンブック」。俺はその昔、エロ漫画情報誌『コミックジャンキーズ』に携わっていたわけで、
「ああ、俺がやりたかったことの何割かは若い世代がやってくれてんだな」
と安心&嫉妬&羨望&声援という感じなのだ。俺が座談会で参加というのも見逃せないが大体表紙が町田ひらくでロングインタビューもあり、プロ漫画家も多数参加という130Pを越える超贅沢な一冊。エロ漫画家インタビューという鉄板路線に止まらず、擬音表現の研究とか、女の子に読ませたいエロ漫画とか、エロ漫画に登場するキモオタとか、多彩な読み物とネタを盛り込み、エロ漫画の楽しみを全面展開。
編集のセンスと技術もプロ級なので、エロ漫画好きにとどまらず、貪欲に面白い漫画を探している漫画読みにもオススメだ。
エロ漫画という文化を「なかったこと」にされないためにも、こうした企画は是非とも継続して欲しいと思う。
『唐沢俊一検証本VOL.1』 (サークル名「西理研」) |
ここ最近、ネットの一部で話題を呼んでいる「唐沢俊一検証blog」に書き下ろしを加えた『唐沢俊一検証本VOL.1』として同人誌化された。詳しい事情は「唐沢俊一&検証」とか「唐沢俊一&盗作」とかで検索していただければ呑み込めるであろう。ようするに唐沢が漫画読者系の有力ブログ「漫棚通信」に掲載された文章の一部を改変して、単行本の原稿の一部に使ったという「盗用疑惑」を端緒として、唐沢の著書を検証していったらどうなるかというのが「検証ブログ」のテーマ。
なにしろ雑学先生を向こうに廻しての検証である。なまなかな調査能力と知識では、その著述の問題点を指摘することは困難だと思われるだけに、そのブログの内容には圧倒された。俺はなんとか、この注目の同人誌を午前中に入手できたわけだが、その後のエントリーによると、コミケに持ち込んだ分は早めに完売。中野のタコシェ委託分もすぐに完売になったそうである(※註)。唐沢に同人誌を渡す瞬間を取材したが、いずれ検証ブログ管理人、唐沢俊一双方に、可能であればコトの発端となった漫棚通信ブログの管理人にも、取材を行いたいと考えている。漫画とネットに関連した著作権問題を『マンガ論争勃発』チームとしても無視す ることはできない。
俺も唐沢とは過去にゴタゴタがあった。そのため、唐沢が取材に応じるかどうか は微妙だが、唐沢も公開の場で、反論なり、釈明なり、なんらかの対応を示した 方がいいと思うのだ。
むすび
そんなわけで、夏コミ同人誌を横に積んで書いてきたわけだが、このペースで全部紹介するのは無理。てゆーか、まだ半分くらいしか読めてない。
ただ、正直に書いておくと、いつもながら俺が入手した同人誌(個人誌、自主出版物)はショタ、女装、SM、評論と明確に偏っている。昔は、好きな作家の同人誌をジャンルもテーマ関係なく見境なく買っていたのに、年々絞り込まれてきた感じだ(文中敬称略) 。
文=永山薫
※註 「唐沢俊一検証blog」によると増刷の上、タコシェで9月初旬より再販売とのことです。
http://d.hatena.ne.jp/kensyouhan/20090822
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2009夏休み特別企画
マンガの国存亡の秋 開戦前夜
『マンガ論争勃発2』 編著=永山薫/昼間たかし
永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。
永山薫ブログ=9月11日に生まれて |