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『マンガ パソコン通信入門―笑って体験、はじめの一歩』
原作=荻窪圭
漫画=永野のりこ
発売日=1996年9月
出版社=講談社
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特集:インターネットのある暮らし2012
地獄から天国経由で煉獄へ 文=永山薫
私たちの暮らしは、すでにインターネットが欠かせないものとなっています。PCは当然ながら、携帯電話、スマートフォンの通信も常時接続が意識されなくなりつつある昨今、改めて意識しなければ「インターネット」を感じることが少なくなっているのではないでしょうか。かつての夢のような技術を無意識に享受する現在――。2012年WEBスナイパー夏の特集企画では、私たちの暮らしに浸透したインターネットについて、いま一度考える機会を持ちたいと考えます。漫画研究家・永山薫さんにはまだインターネットが生まれる以前、パソコン通信時代の経験を踏まえて、その当時から現在までを貫く形で情況を見通していただきました。
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■地獄に住んでいた頃

もし誰かが俺に「インターネットのある生活ってどうですか?」と質問してきたら、「バラダイスですよ」と答えようと思う。
今となってはネットに接続していない時代なんて、ロクに思い出せない。いや、あんな野蛮で理不尽な石器時代のことなんて思い出したくもない。
若い人には信じられないかもしれないが、俺らが若い時分は、ライターは原稿用紙というマス目を印刷した400文字しか入らない紙に、鉛筆やシャープペンシルで原稿を手書きしていたのである。写真が必要な場合には今はマニアしか使わない銀塩カメラで撮影し、現像所で現像し、紙にプリントした写真の上にトレーシングペーパーを重ねてトリミングの指示を描き込んだものを原稿用紙に添付して、編集部まで持参するか、編集者が取りにきたものだ。
編集者はさらに地獄だった、〆切ギリギリに手渡された手書きのきっちゃない原稿を解読して、誤字脱字を直し、デザイナーが上げてきた手書きのレイアウト用紙を見ながら、文字の級数指定を行ない、写植屋に持って行き.........書いてるだけでもうなされそうになるのでやめておこう。なにしろ、この後、印刷屋さんの地獄が始まるのだから、エンドレス・ヘルである。

■すばらしき新世界

なんてことを思い出すと、今はホントに極楽だ。俺は元々、省力化バンザイ人間である。ちょっとでも楽したいからワープロ専用機もわりと早くに月賦で買った。身近なライター仲間では二番目だった(一番は高杉弾である)。ワープロの素晴らしさは筆舌に尽くしがたかった。悪筆の俺が苦労なしに原稿を書ける。しかも驚いたことに書いた原稿はフロッピーディスクに記録できる。この一行ずつ印字する電気タイプライターみたいなシャープのワープロで単行本を一冊書いた。今、同じことをやれと言われたら発狂すると思うが、当時は鼻高々だった。
二代目のワープロはもう少しパソコンっぽいエプソン製の機種だった。Macと同じCPUを使っていて「poor man's Mac」と呼ばれており、ハンドヘルドスキャナ、表計算ソフト、MacPaintのパチものみたいな描画ソフトが別売されていた。オモチャ好きにはたまらん機械である。これでも一冊書いた。初代のワープロに比べれば天国である。まあ、今、同じ機械で同じことをやれと言われたら発狂はしないけどブチ切れると思う。

■パソコン通信から始まる

パソコン通信を始めたのも、この二代目ワープロからだった。
パソ通なんて、今時の若者は知らないだろうが、要するに原始的なソーシャル・メディアだ。2ちゃんねるみたいな掲示板(BBS)を使って、主にテキストでコミュニケーションしていた。2ちゃんねると違うのは、ニフティサーブなどの大手から、個人が趣味で運営している草の根BBSまで、ほとんどが会員制だった点だ。当然、管理者はある程度の個人情報を把握できる。有料会員制の大手ならクレジットカード決済だ。BBS上ではハンドルネームを使えるが、身許は誤魔化せない。
パソ通はニフティに限らずパティオや会議室という区切りがあって、クローズドな仲間内の世界だった。今時ネチズンとかネチケットなんて言葉を使うのは最古参の連中だろうが、一定のルールや行儀作法があったわけだ。この一種のしきたりが会議室ごとに差異があった。議長とかシスオペ(シソップ)と呼ばれる自治会長みたいな人が仕切っていた。それでも人間というものは情けない生き物で、文字だけの通信だと普段は面を向かって言えないようなことを描き込んでしまうのである。今でいう炎上、昔風にいうならばフレームが起きる。それを沈静化するのが議長やシスオペというわけだ。まあ、議長の中にはお山の大将になって、最後は裁判に訴えられて赤っ恥をかいたヤツもいるけれど、一定の秩序は保たれていた。

■狭い池から大海へ

パソ通はそれなりに面白かったのだが、当時は通信速度も遅かったし、接続の手順がめんどくさかったし、文字情報だけというのは疲れるのである。今、同じことやれと言われたらって、かなり不機嫌にはなるだろう。ただ、パソ通みたいなことはインターネット上に生き残っている。先述の2ちゃんねるもそうだし、ブログのコメント欄も、Twitterも、Skypeなどのチャット機能もパソ通の子孫と言えるだろう。考えてみれば匿名論争も炎上も昔からずーーーーーっと続いているわけだ。
パソ通をやっているうちに、やがて「これからはインターネットだ」と囁かれ始めた。その声は徐々に大きくなっていき、ハウツー本が目立ち始めた。最初の内は敬遠していたが、始めてみると、これが面白い。世界中を歩き回れるし、国内にはない画像や情報にアクセスできる。ある種の全能感というか、これまでにない快感だった。かくしてインターネットの坂道を転がり落ちることになり、現在も転落し続けている。
インターネットを始めて、気付いたのは、これまでオレタチは池で遊んでいた子供だったということだ。池には池の良さがある。フナだってゲンゴロウだってドジョッコだっている。でも海のデカさ、豊穣さ、多様さには勝てない。しかもベタ凪の海ではなく、時には大嵐がやってくるし、ホオジロザメもいれば、クレジットの残高をかすめ取ろうとするダニもいる。劇的で知的でクールで狂ってる。

■ネット依存生活

仕事も生活全般もビフォア/アフターで劇的に変わった。
一番身近な例を挙げるとすれば辞書を使わなくなったことだろう。CD-ROMの辞書が出た時には驚いた。
「おおっ、逆引きもできる! 鶯の声も聞くことができる! 国語辞典と英和辞典がシームレスに! これは便利だ」
でも寿命は短かったな。今ならネット上に辞書がある。常に更新中のwikipediaもある。ネット翻訳の精度も上がっている。
そもそもATOKで「字引」的な機能は充分イケる。差別用語が入っていないとか文句を言ったらバチが当たる。
広辞苑や新解さんを引っ張りだすのは今や趣味的な振る舞いとなっている。前後の項目を読んで楽しむ。そういう使い方になってしまった。
それでいいのか?
もちろんいいに決まっている。実は広辞苑よりPCのほうが高価だし、嵩張るという現実はどうでもいい。いや、いいことにしておこう。これまで旅先で原稿書くなんて考えていなかったのが、書けるようになった。原稿だけじゃなく、ニュースサイトのコーディングもできるし、DTPもできる。出来上がったファイルはファイルストレージサービスを使って送る。いざとなったらPDFを印刷所に直送することもできる。取材だってその場でメモをテキストにできる。録音聞きながら記事に起こすこともない。対談やインタビューは別だが、Skypeのチャットが原稿に化けることだってある。MacbookProが重いと文句を言ってはいけない。そうだネットでカートを買えばいい。接続料金も考えない。つまらんオフラインの現実を見てはいけない。現実はネットにある。新聞取るのやめたし、テレビも観ない。ネットのほうが早いし、複数の報道をチェックできる。時々、古新聞がないと困ることがあるが、そんなことはどうでもいい。

■ネットがなければ知らなかった

エロ本も買わなくなった。理由は言うまでもあるまい。エロ関係は特殊な趣味の世界まで揃っている。キャストマニアなんてジャンルがあるのを知ったのも、海外ではFurry萌えが巨大なジャンルになってるのも、アンピュティな画像を堂々と自分のページで公開している人がいるのも、幼児プレイマニアのサイトが1300以上存在することも、知ることはなかっただろう。
 そうして「発見」した海外の変態系のサイトを巡っていると、色々ネタが落ちている。例えば、海外の女装系掲示板を見ていなければ超美形の女装ファッションモデル、アンドレイ・ペジックの存在を知ることもなかったし、ちょっと話題になったトヨタのCMに登場した女装のモデルStav Strashkoの名前を知り、Facebookまで追いかけるなんてマネもできなかっただろう。
半ば趣味である古いフレンチ・ポルノのイラストレーターたちのことも調べようがなかっただろう。
表のマスコミには出ないイジメ加害者の顔写真も、アイドルの整形前の写真も、陰惨な死体写真が掲載されたメキシコの新聞も、愛らしい小動物も、バカげた動画も、ネットがなかったら、それを見つけただけで小銭が稼げだろう。
昔は俺も死体写真満載の洋書を一冊借りてきて1年以上雑誌で死体評論を連載したものだ。中途半端な雑学、海外情報を切り売りしてた連中にとっては地獄の時代だ。
ほとんどのことはネットで調べればわかる。2ちゃんねるのまとめサイトに行けば、芋蔓式に笑える/エロい/悲惨な/珍しいネタが拾える。
屍臭もクソの臭いもしないデオドラントな視覚と音声と文字情報の宝の山だ。
インターネットが普及しはじめた頃、知り合いのデザイナーとエロ画像の話になった。
「無修正なんて嫌ほどあるよね」
「ついダウンロードしちゃうんだけど、あとで見たりしないよね」
「ものすごくハマったのは別として、ほとんどは惰性っていうか、一応押さえておくかみたいなさ」
「そうそう、アマチュア無線のベリカードじゃないんだけど、そこに行った記念とゆーかね」
無修正のエロ画像が同じ目方の金と交換できた時代......はないとしても、その価値は徹底的に下落してしまった。

■ネットと現実の相互乗り入れ

もはやインターネット抜きの生活は考えられない。ショッピングはオンライン、ホテルの予約もオンライン、コンサートチケットもオンライン、古本はネット古書店かオークション。
その間にもCDの売り上げは底を割り、印刷会社が倒産し、書店が閉店しているが、音楽はダウンロードするのが常識だし、本はamazonで買うのが当たり前だ。そのうち紙の書籍を読むのは贅沢で高尚な趣味になってしまうのだろう。ただ、音楽や演劇に関しては実演の復権が始まっている。AKBという芸能界のパロディはご丁寧にもライブが原点だ。映画館だってドン底の時代が嘘のようだ。俺も暇があればクラシックやジャズのコンサートやオペラ公演に足を運ぶようになった。そこで「うわ、やっぱ生は違うわ」と感激するわけだが、チケットはネットショップで予約してるし、映画はフィルムではなくデジタルデータだ。それどころか、初音ミクがライブコンサートを行なうというとんでもなく狂ってるけど刺激的でバカみたいに倒錯した現実と非現実の交錯が始まっている。

■ノードとしての「我」

パソコン通信の時代は、まだかろうじて「通信機器の前に座って通信を行なっている」という実感があった。黒電話のダイヤルを回して電話をかけるという原始的な作業の延長上にいたわけだ。常時接続が当たり前になっている今は、接続していること、通信していることすら忘れてしまう。もはや自分のPCがネット端末なのではない。俺自身が端末なのだ。しかもこの端末は受信だけでなく発信も行なっている。その意味では我々ネットユーザーはネットのノードであり、ネットに情報を提供する自律型の移動端末なのだろう。
地球規模で見れば、もちろんノード化されない人間のほうが多い。
独居老人、ストリートチルドレン、貧困層の人々はネットには存在しない。可哀想な弱者として記号化され、ニュースサイトの画面に登場するのが関の山だ。可哀想だと思ったらワンクリックで募金する。
とはいえ、ネットはそうした人々もネットに取り込んでいく。オービスと防犯カメラとポイントカードがちゃんと見守ってくれている。
そして韓国に続いてマイナンバー制度が導入されれば、全国民の端末化は完成する。
アナタが月にどれくらいのカロリーを消費し、成人病罹患の確率がいかほどで、エロDVDをどれくらいの頻度で借りて、どこのラブホを使っているかなんてことも、ちゃんと記録していただけるだろう。まったくもってありがたい話だ。
天国にいる人間が地獄を語る資格はないけれど、ただ、最近、ちょっときな臭いよなあ。

文=永山薫

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永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。
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