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特集:インターネットのある暮らし2012
駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは俺とお前ら 文=四日市
私たちの暮らしは、すでにインターネットが欠かせないものとなっています。PCは当然ながら、携帯電話、スマートフォンの通信も常時接続が意識されなくなりつつある昨今、改めて意識しなければ「インターネット」を感じることが少なくなっているのではないでしょうか。かつての夢のような技術を無意識に享受する現在――。2012年WEBスナイパー夏の特集企画では、私たちの暮らしに浸透したインターネットについて、いま一度振り返る機会を持ちたいと考えます。インターネットラジオ番組「四日市のエヴァエヴァ60分」でお馴染みのライター・四日市さんには、インターネットの発展におけるアダルトコンテンツの意味について考察していただきました。
インターネットの躍進の影にアダルトコンテンツの影響があったことを、誰も否定しないと思う。VHS ビデオの普及の影にアダルトビデオがあったように、インターネットの普及にもアダルトの功績は大きい。
1995 年、エヴァとオウムと震災の時代。インターネット方面ではテレホーダイがはじまり、脅威の64kbs " 高速" 回線・ISDN がサービスを開始されていた。そんな細やかなニュースに色めきだって居たインターネットユーザのホット・ポイントの一つに「アングラ」があった。「アングラ」とは「アンダーグラウンド」の略語。コンピュータソフトや、当時最先端の圧縮技術 MP3 を用いた音楽ファイルの違法な配信行為である WAREZ *1 や、ファミコンやスーパーファミコンのソフトをパソコン上で動作させるエミュレーター。掲示板荒らし、宗教や猟奇、オカルトに類する出所不明の怪文書など「ちょっと表には出せないよね」といったコンテンツ群が人々をインターネットに駆り立てていた。そして、その一角にポルノもあった。当時、最も利用されていたアングラリンク集「カルトブックマーク」には確かに項目として「アイコラ *2」「H系」「アダルトリンク」「xxx *3」「CG」などのジャンルが独立して存在していたことがその証左となるだろうか 。ちなみにこの中の「CG」とは二次元アダルトイラストサイトのことで、パソコン通信からの古参の他に、「ぷに *4」や「鬼畜 *5」がメインだった *6。
■リアル・ワールド・グーグル
今日の我々を取り囲むアダルト環境ときたらどうだろう。もはや「アダルトビデオを借りに行く」という行為には懐かしさすら伴う。だいたい筆者からしてアダルトビデオを借りた経験はない。オタクだからだ、というツッコミはナシだ。95年当時のインターネットですら、サンプル豊富な海外アダルトサイトに国内のアイドルコラージュ、二次元イラスト、ニューズグループ *7 を飛び交うポルノの数々。回線の細さから動画こそ不可能なものの、アダルトコンテンツは、お金を払うというコスト、恥ずかしさというリスクを負ってまで借りに行くようなものではなくなっていた。
当然ながらインターネットのユーザ、コンテンツの増加に比例して、ポルノもまたそれ以上の勢いで増加を続けた(もちろん WEB スナイパーもそのひとつだ)。2001 年に Yahoo!BB などが立ち上がり、安価で高速な ADSL が普及すると共に、インターネットユーザは増え続けた。アングラ雑誌は徐々にその勢いをなくし、対して、より大衆に向けて一般化したメディアが現われ始めた。「インターネットにはヤバイものがあるらしい」から「インターネットなら無修正画像が見られるらしい」になり「インターネットはポルノがタダ」に変遷した。今やポルノはそこら辺に転がっているものになってしまった。まとめサイト、xvideo、fc2動画。インターネットはポルノに溢れている。回線の高速化、配信技術の整備によってポルノ動画のストリーミングもメジャーな存在だ。ポルノ画像に至ってはそれこそ大量に掲載されたサイトなんて山ほどある。
ほんの 10 年前、童貞には、女性器の姿形なんて想像することしかできなかった。モザイク。その完璧なる防壁。それが今や、女性器を見たことのない童貞がいるだろうか。国内法が禁止していようと、見れてしまうものはどうしようもない。「女性器が、想像以上にグロかった」なんてネタが通用しなくなるまでもはや数年と保つまい。すべてインターネットと Google がもたらした世界だ。そう、Google。それこそ Google のセーフサーチをオフにすれば、女性の名前でイメージ検索をするだけでポルノ画像が引っかかってしまう。
■欲望の名前
そう、検索とキーワード。昨今のインターネットになくてはならない存在だ。知りたいこと、欲しいもの、見たいものを検索する。インターネットの入り口はいつもそうだ。これは95年から変わらない。Yahoo! から Goo、Altavista......我々は今、Google と共にある。情報へのアクセスには Google という門番が立ちはだかり、彼は我々にキーワードを要求するのだ。
「あんたの欲しいものは、何という名前なんだい?」
インターネットで今、最も必要とされているのは「あれ、なんだっけ。ほら、たぶん3年くらい前に月曜の深夜にやってたドラマで」みたいな曖昧な情報での検索だが、それは未だ実現されていない(それでも割と見つけられてしまうようにはなってきたのが恐ろしいところだ)。検索キーワード。名前がわからなければ、欲しいものを見つけられない。欲しいものには名前が必要だ。「なんとなくこういうもの」というだけではたどり着けない。着きづらい。我々は、我々の欲望に名前をつけなければならない。欲望の名を、今やインフラと呼べるまでに巨大化したシステムが我々に要求しているのだ。
「欲しいものを適切に探し出したい」その欲求を叶えるために進化してきたものを、我々はよく知っている。ひとつはオタク。世界観や美少女の属性、身体的特徴をキーワードにし記号的な消費が行なわれたことは、東浩紀「動物化するポストモダン」に詳しい。それを求めない人にとってはどうでもいい差異だが、求める人にとっては「それでなくてはならない」重要なもの。混同され易く、混同されてはならないもの。それらを的確に区切るためには、名前によって区切られなければならない。オタクはそれを重要なものとしてきた。そしてそのような進化をしてきたものがもうひとつある。そう、アダルトビデオだ。女優個人はもちろん、監督やプロダクションといった基本情報に加えて、年齢、体格、シチュエーション、コスチューム、プレイの内容から舞台、雰囲気まで、あらゆる要素が解体され、それらにひとつひとつ個別の名称が与えられた。アダルトビデオのタイトルは、コンテンツの内包するキーワードを羅列し、それを日本語の形に構成し直したかのようではないか。その様に、今では当たり前に使われている分類技術のひとつ「タグクラウド」を見出すのは決して行き過ぎた推察ではない。レンタルビデオ店の一角、大量に陳列されたアダルトビデオの数々。それらを分類、つまりインデクシングするにはキーワードが必要だった。我々は、それを欲望の数だけ作りまくった。
■新ジャンル「キーワーディズム」
このありようは何もアダルトビデオに限ったものではない。音楽だって今では「Electronica/IDM/Glitch」のように、その構成する要素を羅列するタグクラウドのような形でジャンルが示される。さらに、このキーワード付けの過程で自然と「キーワードにまつわるストーリー」は排除されていく。音楽で言えばかつて「ロック」が含んだ反社会的などのストーリーは削ぎ落とされスタイルと音の質に還元されている。キーワードが単純にコンテンツと結びつく時、そこにストーリーが組み込まれる余裕はないからだ。「混同され易く、混同されてはならないコンテンツ」が「大量に供給」された時、人は自然とインデクシングを行ない、キーワードを作り、連ね、そしてストーリーは喪失される。
コンテンツから、欲望を満たしてくれる要素を抽出し、明言化する。そしてキーワードを与える。新ジャンルの誕生である。新ジャンルは検索性を高め、そしてある副次的効果を生み出す。まず特徴が定義されているため、模倣しやすい。「このジャンルが成立するまでにはこのような経緯があって、この偉大なる彼が大きな功績を」という過程はキーワードとその定義に非可逆圧縮されているため、模倣するのに「そんな、とても恐れ多い」という、いわゆるリスペクトの概念を気にしなくてよくなる。ジャンルに権利者は存在しない。「パクリ」は権利侵害だが「ジャンルに類する作品」は何も侵害していない。そこにはルールがあるだけだ。
我々は大量生産、大量消費の中でインデクシングのためにキーワードによる分類を行なった。そのキーワードは、さらなるコンテンツの増加を招く副次効果を持っていた。とすれば、現在のインターネットの有り様は、すでに我々が交尾する生き物として誕生し、発展し、産業革命に入った時代から宿命付けられていたのではないだろうか。卵が先か、鶏が先か、という話に近いが、こう考えるのも良いのではないか。現在のインターネットの風景は、アダルトビデオへの欲望が駆動させたのである、と。
文=四日市
*1 WAREZ 「ウェアーズ」、「Softwares」から、後半の「wares」だけ取り「ウェアーズ」。「ズ」の音を「Z」で表わすのは当時のアングラのマナーのようなもの。日本ではローマ字読みして「われず」転じて「割れ」「割れ物」などと呼ばれた。
*2 アイコラ アイドル・コラージュの略。アイドルの写真とヌード写真を合成したもの。
*3 xxx ハードコアなポルノを表すキーワード。当時、無修正画像を探すために海外の検索サイトを「xxx」で検索するのは常識だった。
*4 ぷに 「ぷにぷに」の略。だいたいロリータを指していた。現在ではおジャ魔女どれみ系オンリー即売会「ぷにけっと」にその面影を残すのみとなっている。
*5 鬼畜 SM 的シチュエーションや、人体改造、暴力、ボンテージ、スカトロなどのハードコア全般を指した言葉。「リョナ」が近い概念だろうか。この中に「ちぬちぬ」、今で言うところの「ふたなり」なども含まれていた。
*6 筆者の記憶では 96 年頃、Yahoo! に登録されていた唯一の二次元エロイラストサイトは「ぷに」と「スカトロ」専門だった。かつてインターネットは二次元すらも「ちょっと居場所がなさそうなジャンル」の居場所になっていた。
*7 ニューズグループ メーリングリストに似たサービス。児童ポルノの温床になっていた。
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