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1993年7月号掲載 常識ある大人のための肉筆紙芝居

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「女囚くみ子」第ニ回

文・画=
浜不二夫
Illustration & Text by Hujio Hama

管理化された現代社会に於いて、刑務所へ入る可能性は日常のすぐ隣にあるのかもしれない。一組の男女の会話から仮想されるこの物語が、辱しめられるくみ子の気持ちを実話以上に伝えてくるのは何故なのだろう……。潤沢な妄想からつむぎ出される、くみ子の辛く虐げられた日々。いよいよ入所です。
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▼トイレ
人が見ている前で……


その日は、一日中、とうとう手錠をはずしてもらえませんでした 両手首を締めつけている鋼鉄の環……。生まれて初めてのことだけについ手を動かそうとして、そのたびにガッという音と一緒に短い鎖が両手を押さえつけ……固い手錠の痛さ、情け無さに身を悶えるばかりでした。今はもう、悲しく手錠に慣れてしまって、あまり痛い思いをしなくてもすむようになりましたが、最初のうちは、手錠の厳しい痛さ、惨めさに ほんとうにワーワー泣いてしまったものです。それにしても人間って、どんな惨めなことにでも憤れてしまえるものなんですね。持に女はそうなのかしら……。

あの日 何よりもつらかったのはご不浄でした。どうにも桟慢できなくなって、蚊の鳴くような声で、

「お便所へ行かせてください」



って頼んだのですが……。
結局、両手は、とうとう自由にしてもらえませんでした。左手だけ手錠をはずしてもらって、右手は、腰縄に繋がれたままで……。しかもトイレのドアを閉めさせてもらえず半分開けたまま、ドアの外では刑事さんが腰縄の端をにぎって待っているのです。ドアを半分開けたままで用をたさなければならないのだと判ったときの気持ち! 察していただけると思います。若い娘がお尻を出して便器にまたがっている格好を人に見られるのです。死んだって人には見せたくない、ぶざまな格好を……。そのうえに、ここのトイレは自分では水が流せないようになっていて、排泄するときの、あの恥ずかしい音も隠しようがないのです。

男の人がすぐそばにいるのに、と思うと身が縮む思いでしたが、もう我慢の限界がきてしまっていた私は、どうすることもできず、不自由な手でパンティを下ろし、恥も外聞もなく便器にまたがるほかありませんでした。必死に耐えていた下腹部の力をゆるめたとたんに、浅ましくお尻の下で鳴り響く恥ずかしい水音! ドアの外から刑事さんがチラッと覗く気配がしましたが、一度せきを切った大洪水は、どうやっても止まりません。恥ずかしさ、惨めさに身を悶えながら、私は、奸色な男の人の目と耳を楽しませる哀れにも卑猥で滑稽なショーをたっぷりと演じてしまったのでした。

水音が止まればすぐに、パンティを上げるひまさえなく刑事さんが入ってきて、何か証拠品などを捨てたりしていないかと便器を覗くのです。私の場合、そんなものがあるわけないのに、これも規則だといわれて……浅ましく体から出した物まで覗きこまれて、本当に身のおきどころもない恥ずかしさでした。

「エーツ、オシッコしている所まで見られちゃうの? イヤダ! そんなことされたら私なら死んじゃうわ」
「へーエ、本当かな? カンチョーされたときには五分と我慢できずに、人が見ている前でピーピー音をさせて垂れ流しちゃうくみ子がねー」
「イヤッ、それは言わないで。だってあれは……イヤダッ、知らないツ」
「フフフ……まあ、それはそれとして、逮捕直後は特に証拠隠滅や自殺のおそれがあるということで、トイレの中でさえ一人にさせてはくれないってのは本当だ。『ガラスの娘』というテレビドラマがある。自分を犯した義父を殺して逮捕された娘(田中美佐子)が汽車で護送されてゆく。その護送する刑事が実の父親だったというお話だ(父親の方は自分の娘だと知っているが、娘の方は父親だとはしらない)」



[シーン]
汽車の中、一番隅の座席に娘と刑事。娘のひざの上のハンカチが風でめくれると、娘の両手首を繋いでいる手錠が見える。男がハンカチを直して隠してやる。

「有難うございます」

娘は素直に礼を言う。しばらく会話があって、

「アノ……トイレにいきたいんですが……」

男は一瞬考え、ポケットから鍵を出して娘の手錠を両方ともはずしてやる。自由になった両手首の手錠の跡をもみながら、娘が不思議そうに聞く。

「一緒でなくていいんですか?」

男は黙ってうなずく。娘はパッと顔を輝かせて、

「有難うございます」

と、立ちあがってトイレの方へ……。

「これだけのシーンだが、女囚(まだ取り調べ中の被疑者だが)として扱われてきた娘の哀しさが実によく出ている。彼女にしてみれは、逮捕以来ずっとトイレさえも手錠をはめられたまま、看守や刑事(しかも、ときには男の)に監視されながら恥ずかしい用をたさなければならなかったわけで、汽車の中でも、手錠姿のまま狭い通路を歩かされ、さんざん車室中のお客の好奇の目に晒し物になったあげく、トイレに入ってもドアをキチンと閉めさせてもらえず、後ろから覗かれながらお尻を出して便器にしゃがまなければならないものと哀しく諦めていた。それが、思いもかけず“普通の人のように両手を自由にしてもらって、ドアを閉めて用がたせる”という扱いに心の底から喜んだというわけだ」
「フーン。本当に女囚って、オシッコまで人に見られながらしなきゃならないのね……。残酷な話ね、お便所でしゃがんで用を足しているところまで見られちゃうなんて、女にとってはただ裸にされるのと、またわけが違うわ。まるっきり動物みたいに扱われるってことだもの」
「刑務所へ入っても、独房の中のトイレは、囲いも何もなくって部屋の中に便器がムキ出しになっているんだから、扉の覗き窓から見れば用をたしている格好が丸見えになるようになっている」
「アラ、ほんとだ。これじゃまるで、お便所の中で寝起きするみたいなものじゃない。ヤーネ」



「なるほど、本当にそんな感じだね。女囚は便所に入れられて、鍵をかけられて暮らすというわけか。まあ自殺や証拠隠滅を防ぐためという大義名分があるわけだが、そのほかのいろんな女囚取り扱い規則と考えあわせると、結局は、女囚から人間としてのプライドを根こそぎはぎ取ってしまって、罪の報いの恐ろしさを身にしみさせ、罰を受ける女囚の分際をとことん思いしらさせるという、懲罰思想・応報刑思想が根本にあることは否定できないね。規則のなかには“カンカン踊り”だの“人形札づくり”だの医学資料写真撮影”だのと、必要の度をこえて、お上の権威で面白半分に女囚たちを嬲りものにしているとしか思えないものさえある」
「何? その“カンカン踊り”や“人形札づくり”って」
「すぐに判るよ。これからくみ子が自分でやらされるんだから」
「私が? ……やだわ、きっと、とんでもない恥ずかしい目にあわされるんだわ。でも手錠かけられちゃってるんだから逃げられないよね。恥ずかしい目にあわされると判っていながら、どうしようもなくて、ただじっとそれを待っているしかないっていうことが、何よりも惨めなのよね、女囚って……」


▼身体検査
下穿きまで脱がされて


そして、その屈辱の日の総仕上げとして、私がもう人間扱いされない身の上なのだということを骨身にしみて思い知らされたのが、あの裸身捜検、生まれて初めて、人前でマッパダカにされた身体検査でした。

夕方、現場検証から、腰縄を引かれ手錠姿で警察にもどった私は、もう身も心もヘトヘトでした。取調室へ私を入れた刑事さんは、ポケットから手錠の鍵を取り出しました。やっと手錠をはずしてもらえる。私はホッとして手錠のはまった両手をさし出しました。しかし手錠をはずされた私は、その場で、死刑にもまさる残酷な宣告を受けなければならなかったのです。

「丸矢くみ子、今夜から身柄拘留だ。泊まっていってもらう。規則だから身体検査をする。着ている物を全部脱いで裸になれ!」

頭を鉄棒でなぐられたようなショックでした。こんなに人が大勢いるなかで、しかも婦警さんばかりじゃなく男の人もたくさんいる前で私だけ裸になるなんて……。しかし規則だといわれ、おまけに婦警さんがそばに来て、厳しい声でせきたてます。どうしようもなく私はスカートのホックに手をかけました。やっと手錠をはずしてもらった私の両手は、白分の着ている物を自分自身の手ではぎ取って、我と我が身を羞恥地獄のドン底につき落とすために使わなければならなかったのです。スカート、ブラウス、スリップ、ためらってブラジャーを、そしてもう一度叱られて、腰をおおう最後の一枚のパンティに手をかけて……。部屋中の男の目がチラチラこちらをぬすみ見る、その痛いような視線にむき出しの素肌を刺されながら、私はとうとう一糸まとわぬマッパダカにさせられてしまったのです。ウソ寒い風がお乳からお尻、恥ずかしい下腹部までなぶってゆく惨めな感触に、私は、シクシク泣きながら立たされていました。

「いまさら哀れっぽく泣いたってダメよ!」

婦警さんは、邪険に私の腕をつかまえて、マッパダ力のまま取調室の中を歩かせ、部屋の隅へ連れてゆきました。片隅の床に妙な位置で手型と足型がペンキで書いてありました。

「その足型の上に両足を置いて!はやくしなさい!」

両足は、一メートルほども広げなければなりませんでした。

「両手を床の手型通りについて!」

頭の中がカーツと熱くなり、顔から火が出る感じでした。全裸にされただけでも死ぬ思いなのに、こんな惨めな格好を! ためらっている私に婦警さんが舌打ちをしていると、とうとう男の刑事さんが寄って来て、

「何をグズグズしてるんだ! 身体検査は規則なんだ。素直にやれッ。なんだ、ひき逃げ犯人のくせに!」

必死に前をおさえていた手を無理やりひきはがされ、乱暴に頭をおさえつけられ……私はその羞恥と屈辱のポーズをとるほかありませんでした。犬のように四つん這いにさせられ、丸裸のお尻を高々と宙へ突き出している私の後ろへまわった婦警さんは、左手に懐中電灯を持ち、右手にはゴム手袋をはめて……。

「これも規則なのよ。危険物や禁制品をここに隠している女がいるからね」

生まれて初めてのおぞましい感覚が、死ぬより恥ずかしい個所をつき抜けて、私はオイオイと人声で泣き出していました。

「身体検査、やっぱりやられちゃうのね……マッパダカにされてヘンな所まで検査されるなんて、どんな気持ちかしら。しかも男の人まで見ているところでパンティまで脱がせるなんてひどいわ。嫌ですっ、ていえないのかしら」
「法律では、刑訴法131条2項で、女子の身体検査には女性または医師を立ちあわせること、となっているだけだから(※編注)、部屋の中に婦警が一人居さえすれば、若い娘をマッパダカにして男の警官がその体を突っ突きまわしてもかまわないということになる。だいたい、くみ子みたいな若い娘が逮捕されてくると、男の警官たちが大喜びで、寄ってたかって目の保養をする。婦警だって警察の仲間だから、愛染恭子の手記でも判るとおり、女の被疑者をスッ裸で立たせておいて、わざとゆっくり時間をかけて男たちにサービスするってわけだ」
「ヒドイわ、そんな。人の裸でサービスするなんて……。でも知らなかったわ、女が逮捕されたらアソコまで男の警官に検査されても文句いえないなんて……。法律ってイヤラシイわね」



(続く)


※現実の刑事訴訟法第131条では、「1、身体の検査については、これを受ける者の性別、健康状態その他の事情を考慮した上、特にその方法に注意し、その者の名誉を害しないように注意しなければならない。 2、女子の身体を検査する場合には、医師又は成年の女子をこれに立ち会わせなければならない」となっていますが、仮想物語「女囚くみ子」におけるリアリティは、くみ子を効果的にいじめるための方便が優先されます。
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浜不二夫プロフィール
異端の作家。インテリジェンス+イマジネーション+ユーモアで描く羞美の世界は甘く、厳しく、エロティック。
「 悪者に捕らわれた女性は、白馬の騎士に助けてもらえますが、罪を償う女囚は誰にも助けてもらえません。刑罰として自由を奪われ、羞恥心が許されない女性の絶望と屈辱を描きたかったのです。死刑の代わりに奴隷刑を採用した社会も書いてみたいのですが」
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09.05.29更新 | WEBスナイパー  >  スナイパーアーカイヴス
作=浜不二夫 |