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監禁シミュレーション・ノベル
「女囚くみ子」第六回

文・画=
浜不二夫
Illustration & Text by Hujio Hama
一組の男女の会話から仮想される物語が、潤沢な被虐のイマジネーションを掻き立てる……。酒気帯び運転で人身事故を起こしたくみ子に次々と襲いかかる辛苦の体験。屈辱の身体検査を経て裁判を受けたくみ子に、刑務所生活での過酷な朝が訪れました。
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女囚の一日(屈辱の儀式)

それでもいつの間にかウトウト寝てしまっていた私は、けたたましいベルの音に起こされました。

「起床ー!」

廊下で女看守の大きな声がします。寝巻きは支給されないのでシュミーズ姿で寝ていた私は、慌てて灰色の囚衣(居房着)を着、布団を房の隅へ(物陰をつくらないように押し入れなどはないのです)積み上げると、鉄の扉のほうを向いて正座しました。ギギーッ、パターンと扉が開いたりする音がだんだん近づいてきて、ギーッ、私の部屋のドアが開けられ、女看守が二人、房中を見まわして確認します。それから正座して侍っている私に向かって、名簿を持った一人が言います。

「称呼番号と名前を言いなさい」
「865号……丸矢くみ子です……」
「もっと大きな声で! もう一度!」
「865号ッ、丸矢くみ子ですッ」

自分の囚人番号を、思いっきり大声で叫ばされるこの朝の点呼は、女囚の身分を身にしみて思い知らされる屈辱の儀式でした。
点呼が終わると、一人の看守がいきなりピーッと笛を吹いて、

「起立ッ! 体操準備ッ!」

とどなりました。わけがわからずウロウロと立ちあがった私に、

「教わらなかったのかい。体操準備って言われたら、居房着とシュミーズをぬいでシャツとズロースだけになるんだよ。運動のときには必ずその姿だから覚えておおき」

着たばかりの居房着とシュミーズを脱がされ、シャツとダブダブのズロース姿になった私は、看守に追い立てられ廊下に出ました。独房の新入りたちがみんな同じ姿で廊下に立たされていました。

「中庭に整列!」

鉄格子の出入り口が開けられ、ハダシで中庭に出ます。そこには大勢の女囚たちが、同じように下着姿で並んでいました。看守の笛に追われ、ブカブ力のズロース丸出しでウロウロと駆けだしてきた私たちの哀れな格好に、古顔の女囚たちがドッと笑います。白分たちだって同じ境遇なのにと、本当に口惜しい思いでした。私たち新入りは、皆のほうを向いて一列に並ばされました。

「さあ、これが今日からお前たちの仲間になる新入りだ。なかよくするんだよ」

紹介というより晒しものでした。ラジオ体操の音楽が流れ、女囚たちは、シャツ、ズロース姿で大きく足を開いて体操をするのです。私たちも看守の笛にせかされて、モタモタとまねをしました。やっと体操が終わってホッとしたのもつかの間、次の号令がかかりました。

「乾布摩擦、用意!」


息が止まるほど驚いたことに、庭に並んだ女囚たちは、一斉にたった一枚のシャツを脱ぎはじめるのでした。ブラジャーを許されていない裸の上半身を、白々と明るい朝の光のなかにムキ出しにして……乳房、乳房、乳房、大きなの、小さなの、ツンととがったの、垂れ気味の、幾百という女の胸の膨らみが庭一面に陳列されて、もう、むしろ壮観といっていいような眺めでした。

「コラッ、なにをしてる! お前たちもシャツを脱ぐんだ!」

どなられて、とびあがった私たちは、慌ててシャツに手をかけました。四方八方から丸見えの庭、明るい太陽の下、みんなが見ている前でなった上半身丸裸! 私たちは、ムキ出しのお乳を手でかくすことも許されず、耳までまっかになって立ちすくむのでした。冷たい風が乳首をなぶってゆく、あの鳥肌たつような感覚! 女でなければ分からない恥ずかしさでした。

雑役係の女囚が乳房をゆすりながら走ってきて、古タオルを一枚ずつ渡します。

「足を大きく開け! 乾布摩擦、ヨーイ、始め!」
「イチニッ、イチニッ」

女囚たちは、一斉に黄色い声で掛け声をかけながら、古タオルで裸の肌をこするのです。そのたびに大小さまざまな乳房がブルンブルンと盛大にゆれて……女囚の健康管理のために毎朝行なわれる、見物人にとってはまことにおもしろい、やらされる女囚にとってはこの上なく屈辱的な儀式なのでした。

朝食がすむと、私たち新入りは広いガランとした部屋に集められ、「調査分類期間」(これも女囚を人間扱いしていない呼びかたですが)として、知能や作業能カの検査をされました。

午後は、新入りだけがまた例のシャツ、ズロース姿で中庭に出され、半日いっぱい、整列や団体行進をさせられました。

「キヲツケッ」
「右向け、右ッ」
「前へ進めッ! いちにッ、いちにッ。653号何している! ちゃんと足を合わせろ。もっと顔を上げて、上体をおこして!」

数人の女看守(先生と呼ぶようにと言われました)が竹の鞭を持って立ち、動作の合わない女囚の背中や尻を、情け容赦なく叩くのです。確かに女囚のなかには、どうしてもチャント号令に合わせて歩けない女もいるのです。

「足が違う!」

バシッ、隣で激しい音がして、思わずそっちを見たとたん、

「どこを見てる!」

バシッ、私も打たれたのです。肌着一枚の背中からお尻にかけて、焼けるような痛みが走って、思わずのけぞりました。牛馬同然に鞭で叩かれても、文句一つ言えない身の情け無さに泣きながら、私は屈辱的な行進を続けるほかないのでした。これも規律に従う心と体をつくる訓練なのだそうですが、いい歳をした女たちが、下穿きのズロースまで丸出しの肌着姿で一列に並ばせられ、小学生のように、笛の音や号令に合わせて、大きく手を振り高々と足をあげて行進させられるのは、何ともいえず珍妙で滑稽で、やらされる女囚にとっては、本当に堪え難い屈辱の時間なのでした。



「くみ子は、他人の穿き古した下穿きなんか穿いたことないだろう」
「オオいやだ、気持ちわるくてゾッとするわ。他人が穿いたパンティーを体につけるなんて」
「女囚になると、否応なしに他人の穿き古しの下穿きをはかされる。それも例の昔風のおヘソから太ももまで包む、ブカブ力のズロースというやつだ」
「今でもそんなズロースなの」
「『女囚犯歴簿』というテレビ映画で女囚の洗濯シーンがでてくる。南田洋子や畑中葉子の女囚が、洗った下着を干している。それが、顔が三つも入りそうな特大ズロース」
「アラいやだ」
「今どきそんなズロース、普通には売っていないから、自分たちでわざわざ作るんだ。伸びないゴワゴワの生地で作るから、ブカブ力にしておかないとはけない」
「どうしてわざわざそんな変な格好の物を作るの」
「もともと囚人の着るものは監獄法で細かく決まっている。ところがこの法律が明治時代に作られたままだから(※編注)、居房着、股引、足袋、といった具合で、まるっきり時代に合わないんだ。その監獄法で肌着は、シャツとフンドシと決まっている」

「フンドシ……イヤダ!」
「いわゆる越中フンドシが囚人の正式の下穿きというわけだが、さすがに女囚については、女の肉体的特性により、乳当て、月経帯、女用の下穿きなどの着用が許されることになっている。さて、そこで、女囚が越中フンドシの代わりに許される下穿きとは何か」
「腰巻……ではないわね。ズボンがはけないものね。ズロースなんて外来語じゃないんでしょう。わからないわ」
「フンドシの代わりに、女囚に特別に許可される下穿き、正解は、猿股(サルマタ)でした」
「プッ……サルマタ。アハハハ……おじいちゃんを思いだすわ。女の下穿きがサルマタなの」
「こういう規則にもとづいて作る下着なんだから、センスのいいショーツなんかできるわけがない。女囚は刑務所にいる間、みっともないサルマタを穿いて過ごさなければならない。これも法律で規定した罰のうちというわけだ」
「なるほどね。女囚ってカワイソウ」
「カワイソウって言うけれど、女囚はまだ、サルマタにしろズロースにしろ穿かせてもえるんだが、どこかには、一生下穿きをはくことを許されないで、外出のときでもノーズロのまんま外を歩かなければならない女奴隷がいなかったっけ」
「アーン。言わないで……意地悪」

(続く)


※ 監獄法は明治41年に施行された、刑事施設における被収容者(受刑者処遇法に規定される受刑者以外のもの)の処遇について定める法律。この法律は刑事施設及び受刑者の処遇等に関する法律の一部を改正する法律(平成18年6月8日法律第58号)附則第1条及び第14条により、平成19年6月1日をもって廃止されました。仮想物語「女囚くみ子」が書かれた当時はまだ現役の法律で、くみ子の妄想を刺激するべく、その呼称が効果的に使われています。
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浜不二夫プロフィール
異端の作家。インテリジェンス+イマジネーション+ユーモアで描く羞美の世界は甘く、厳しく、エロティック。
「 悪者に捕らわれた女性は、白馬の騎士に助けてもらえますが、罪を償う女囚は誰にも助けてもらえません。刑罰として自由を奪われ、羞恥心が許されない女性の絶望と屈辱を描きたかったのです。死刑の代わりに奴隷刑を採用した社会も書いてみたいのですが」
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09.06.26更新 | WEBスナイパー  >  スナイパーアーカイヴス
作=浜不二夫 |