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I want to live up to 100 years
「長生きなんてしたくない」という人の気持ちがわからない――。「将来の夢は長生き」と公言する四十路のオナニーマエストロ・遠藤遊佐さんが綴る、"100まで生きたい"気持ちとリアルな"今"。マンガ家・市田さんのイラストも味わい深い、ゆるやかなスタンスで贈るライフコラムです。今年の春頃だったろうか。
「あんたの部屋の押し入れのふすま、張り替えることにしたからね」と言われて、実家に帰ったことがある。
張り替えは安い業者を探して頼むつもりだ、と老母は言った。じゃあどうしてわざわざ私が帰らなくてはいけないのか。それは、押し入れの中を片付けるためだ。
実家の六畳間の押し入れは、まさしくカオスだ。
捨て下手なせいで山のように溜まってしまった大量の洋服や鞄、ブランド物の紙袋、いつ持ってきたかわからないホテルのノベルティに古くて今じゃとても使えない電化製品。オナニー用の大人のオモチャや裏ビデオなんかも溢れんばかりに詰めこまれていて、今にも魑魅魍魎がわいてきそうだ。なにせ26歳のときに東京を引き払って実家に戻ってから、一回も片付けていないんだから、筋金入りだ。
しかし、いくら心臓に毛の生えた四十路女でも、シルバー人材センターの気のいいおじいちゃんたちにこんなものを見せるわけにはいかない。
これは必要なもの。これは捨てるもの。これも、これも、これも捨てるもの......。
あまりのガラクタの多さにゲンナリして「もう全部捨ててやる!!」と叫びだしそうになったとき、一冊の手帳を見つけた。
無印良品のシンプルな黒い手帳。ページをめくると、そこには汚い文字で書かれた数字がつらつらと並んでいる。
2007年5月。○○銀行へ150000万円返済。カード支払い62000円。(←使いすぎ!)
2007年6月。○○銀行へ80000円返済。カード支払い24000円。
2008年10月。○○銀行へ50000円預金。カード支払い28000円。DVDプレイヤー修理代20000円。
実家で暮らしていたときにつけていた貯金ノート。
そうか、そういえばあの頃こんなものをつけてたっけ。
これまでも何度かコラムに書いたことがあるが、30代の頃、私には借金があった。
ニートで収入もないくせに、スカパーのアダルトチャンネルを観まくったり、海外旅行に行ったり、こじゃれた服を買ったり、その頃仲良くしていた東京のネット友達のところへ遊びに行ったり。先月は5万、今月は6万......と少しずつカードローンを重ね、気がつけば150万にまで膨れ上がっていた。
おかしなことに、それだけの借金をしていても不安や心配はなかった。実家暮らしだったから屋根はあるし日々の食事に困ることもない。何かの拍子に大金持ちとの縁談が降ってくる可能性だってゼロとは言えないし、いざとなったら500万くらい借金して自己破産すればいいとさえ思っていた。なんとまあ、考えなしでずうずうしいことだろう。
でも、借金をする人間というのはそんなものだ。借りれば借りるほど、どこかが麻痺していく。
そんな私が借金を返そうと思ったのは、ノートによると2007年。今でもはっきり覚えている。ある人に「結婚しませんか」と言われたのがきっかけだ。
本気か冗談かわからないけど、恋人同士でもない私にその人は「遠藤さんのことも長野のご両親のことも面倒みるよ」と夢のようなことを言ってくれた。
ちゃんとした一流企業のサラリーマン。優しくてエロに理解があって気軽に話せて、何よりもこんなオナニーおばさんでもいいと言ってくれる、これ以上の優良物件があるだろうか。もしかしたら、頼めば150万くらいの借金は肩代わりしてくれたかもしれない。
でも、私は「じゃあ結婚しましょう」とは言えなかった。
どうしてだかはわからない。ただ、結婚しないと思った途端、これまで感じたことのなかった不安が一気に押し寄せてきた。
「ラクに暮らしたい」ずっとそう思っていたけど、実際そんな状況が目の前に現われたら、ただ誰かのお金で生かされていくことに抵抗感を感じてしまった。私には王子様を待つ資格がない。そう自覚したら、一気に憑き物が落ちたのだ。
まず、考えなしにお金を使うことをやめた。
印刷屋でのアルバイトの時間を増やし、ライターの仕事もできるだけ受けるようにした。
ニートを何年も続けた身には時間刻みのダブルワークはきつかったけれど、それに負けない満足感もあった。
散財することも少なくなった。たぶん、それまでの私は手持無沙汰だったのだ。インターネットの向こうで充実した毎日を送っているネット友達たち。それにひきかえ、田舎でぼんやりと無為な日々を送っている自分。キラキラしたものを買ったり、旅行に行ったりすることでそんな劣等感を隠し、寂しさを埋めていたんだと思う。
150万の借金は1年ほどで返済できたけれど、私はそのまま貯金を続けることにした。
フリーターの稼ぎなんてたかが知れてるから、老後のためなんてだいそれたことは考えていない。ただ、何かすごく大変なこと......親が死ぬとか、自分が重病にかかるとか、こっぴどい失恋をするとか......が起きたとき、すぐに死ななくてもすむくらいのお金が欲しいと思った。いわばセイフティーネット貯金だ。
それに、何かをしたいと思ったとき、2、300万でもすぐに動かせるお金があると選択肢がグンと広がる。
そんなことまで考えるようになったのだから、我ながらたいした進歩だと思う。
借金を返し多少の貯金ができたころ、私は結婚して東京に来た。
都会は誘惑が多いから......と心配もしたけれど、むしろ金銭感覚は実家にいた頃より落ち着いた。
アルバイトに行かなくてすむようになったぶんストレスが減ったし、気心の知れた家人の前では無理して着飾る必要もない。何より、私はいっぱしの主婦なのだ。もうあのときのように、考えなしにお金を使うことはないだろうと思った。
......しかし、そううまくはいかないのが女である。
着るあてのない洋服にシミとり化粧品、ピアス、ゲームソフト、北欧の食器にクッションカバー――。
今月、私はネット通販でけっこうな額の買い物をしてしまった。
理由はわかっている。一つは、お盆にはしゃぎすぎたせいで右足の股関節が痛む持病が再発し、家からほとんど出られなくなったから。そしてもう一つは、家人が残業続きでほとんど家にいなかったせいだ。
寂しい。退屈。劣等感。
スーパーで安い食料品を探し、蒸し暑い日も電気代節約のために扇風機だけで我慢していたのに、たったそれだけのことで自制がきかなくなってしまう。苦労して貯めた節約したお金を一瞬で使ってしまう。
コンビニで「an・an」を立ち読みしたら、山羊座のB型には調子に乗って後先考えず借金をするB型気質と、石橋を叩いて渡る山羊座の性格が同居していると書いてあった。
山羊座の生真面目さと、B型の適当さ。
中年の抑制力と、女の脆さ。
どちらも私の中にある。そして、バランスはほんのちょっとしたことで崩れれていく。
涼しさが心に染み込むような秋の朝。独りの部屋にインターネットで注文した商品が次々と届く。
台所のテーブルの上に山積みにされた段ボール箱を見たら、甘いような苦しいような複雑な気持ちに襲われた。おさえていた涙が溢れる瞬間の、安心感にも似たあの気持ち。
結局いくつになっても、女は欠けた何かをお金で埋めようとするのだろう。四十路になっても五十路になっても。結婚してもしなくても。
声をあげずに少し泣いてから、いつものように朝食の後片付けにとりかかる。段ボール箱はそのままにして。
文=遠藤遊佐
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14.10.04更新 |
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