Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト【3】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
そうは言っても、『To Heart』において歌われていたのはいささか抽象的な青春だった。内容的に言っても、もしも今プレイしてみたら、当時の文脈を共有していなければ、凡庸でありがちな物語にしか見えないかもしれない。この抽象性は、多くのプレイヤーにとって共通のはずの青春である。だからこそこの作品は大きくブレイクしたのだと言えるし、それゆえにひどく没個性的であるかもしれない(※125)。
しかし、この同時期に美少女ゲームの方向性を決定するような様々な作品が出てきたことはすでに確認した通りである。そこでは、単純な恋愛を遥かに逸脱した様々な物語が展開されつつあった。ならば、そこで音楽はどのような役割を果たしていたのか。ここで折戸伸治の仕事を中心的に吟味しながら考えてみよう。
折戸伸治は1973年生まれの作曲家で、草創期のLeafから音楽家としてのキャリアをスタートした。具体的には『DR2ナイト雀鬼』(1995)『Filsnown -光と刻-』(1995)『雫』を担当した後、Leafを離れた。その後、Tacticsに合流し、『同棲』(1997)(外注)、『MOON.』(1997)、『ONE~輝く季節へ~』(1998)の音楽を担当し、その後、チームごとビジュアルアーツに移籍する形で現在のKeyを構成することとなり、現在に至っている。
このように、折戸の重要性は、ビジュアルノベルの代表的ブランドであるLeafとTactics、そしてKeyの設立にかかわっていることからも伺い知れる。もちろんその重要性は音楽的なものであり、転じて、精神的な支柱にもなっていることだろう。
ノベルゲームに参入する以前のLeafでは、折戸は麻雀ゲームやRPGの音楽を担当していた。そして、基本的にそれらのジャンルに即したものとして良質な音楽を作り出すことでその仕事ぶりを発揮していた。たとえば『DR2ナイト雀鬼』の「Chinese Heaven」は折戸初期の名曲として評価が高い(※126) 。あるいは作曲者不明ではあるものの、『Filsnown -光と刻-』のフィールド曲などは非常に荘厳な曲調が未だに多くの人の耳に残っている(※127)。
画期となるのは『雫』である。折戸の名が最初に知れ渡るのはこの作品の成果によってであった。そこにはいったい何が現われていたのか。
純粋に音楽的に考えてみよう。たとえば『雫』の「授業中」という曲(※128)は『かまいたちの夜』(以下『夜』)の「ゲレンデの恋人たち」(※129)を模して作られたという説がある。実際に聞き比べてみると雰囲気が似ているし、なるほど、作品冒頭に登場するという点で使われ方も似通っている。では、いったい何が違うのだろうか。
たとえばコードの問題として、Cを根音とする「ゲレンデの恋人たち」に対して、「授業中」はC#である。この操作によって前者は牧歌的な感じなのに対して、後者は非常にキナ臭い様子が演出されている。加えて、『雫』の日常曲とも言える「精神世界」(石川真也)もC#・F#を起点に曲が作られており、全体として同じ印象を構成する意図が見られる。
こういった差異のイメージはもう少し大づかみに捉えた方がいいかもしれない。たとえば同じようなニュアンスの曲として「イントロダクション」(『夜』)(※130)に対する「オープニング」(『雫』)(※131)があるが、聞き比べてみると後者の方が重苦しく感じる。これはコードの問題ではなくバスドラの絡ませ方などのせいなのだが、その結果、前者はミステリアスにホラー要素をまぶしたような印象、後者は悲劇に陵辱要素をまぶしたような印象になっている、と思われる。
しかし、最も特徴的なのは『雫』における「トゥルーエンド」(折戸)「ハッピーエンド」(下川直哉)の振る舞いである(※132)。前者は、作中に登場する「回想」という曲のアレンジから入るもので、その部分のチェレスタによる音色がメロディになっているため少しセンチメンタルな感じだが、ストリングスやギターの起伏に乏しいとすら言えるような演奏こそが本質であるだろう。そこではむしろキュっと喉を締められたように、感動的なエンディングテーマで感情を解放する、ないし、解放された感情を定位させよう、という感じがしない。むしろ、どこか後ろ髪引かれる思いを味わおうというような、そんな印象を覚える。こういう感触は、曲がトゥルーエンド用であるということから必然的に求められたもののはずだ。なぜならこのエンドではおおむねヒロインが助からなかったり、あるいは結局袂を分かつなどというようなほろ苦い結末を味わうことになるため、すかっとしたエンディングテーマになるはずがないのである。この点から考えれば、せめてハッピーエンド用のテーマはもっと軽快かあるいは慰撫的なものでもよかったように思われるが、こちらもほぼ同様にヒップホップ調のノスタルジックな仕上がりになっている。
ここでいう「ノスタルジック」のニュアンスは分かりやすく次作にあたる『痕』で体現されている。トゥルーエンド用テーマ「まだ癒えぬ痕」である(※132)。曲調は先ほど述べた二曲に準じるものだが、注目すべきは曲名である。もちろん作品名にひっかけたものではあるが、実際には『雫』のエンディングもまた「まだ癒えぬ痕」を引きずっているのである。だからどこか引け目があるような悲しいとも嬉しいともつかぬ不思議なイメージが演出されている。ノスタルジックとは、このような乗り越えたはずの傷らしきものを慮るような態度として存在している。乗り越えたのだから(エンディングに至るとはそういうことだ)本来は気にしなくてもいいはずの事象を、しかし、気にしないではいられないというセンチメント。
Leafはこの感覚を素直に育てることによって『To Heart』というまっとうな青春物語に結実させた。というのも、大人のプレイヤーが高校以前の青春を辿り直すという体験は、それ自体がノスタルジーでしかありえないからだ。他方で、折戸が合流することとなるTacticsでは、このセンチメントが、妙に純化された形で現われることとなった。
Tacticsはまず『同棲』というシミュレーションを送り出した。バイトなどをしながらお金をためつつ、意中の女の子にアプローチするという王道の恋愛ゲームである。ゲームオーバーになる条件がシビアであったため、恋愛ゲームとしては余裕がない作品だったことは否めない。音楽的には『同級生』を彷彿とさせるような、そして後のKEY作品に繋がるような臨場感を既に打ち出してはいたが、物語との恊働がうまくいっていたとはとても言えないものだったため、あまり注目されることにはならなかった。これは、王道の恋愛ゲームとして、というよりもまさに王道を確立させてしまった作品として『To Heart』が大成功を収めたこととパラレルだったと言えよう。
彼らが次に打ち出したのは『MOON.』という作品だった。これは象徴的な作品となった。というのも、シナリオ担当の麻枝准が作品のキャッチコピーとして「心に届くAVG」ということをはっきりと打ち出したからである。しかし、心に届くとはどういうことなのか。もちろんそれは感動ということなのだが、通俗的な理解におけるものには還元しにくい。つまり、「いい話」による「泣きゲー」の範疇には必ずしも入らないということだ。むしろ、心に届くためなら、トラウマを埋め込み、そしてそれを掘り出すことすらもしてみせようというのが、この作品の選択であった。
それは振り返ってみれば、という仮定の話であって、昔の同人市場やアンソロジーコミックなどを訪ねてみれば、極めて多数の人たちが『To Heart』のヒロインたちにコミットしていたことが明らかすぎるほどはっきりとそこに現われている。
文=村上裕一
※125 それは振り返ってみれば、という仮定の話であって、昔の同人市場やアンソロジーコミックなどを訪ねてみれば、極めて多数の人たちが『To Heart』のヒロインたちにコミットしていたことが明らかすぎるほどはっきりとそこに現われている。
※126 「Chinese Heaven」収録作品『DR2ナイト雀鬼』(Leaf、1995)
※127 「フィールド曲」5分44秒あたりから。収録作品『Filsnown -光と刻-』(Leaf、1995)
※128 「授業中」作曲:折戸伸治
収録作品『雫』(Leaf、1996)
※129 「ゲレンデの恋人たち」
収録作品『かまいたちの夜』(チュンソフト、1994)
※130 「イントロダクション」
収録作品『かまいたちの夜』(チュンソフト、1994)
※131 「オープニング」作曲:折戸伸治
収録作品『雫』(Leaf、1996)
※132 『雫・痕』オリジナルサウンドトラック
収録作品『さおりんといっしょ!』(Leaf、1996)
※133 「まだ癒えぬ痕」
収録作品『痕』(Leaf、1996)
第一章 恋愛というシステム
第ニ章 地下の風景
第三章 探偵小説的磁場
第四章 動画のエロス
第五章 臨界点の再点検
補遺
第六章 ノベルゲームにとって進化とは何か
第七章 ノベル・ゲーム・未来―― 『魔法使いの夜』から考える
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト
12.07.15更新 |
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