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『謎の彼女X 1』期間限定版(Blu-ray Disc)
監督:渡辺歩
発売日:2012年7月4日
販売元:キングレコード
WEB SNIPER DVD Review!!
正体不明で予測不能な恋愛ストーリー
東京の架空の街「風見台」。唾液で感情を伝える不思議な能力を持ち、ハサミを使うのが趣味という謎の女子転校生「卜部美琴」と、主人公「椿明」の恋を描いた植芝理一原作による同名漫画のアニメーション作品。 40代半ばにしてこの作品と出会い、初めて「アニメにハマってしまった」というエロ系ライター・安田理央さんによる思いのこもったレビューをお届け致します!!
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年を取ってから女遊びにハマると大変だという話はよく聞く。今の筆者が正にそんな状況だ。自分でもどうかしていると思う。しかしその対象はキャバクラ嬢ではない。『謎の彼女X』というアニメだ。40代半ばにして、アニメにハマってしまった。しかも、相当重度に。

伝説巨神イデオン DVD-BOX発売日:2010年12月15日 販売元:flying DOG
LUPIN the Third 峰不二子という女 BD-BOX [Blu-ray]発売日:2012年9月19日 販売元:バップ
アニメは全く観なかった。実は中学生くらいまでは、かなりのアニメオタク(当時はそういう言葉はなかったが)で、『宇宙戦艦ヤマト』からハマり、『伝説巨神イデオン』に夢中になった。一時期は『魔境伝説アクロバンチ』やら『機甲艦隊ダイラガーXV』なんてマイナーなところまできっちり見ていたほどなのに、なぜか『マクロス』あたりで急に冷めてしまい、それからはほとんど観ていない。あの『エヴァンゲリオン』ですら、仕事のネタで劇場版を見ただけで、ピンと来なかった。
それでも周囲でアニメの話で盛り上がっていたりすると、仲間に入りたくて、チラチラとは観てみるのだが面白いと思えない。『真マジンガー 衝撃! Z編』や『Dororonえん魔くん メ~ラめら』『LUPIN the Third -峰不二子という女-』のように、往年の名作をリメイクしたという作品でも、やはり同じだ。見ていて、ついていけないという感じなのだ。
どうも今のアニメは、昔のアニメに比べて情報量が詰まり過ぎている気がする。これは単に自分が年をとって情報処理能力が衰えてしまったからなのかなぁと、Twitterで呟いていたら、漫画家の田中圭一さんが「そんな方にお薦めなのがアニメ『謎の彼女X』ですヨ。 」と教えてくれた。ニコニコ動画で第一話が無料視聴できるというので試しに観てみた。まぁ、せっかく教えていただいたのだから、というくらいの気持ちで、どんなジャンルの話なのかの予備知識も全くない状態だった。

主人公の高校生、椿明のクラスに転校して来た女生徒、卜部美琴。しかし彼女は誰とも打ち解けようとせず、休み時間もひたすら眠っているだけだ。椿は、ふとしたはずみに彼女が机の上に垂らしていたヨダレを舐めてしまった後、謎の高熱を出して何日も学校を休むことになる。そしてそんな椿の家に卜部が訪れる。卜部は、その病気の原因が椿が自分のヨダレを舐めたことだと言い、さらに自分の指にヨダレをつけ、それを舐めるように言う......。

淡々としたテンポで進む物語と、不穏なBGM。ああ、これはホラーとかSFっぽい話なのだな。きっと卜部のヨダレには、特殊な成分だか細菌だかが含まれていて、これで椿は卜部の支配下に置かれてしまうんだな。ここから彼は事件に巻き込まれていくんだな、などと思った。作中の椿も、そう卜部に問いかける。しかし、そんな予想はあっさりと打ち砕かれた。

卜部美琴はいくつもの謎があるミステリアスな少女だ。その目は常に前髪で隠されていて、基本的に無表情。極めて無愛想で、休み時間もヨダレを垂らして寝ているだけ。アニメのヒロインの定石からは大きく外れている。
そして物語は、彼女の謎に迫っていく......わけでは、全くなかった。アニメシリーズの最後まで(そして8巻を数える連載中の原作でも)その謎はひとつとして解明されることはない。「なぜって、私はそういう人だから......」という卜部のセリフだけで、その謎は放り出されたままだ。

では『謎の彼女X』は、どんな物語なのかといえば、まっとうなラブストーリーなのだ。椿と卜部の関係をつなぐものはヨダレだ。クラスのみんなにはつきあっていることを内緒にしている二人は放課後、待ち合わせして一緒に帰り、別れ際に卜部が指で椿にヨダレ(唾液)を舐めさせることが日課になっている。そして、二人はヨダレでお互いの感情を伝えることが出来るのだ。
ヨダレを舐めあう高校生カップル。こう書くと、かなりフェチ色の強い話のようだが、卜部美琴はそれ以上のスキンシップは頑として許さない。手をつなぐことすら、なかなか認めない。椿が感情に任せて抱きしめようとすると、パンツに挟んだハサミが襲い掛かってくる(卜部の必殺技、パンツハサミ。なぜパンツにハサミを挟んでいるのか、なぜ超絶的なハサミの腕前を持っているのか、その説明も一切ない)。セックスどころかキスすら遠い夢だ。ヨダレを舐めあうなどというフェティッシュな行為はしているくせに。
それでいて、卜部はやたらと椿の前で全裸になったり(目をつぶらせているが)、ノーパンで登校してみたりと、露出癖があるのではと思わせるほど過激な行動を取る。椿は、延々と生殺し状態に置かれているのだ。
『謎の彼女X』はそんな二人の関係を描いたアニメだ。そこには宇宙人も戦争も冒険も、悪も正義も存在しない。

謎の彼女X(1) (アフタヌーンKC) [コミック]発売日:2006年8月23日 出版社:講談社
謎の彼女X 謎の小説版 (講談社ラノベ文庫) [文庫]発売日:2012年6月01日 出版社:講談社
無料の第一話を観終わった時は、正直よくわからなかった。ただ、絵柄も演出も意識的に古くさいスタイルを選択しているようで、今の他のアニメのように拒否反応が起こることもなく、すんなり最後まで観ることが出来たのには、驚いた。
この物語は一体どこへ向かうのだろう。それが気になって第二話以降も観てみることにした。初めてニコニコ動画の課金視聴を試してみた。一話210円。レンタルDVDに比べると割高だが、まぁ、ちょっと試してみよう。
そして気がついた時は、一気に最終13話まで観ていた。話が進むにつれて、筆者はすっかり『謎の彼女X』の世界に引きこまれてしまっていた。卜部と椿が愛おしくてたまらなくなっていた。
極めて地味で(何しろ墓参りするだけの話)、それなのに美しく感動的な13話を観終わった後、筆者はそのまま再び第一話から観直した。
そうして、また課金を繰り返しながら全話を3回通して観た。仕事の合間に一話観て、帰宅して家族が寝静まった夜中にも一話観て(アニメ観てるのを知られるのは、ちょっと恥ずかしいので)、というように毎日『謎の彼女X』を摂取した。今は4周目だ。
もちろん植芝理一による原作も既刊の8巻まで全部買った。DVDも買った。あと買うものは何かないかと探して、ライトノベル版にまで手を出した。
DVDの特典にCDが付いていたオープニング曲『恋のオーケストラ』とエンディング曲『放課後の約束』を狂ったように繰り返し聴いた。朝、この2曲を聴きながら出勤するのも日課になった。
さらに単行本7巻の特典だったドラマCDや、DVDのオーディオコメンタリー、そして本編の音声をiPhoneに取り込んで、歩きながら聴いた。
先日、二泊三日の家族旅行に出かけた時は、あやうく禁断症状が出そうになって新幹線の車中で家族が眠っているのをいいことに、iPhoneでこっそり第12話の音声を聴いて凌いだ。
もう、完全にどうかしている。この間、飲みの席でオタクの権化のような人に「安田さん、それ、完全にキモオタですよ」と言われた。

Amazonの『謎の彼女X』BD/DVDのレビューや、2ちゃんねるのスレなどを見ると、40代以上で、普段あまりアニメを観ていないという人がたくさんハマっている。正に筆者と同じだ。
そんな人間を惹きつける魅力が『謎の彼女X』のどこにあるのだろうか?
筆者が『謎の彼女X』にハマった最大の理由は、ヒロイン卜部美琴を演じている吉谷彩子の声だ。声優ではなく、アニメはこの作品が初めてという女優。しかし20歳にして、なんと芸歴16年という大ベテランなのである。
そんな彼女なので、いわゆるアニメ声優的なオーバーな演技とはかけ離れた声を出す。卜部美琴という極めて特異なキャラクターに合わせたものだが、その無機質なしゃべり方は、当初はアニメファンから『棒読み」だと酷評されていたらしい。
しかし、だからこそアニメに疎い我々がスムースに受け入れられたのではないだろうか。表情たっぷり過ぎるアニメ声優の演技は、慣れていないと過剰に感じられてしまうのだ。
普段は平坦なしゃべり方をする卜部だが、それでも時々感情が高ぶる。その時の声がまたいい。生々しく、たまらなくセクシャルなのだ。さすがベテラン女優だけあって、表情のコントロールが素晴らしい。
DVDの特典であるオーディオコメンタリーなどでは、吉谷彩子の素のしゃべりも聞くことが出来るのだが、それは20歳の女の子そのものの可愛らしい声なのだ。あの卜部の声は、きっちりと演技されたものなのである。女優とはすごいものだな、と改めて思った。
彼女の声には強烈な中毒性がある。iPhoneで本編の音声だけ聞いていると、その凄さがよくわかる。卜部の『椿君......」のセリフを聞くだけで、心がギュっと掴まれるような快感がある。

このアニメのもうひとつの魅力が、オープニング曲『恋のオーケストラ』とエンディング曲『放課後の約束』だ。どちらも80年代のアイドルポップスを思わせるような曲調で、最近のアニメソングにありがちなアッパーな打ち込みチューンではない。作・編曲はラウンドテーブルの北川勝利、作詞はゴメス・ザ・ヒットマンの山田稔明という、いわば渋谷系コンビ。さすがと、唸るほどにクオリティの高い楽曲になっている。
そしてまたこの曲を素晴らしいものにしているのが、ボーカルだ。表情豊かで、どこか切なさを感じさせる印象深い歌声。往年の斉藤由貴を思わせる瞬間もある。少し不安定感もあるが、そこがまた単調に声を張り上げるばかりの歌い方が鼻につく最近の女性シンガーやアイドルとは一線を画した魅力が感じられるのだ。
歌っているのは、卜部美琴役の吉谷彩子。声優同様、歌も初挑戦だというが、全く天賦の才能と言う他ない。明るく可愛らしい歌声で、作中の卜部とはかなりキャラクターが違うのだが、彼女のコメントによれば「今まで隠している実の卜部ちゃん。本当はこんなに可愛い感じだよという部分」を出してみたということだが、そんな狙いにぴったりの歌詞との相乗効果で、最高のオープニング曲&エンディング曲となっている。特に物語の最後にかぶさるようにエンディング曲が流れる瞬間など、毎回が最終回に思えるくらいにドラマチックだ。
真面目な話、ここ数年でこんなに聴きこんだ曲は記憶にない。たぶん今年の個人的なベスト1、ベスト2はこの2曲になるだろう。アニメ本編と切り離しても十分に素晴らしい曲だと思う。

というように、吉谷彩子の声が自分にとって『謎の彼女X』の最大の魅力であることは、間違いないのだが、やはりそれだけではない。作品自体が持つ魅力も当然あるわけだ。
それが何なのかといえば、恐らくはこの物語の中で描かれる「純愛」だろう。
前にも書いたように、ヨダレを舐めさせるという特殊な行為はあるものの、卜部と椿は極めてプラトニックな関係だ。あれだけ間接キスをしているというのに、実際のキスはまだ。だからといって、二人にその気がないかといえば、そんなことはなく、椿などはいつも淫夢を見ては悶々としている。そして卜部も、また同じような感情に突き動かされることもある。しかし、二人はそれ以上先には進もうとしない。
親友である上野と、その彼女の丘がキスしているのを目撃し、羨ましくなった椿に、卜部が「キスしようか?」と言い出した時もあったが、椿は「最初のキスは大切なものだから、こんな思いつきじゃなくて、お互いの気持ちが通じ合った時にしたいと思う......」などと断わってしまうのだ。そして卜部もにっこりと笑って「私もそう思うわ」と答える。今どき、なんだろう、この純朴なやりとりは。
そう、ヨダレというフェティッシュな要素を剥ぎとってみると、この物語は今どき珍しいくらいのピュアなラブストーリーなのだ。見ているとこっちが気恥ずかしくなるくらいの、処女と童貞ならではのやり取り。
椿は、どうしようもなく男の子であるし、卜部も一風変わったところはあるが、その実態は極めて可愛らしいな女の子なのだ。
もし、この物語がヨダレという要素を持ち込んでいなかったら、筆者は気恥ずかしくて、観ることはできなかったと思う。
しかし、これだけこの作品にハマったということは、実はそんなピュアなラブストーリーを求めていたのかもしれない。つきあうということが、そのままセックスを意味するような、いや、つきあうより前にセックスが来てしまうような関係に慣れてしまった汚れた大人に、椿と卜部のプラトニックな関係は眩しく、魅力的に映るのだ。
自分が十代の頃、そんな初々しい恋愛は出来なかった。そしてそんな恋愛に憧れていた時期もあったはずなのだ。
『謎の彼女X』のヨダレは、そんなピュアな恋愛に惹かれる中年男の気持ちに言い訳をつけてくれる要素なのではないか。本当はラブストーリーが見たいけれど、それは恥ずかしい。でもヨダレを舐めあう変なアニメという仮面があるからこそ、恥ずかしくなく見ることが出来るんじゃないか。
少女漫画を買うよりも、エロ本を買うほうが恥ずかしくない感じ、と言えばわかってもらえるだろうか?

まぁ、そんなことを自分では思っていても、周囲からは「もう安田さんは一線を越えちゃってますよ!」と気持ち悪がられているのだから、あんまり意味はないのかもしれないけれど。
しかし、自分でもこんなにアニメにハマることになるとは思わなかった。杉作J太郎さんが突如としてアニメにハマっているという話をインタビューさせてもらった時も、その過剰な熱意は伝わるものの、全く理解はできなかった。この人、どうしちゃったんだろう、としか思えなかった。
そういえば先日、道でバッタリと杉作さんに会った時に「最近、『謎の彼女X』にハマってるんですよ」と伝えたら、満面の笑みで、「おめでとう!」と言われた。
筆者も、これをきっかけに、他のアニメも観られるようになるかもしれない。新しい世界が開けるかもしれない。今は、そんな気持ちになっている。
でも、今はまだまだ『謎の彼女X』を繰り返し見なければならないので、他のアニメを見る暇はないのだけれど。

文=安田理央

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安田理央 1967年生まれ。エロ系ライター、アダルトメディア研究家、パンク歌手、ほか色々。主な著作に「エロの敵」「日本縦断フーゾクの旅」「デジハメ娘。」など。趣味は物産展めぐり。でも旅行は苦手。
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12.08.12更新 | レビュー  >  アニメ
文=安田理央 |