Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト【5】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
†I've soundの猛威
KEYの隆盛と外して考えられないのはI've Soundの隆盛である。
すでに述べたように、サウンドノベルの側面を持ったアダルトゲームが演出の観点から音楽を重視し、その中で的確にゲームの世界観を表現するためにボーカル曲を導入していった過程がまずあった。ゲームの表現する内容が一種の青春小説のように深い心情だということになると、象徴たるボーカル曲は極めてはっきりとその傾向を代表するようになった。とはいえ、ゲームに内容が伴われていなければ曲もポテンシャルを発揮できないというのが実情だっただろう。内容がよければ曲が過大評価されるというところもあった。F&Cは『Piaキャロットへようこそ』の例にあったようなノリのよい印象の曲を増産し続けたし、シーズウェア系のゲームはハードボイルド調のゲーム傾向を反映して、早くもスタイリッシュなボーカル曲を出していた。とはいえ、シーン全体で言えば、まずもってミキシングの仕上がりが貧相であり、良質なものと言えどもゲーム内容ときちんと歩みを合わせていたかといえばそういうことにはなっていなかったのが、1998年までの実情だった。
その中で希有な例外といえるのは(これまた)Leafの『WHITE ALBUM』(1998)だった。この作品は彼女がアイドルになる(またはアイドルを彼女にする)というテーマを持っており、そのためボーカル曲が登場するアイドルによる歌唱曲という形で設定されていた。そのため(当時としてではあるが)クオリティに手を抜くことは許されず、しかも、作中でそのアイドルが直接歌う曲として登場するため、物語の内容と強く同期している必要があった。この難題に応えたLeafは「WHITE ALBUM」(※142)「SOUND OF DESTINY」(※143)「POWDER SNOW」(※144)という名曲を残した。これら楽曲は強くファンの支持を得たし、この物語が2009年から2010年にかけてアニメ化されたことによって平野綾・水樹奈々という今をときめく声優にして、まさに作中に登場した歌姫たちのように、現実にオリコンを席巻する歌い手によって歌われることとなったが、それに耐えるものとなっていた。
このようにボーカル曲の有効利用は、強いて言えば特定のブランドのみに許された特権となりつつあるところがあった。しかし、その状況を、ほとんど一気に変えてしまったのが、1999年におけるI'veというサウンドチームの登場である。
I'veとは、高瀬一矢を中心とする音楽クリエイター集団で、KEYの所属会社であるビジュアルアーツと強い関係を持っている。そのため主にビジュアルアーツの系列ブランドに楽曲を書き下ろしていたが、またたくまにその活動範囲は広がっていった。彼らの作編曲能力と品質は、それまでのアダルトゲーム界の常識を覆すものであって、極端な言い方をすれば、作品よりも圧倒的に高いクオリティという状況すらあった。それは本質的にはミスマッチなのだが、逆に楽曲の存在がパッケージのクオリティと商品価値に貢献するという点では切り札のような機能を発揮していた。あまりにもI'veは人気になりすぎて、2000年には、どこのゲームを見てもI'veが楽曲担当をしているという始末となった。美少女ゲーム雑誌である『P-mate』が企画した2000年度の美少女ゲームアワードでは、音楽部門で特定のブランドを上げることができず、I'veに受賞させているほどである(※145)。
そんなI'veの出世作はまさに『Kanon』のOPテーマ「Last regrets」(※146)と、EDテーマ「風の辿り着く場所」(※147)であった(ともに歌:彩菜)。
これらの楽曲は言わば総力戦のような制作状況を呈している。前者は作詞作曲がシナリオライターの麻枝准であり、その編曲をI'veの高瀬が担当していた。後者は作詞を麻枝、作曲を折戸伸治、そして編曲を高瀬が担当していた。『Kanon』の圧倒的なクオリティは、物語内容と音楽の弁証法によって競い合うようになされており、どちらを外しても考えられないものである。そんな中で、これらのボーカル曲はまさに物語内容を反映しながらも独立して完成している曲として、多くのユーザーを号泣に導くこととなった。この流れは2000年の『AIR』における「鳥の詩」(※148)(作詞:麻枝准、作曲:折戸伸治、編曲:高瀬一矢、詩:Lia)の登場によって頂点に達することとなった。未だにニコニコ動画などでは「国歌」などと呼ばれ語り継がれているこの楽曲の人気については、詳しく説明するまでもないだろう。
KEYの成功の重要なファクターとなりつつも、決してそれだけに留まらず楽曲提供をし続けてきたI'veの本領は、むしろ「鳥の詩」以後にはっきりと現われてきたものと言えるだろう。KEYの圧倒的人気もあいまって、そのテーマ楽曲名を冠したI'veの1st album『regret』と、short versionながら「鳥の詩」を収録した2nd album「verge」は大きな売り上げを記録した。高瀬も語るように多くのユーザーはKEYの曲を聞きたいからということで購入したことだろうが(※149)、しかしむしろそのことによってI'veがさらに広く知られることとなり、次なるステージへと移行することとなった。
この感覚、即ち、I'veが次のステージに上がったという感覚はかなりはっきりしている。具体的に言えば、KEYのテーマソングによって名を上げた時期(――その後、現在に至るまでKEYとの蜜月は続くわけだが)から、独自に歌姫をプロデュースしていく時期への移行である。それは端的にはKOTOKOの登場によって象徴されている。
KOTOKOとは元I've所属のボーカリストで、2011年に独立したものの、高瀬一矢とともに今なおI'veの顔として認知されているだろう歌姫である。彼女がKOTOKOの名前でボーカル担当を始めたのはまさに2000年後半である。作詞作曲も行なうシンガーソングライターとしての能力も発揮したが、何と言っても突出した歌唱力と、その担当楽曲数こそが重要である。彼女が担当した美少女ゲームのテーマソングは10年で200曲を超えている(※150)。
曲数に比例するように、その躍進は極めて早く、2002年にはテレビアニメ『おねがい☆ティーチャー』の楽曲を担当する形で、アダルトゲーム以外の層にも広く知られるようになった。
このような発展に伴う他のアーティストたちへの刺激は非常に大きく、細井聡司の音楽ユニットであるEnergy fieldや、後にElements Gardenとなる音楽プロジェクトfeelが誕生するなど、美少女ゲーム業界の音楽シーン全体が急速にメジャー化し始めていた。
文=村上裕一
※142 「WHITE ALBUM」収録作品『WHITE ALBUM』(Leaf、1998)
※143 「SOUND OF DESTINY」収録作品『WHITE ALBUM』(Leaf、1998)
※144 「PowderSnow」収録作品『WHITE ALBUM』(Leaf、1998)
※145 音楽外注が珍しくない今では普通に見えるが、当時としては異例なことだった。また、2000年は『AIR』が圧倒的な猛威を振るった年であるにもかかわらず、『P-mate』が大賞を与えた作品は『Natural2-DUO-』である。ちなみに前年は『Kanon』『こみっくパーティー』を押さえて『ママトト』であった。つまりこの賞は傾向として大衆人気に迎合せず、通好みとまでは言わないが、編集部の批評眼に基づいて与えられるものだったということである。かような編集部が、音楽部門においてビジュアルアーツに深い関係のあるI'veに賞を与えたことには、まさにI'veの強い勢いを感じ取れるだろう。
※146 「Last Regrets」収録作品『KANON』(Key、1999)
※147 「風の辿り着く場所」収録作品『KANON』(Key、1999)
※148 「鳥の詩」収録作品『AIR』(Key、2000)
※149 ラジオ「I've talk jam」にて。
※150 I've Sound Explorerを参照。
第一章 恋愛というシステム
第ニ章 地下の風景
第三章 探偵小説的磁場
第四章 動画のエロス
第五章 臨界点の再点検
補遺
第六章 ノベルゲームにとって進化とは何か
第七章 ノベル・ゲーム・未来―― 『魔法使いの夜』から考える
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト
12.07.29更新 |
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