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さりげない台詞から読み解かれる名作と若手写真家の競演!


文学作品に書かれたセリフの一言を 劇作家・岩松了が読み解き、 名作の世界を5人の若手写真家が写す――2005年〜2008年に『Domani』(小学館)で連載されたコラム「溜息に似た言葉」の単行本化。切り口によってさまざまな読み方ができる本だが、
読者対象として想定されているのはいったいどんな層なのだろう。
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台詞と写真、開かれた窓として

映画の名台詞を肴にした軽妙かつ滋味に富むエッセイと洒脱なイラストといえば和田誠の『お楽しみはこれからだ』(1975 年・文藝春秋)にとどめを刺す。同書を初めて読んだ時、映画ファン気取りだった俺は「なんてカッコイイ本だろう。大人になったらこういう本を書いてみたいもんだ」と思ったものだ。俺よりちょっとだけ年上の岩松了が出した『溜息に似た言葉〜セリフで読み解く名作』を手にした時、そんな野望を抱いたのは、俺一人ではなかったんだなと嬉しくなった。

ただし、岩松の本は、映画ではなく川端康成の『山の音』から始まり、シェイクスピアの『十二夜』で終わる小説と戯曲の台詞を巡るエッセイ集であり、イラストではなく、五人の若手写真家による写真が使われている。サブタイトルがなんか安物の教養書みたいなのはいただけないが、この和田誠にはない泥臭さがまた岩松了なのである。しかし、和田誠が映画好きが嵩じて映画監督までやってしまい、劇作家、演出家、俳優が本職の岩松が、こういう台詞がらみのエッセイ集を出してしまうというのがなんだか可笑しい。しかも和田の映画『怪盗ルビー』に出てた小泉今日子が岩松の本の帯に推薦文を寄せていたりもする。狭い世界だなあ、とも思う。

では、岩松の本が面白いかといえば、正直な話、微妙である。目のつけどころは面白い。和田流の名台詞ではなく、ふと、こぼれ落ちたような、さりげない台詞から、その作品を読み解く。そこが、演劇人の矜持というものかもしれない。大向こうを唸らせる名台詞の素晴らしさは誰にでも解る。だが、一見、華のない、溜息のような台詞にも、真実の瞬間がある。小説を書き始めた頃、俺は「括弧で括られた台詞は地の文よりも大事だ」と教わった。たった一つの台詞が、それまで構築してきたキャラクターをぶち壊しにすることもあれば、全く新たな側面に光を当てることもある。岩松はそんな台詞たちと戯れ、あるいは格闘し、時には添い寝をする。たとえば、岩松は、

「さめが……」(原文は「さめ」に傍点)

という、これだけでは何がなにやら解らない「台詞」で意表を衝く。このケレン味のあるツカミが、まず、お見事。ネタバレを承知で言えば、この台詞はヘミングウェイの『老人と海』に登場するほんの端役にすぎない給仕の言葉だ。あえてこの台詞を採り上げ、この給仕の一言がささやかな誤解を生み、物語にペーソスを付け加える。そこに岩松はユーモアを見出すわけだが、このあたりは炯眼であり、流石である。しかも、岩松は敢えて括弧で括って「誰も悪くはない」という岩松自身の内語でダメ押しする。あたかも、言葉拙い給仕を、誤解した女性観光客を、老人が釣ったカジキを食い尽くした鮫を、さらにいえば、そんな人と世界の営み全体を祝福し、受け入れるかのように。屋上屋を架すという批判も可能だが、この岩松の台詞はヘミングウェイの奥行きを照らしだすという意味では充分に有効だろう。

もとより解釈や感興は人様々である。岩松の「読み」に納得する読者もいれば、そうでない読者もいる。それはそれでいい。いずれにせよ読者は岩松の「読み」を読む。くだくだしく言えば「さめが……」の一言から『老人と海』を語りうる岩松の人生と教養の形と厚味を読者は読む。それが己の意識を拡張してくれれば尚良しだ。

ところが、残念ながら毎回毎回、こちらの目から鱗を落としてくれたり、唸らせてくれたりするわけではない。先に「微妙」と書いたのは、岩松が自ら課した目論見を徹底できていないからである。新鮮味がない、凡庸な解説以上ではないセッションもある。連載順に並べられているのかどうかは知らないが、後半よりも前半の方が相当上出来で、後半に入ると(本人も言い訳しているが)ネタ切れ気味。凡打も増えて、チェーホフが三回連続で並ぶあたりは、胸突き八丁の観があり、読んでる俺のほうがしんどくなってしまった。さらに岩松は、

「人生の本当の瞬間というものは、いつも怖いものさ」(三島由紀夫『永すぎた春』)

という芝居がかった陳腐な「名台詞」まで持ってきてしまう。和田誠ならいざしらず、これは岩松の主題である「溜息のような言葉」を裏切っているのではないか? しかも、何の捻りもなく、登場人物の関係性と荒筋を紹介されて、「そんな瞬間に心当たりのある読者も多かろう」と言われても、「はあ?」としか答えようがないのである。岩松でなくても、この程度のことは言えてしまうだろう。乱暴に言えば本書の文章は103ページまで読めばいい。というか、ここは編集者がセッションを絞り込むべきだったろう。岩松の文章ならどんなものでも読みたいというファン的な需要があるのは解る。だが、それは本書を手にする読者の総意ではないはずだ。

さて、本書は連載時とは形を変え、見開きごとに岩松のエッセイと写真が交互に配置されている。参加したのは若手写真家5名。つまり写真付きのエッセイ集であり、エッセイ付きの写真集という構成だ。もちろん本来的には岩松のエッセイ集だが、文章に合わせて写真を選び、提供したのは写真家たちである。恐らく、岩松には若い才能の後押しをしたいという意識が強いのだろうが、文章と写真の異種格闘技という側面も見逃せない。ただ、岩松はすでに書き終わっているのである。厳密にはコラボレーションではない。むしろ写真家が岩松の文章をいかに料理するかというあたりが見所になる。

登場する写真家は、中村紋子、高橋宗正、インベカヲリ★、土屋文護、石井麻木。

彼らの対応がそれぞれ面白い。たとえばケレンという意味では高橋宗正である。先に挙げた「さめが……」にホントに鮫の写真を持ってくる。本文にデパートの屋上遊園が出てくれば、直球で屋上の写真。「顔に血がついているぞ」(『マクベス』)には白いシーツの上の小さな血痕。『雪国』には舞い落ちる雪の写真。見事なまでの即物主義。岩松と読者に対する挑発? 奇を衒った一発ネタ? 単細胞? 考えすぎて一周廻った? コンセプチュアルアート? などと様々な誤読を誘発してくれるという意味では大変優れたオシゴトだし、コンセプトとプレゼンテーションまでを含む表現としてはアリだと思う。しかし、それらの写真はピンで立つほどの魅力はない。ちょっと頭が良すぎるのではないか? でも、この「やりすぎ」感が、傲慢な若気の至りがステキにも思える。

最も気になったのはインベカヲリ★。被写体は特に美人でもないが、妙にエロチックで存在感のある女性たち。写真単体としても興味を惹かれるが、採り上げられた台詞とのつかず離れずの距離感は、もうすぐ還暦を迎える岩松を小悪魔が意地悪く挑発するような凄味もあり、時として岩松のテキストをさらに拡張する。物書きの立場から言えば、一緒に仕事をするとしたら刺激的で、スリリングな相手である。

こうした若い写真家たちの自己プロデュース力までを含むプレゼンテーションとして見た場合、本書は興味深く楽しめる。ただ、本という商品としてはチグハグな印象を受ける。つまり、読者対象が見えてこない。岩松ファンに読ませたいのか? 写真好きに見せたいのか? 幅広い層に買わせたいのか? ちょいサブカル寄りのオシャレっぽい造本で、帯に小泉今日子とリリー・フランキー。とくれば、下は高校生くらいの背伸びさんから上は40歳前後の知的水準やや高めの人達か? ところが冒頭に挙げたように、サブタイトルもそうだが、本文の最初にあるキャッチ(目次にも入っている)も、たとえば「自分の意見がないとお嘆きのあなた。この小説を読めば、気持が変わる」とか「矛盾を惜しげもなくさらすオンナも魅力は魅力だが、先はいばらの道と覚悟せよ」とか安手の自己啓発本みたいなセンスである。となると、その手の本の読者層狙いかとも感じる。

しかし、本文は失敗(と俺は思う)はあるにせよ、岩松了の人柄がにじみ出た、真面目に台詞たちと四ツに組んだテキストであって、無責任に「向上心」を強いる類のものではなく、読む側にもそれなりの)教養を要求する文章なのだ。一体、誰に売るつもりなのだろうか? 俺みたいな、さほど売れている本を書いたり作ったりしていない物書き兼編集者が天に唾してどうするかとも思うのだが、これまでにもイイ本を出してきた版元だけに、その意図が気になるのである。

文=永山薫


『溜息に似た言葉〜セリフで読み解く名作(ポット出版)

著者=岩松了

価格:2200円+税
判型/4-6変/192ページ/上製
ISBN: 978-4-7808-0133-0 C0095
発行:2009年09月04日
出版社:ポット出版

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永山薫 1954年大阪生まれ。近畿大学卒。80年代初期からライター、評論家、作家、編集者として活動。エロ系出版とのかかわりは、ビニ本のコピーや自販機雑誌の怪しい記事を書いたのが始まり。主な著書に長編評論『エロマンガスタディーズ』(イーストプレス)、昼間たかしとの共編著『マンガ論争勃発』『マンガ論争勃発2』(マイクロマガジン社)がある。

永山薫ブログ=9月11日に生まれて

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09.10.04更新 | レビュー  > 
文=永山薫 |