special issue for the summer vacation 2011
2011夏休み特別企画/特集「大人の学究へ向けて」
三丁目じゃない戦後の東京
文=伊丹直行今年の夏の特別企画はWEBスナイパーの豪華著者陣による、大人の研鑽に必要な名作・傑作のプレゼン祭り! 夏休みのまとまった時間に改めて、あるいはもう一度触れておきたい作品群をジャンル不問で紹介していただきます。第三弾は「COMITIA」レポートなどでお馴染みの伊丹直行さんが、戦後の東京をテーマに四冊の本をセレクト。懐古趣味とは違う視点から、東京の歴史を見詰め直すための道しるべを紹介していきます。
この辺りの自分のもやっとした感じを解消してくれた本を4冊、今回紹介します。
岩波写真文庫 『東京 ―大都会の顔―』
1952年に発行された「岩波写真文庫」の復刻版です。
戦後から6年の東京を詳細に写したもので、今現在自分が知っている東京と見比べてみると隔世の感(そりゃ半世紀経っていますけども)があります。1955年が昭和30年ですので「三丁目の夕日」的世界が沢山映されているかと思いきや、汚水処理場・野良犬狩り・貧民街などの、今となっては取り立てて振り返られはしなさそうな場所やものごとの写真や、電話網・商店の内訳・生活保護者数のグラフから「東京の人が1日に食べるもの」の統計までもが、簡単ではありますが掲載されています。
掲載されている写真がいちいち妙に生々しいのですが、入り込みすぎない俯瞰的な視点が散りばめられていて、たいへん興味深く読めます。
この岩波写真文庫の復刻版は 『東京案内』 『東京都 ―新風土記―』 というものもあり、こちらも併せてお薦めします。
『東京案内』(1952年発行)は23区内の駅を中心に、『東京都 ―新風土記―』(1956年発行)は東京都全域(武蔵野・青梅・三宅島まで!)を紹介したものです。今とは全く違う渋谷や青山の光景も面白いのですが、中にはニコライ堂や西本願寺など現存する建物の姿もあります。しかし建物の背景は現在とは全く別物だったりする、そんなところも面白いです。ポケットサイズなので散歩のおともにもいいですよ。
NHK知る楽『探究 この世界 2009年6・7月鉄道から見える日本』
NHKの「知る楽」という番組のテキストです。番組内の講義自体も面白かったのですが、テキストだけでもかなり愉しく読む事が出来ます。
昭和初期〜中期のエッセイにしばしば移動手段として出てくる鉄道のあの感じ、が、今とは路線網がかなり違う事もあってイメージが掴みづらかったのですが、第2回「沿線が生んだ思想」・第6回「都電が消えた日」辺りを読むと、沿線文化の片鱗が見えてくる気がして愉しいです。ああそういえば、永井荷風の日記に戦後に市川から浅草に通っていた記述があったけどこういうことだったか、とか今更納得したりしました。
特にそのあたりの読み物をお読みでなくとも、現在の路線に乗られている方も面白く読めるかと思います。当時も現在も変わらず交通手段として使われている鉄道、そこから、逆に東京が紐解かれていく愉しさは格別です。
また、上記の『東京都 ―新風土記―』で紹介されている、東京の人口増加・住宅不足問題とからめて、第5回「私鉄沿線にあらわれた住宅」を読んでみるのも面白いです。第5回の講義は西武沿線を主とした話なのですが、経済とその思惑が絡まって土地が開発されていくさま(そして失敗も)が解かれていて愉しいです。
東京の鉄道に関してだけではなく、御召列車から東急と阪急の比較についての講義も掲載されていて、こちらも大変面白いです。講義自体は、渋谷をはじめ全国の番組公開ライブラリー施設で見ることが出来ます(※編註:2011年8月12日現在、上記番組は残念ながら公開が終了しているようです)ので、テキストがお気に召した方は是非渋谷まで。電車に乗っていかがでしょう。
『「暮らしの手帖」とわたし』大橋鎭子
雑誌「暮らしの手帖」を作った大橋さんの、品を保ちつつも不屈の精神で頑張ってこられた軌跡が記されたエッセイです。
「暮らしの手帖」という雑誌は、戦後の「食べる/生きることが最優先」な風潮の中で、女性が生活も含めて気品よく美しくあろうとすることへのヒントを提案し続けた雑誌、だと勝手に思っているのですが(母が購読していました)、その雑誌を作るまでそして流通させるまでの苦労など、戦後の東京の雑然とした感じもありつつも、重くなりすぎず読む事ができます。
当時の銀座など、街の描写も出てきますので、上記で紹介した2冊からの「戦後の東京の地理感覚」を思い描きながら読むのも面白いです。また、同じ時代の(割と荒っぽい)随筆と併せて読むと、戦後の都下で美しくあろうと奔走する「しずこさん」の凛とした気概が際立って感じられます。
『日本のファッション - 明治・大正・昭和・平成』城一夫
戦後だけではなく、明治から平成(発行が2007年なので、平成19年まで)までのファッションを細かにイラスト化した本です。
上記の大橋鎭子さんの本に、創刊当初のグラビアページが付録として付いていまして、ワンピースの作り方・出来上がり等の写真が載っているのですが、想像していたものより随分とモダンだったのですね。おや?と、この本で確認してみたところ、40年代〜60年代辺りのファッションが自分の中でごっちゃになっていたことが判明しました。改めて見て、自分の記憶のいい加減さにびっくりしました。
近代小説を読む際、不勉強なのもあって登場人物の服装がいまいちイメージしきれないことが多いのですが、これを見てから改めて読んでみると印象が変わる気がします。
後半には「流行色一覧」も載っています。動画で見る昔の映像は白黒や色あせたものが多いので、つい地味色を想像しがちだったのですが、意外にもビビッドカラーが流行色だったりと、発見が沢山あって面白いです。
以上4冊、最後の1冊はテーマが東京からかなり離れてしまいましたが、戦後の東京を舞台にした読み物を読むときのお役に立てるとよいなあと思います。
ノスタルジック過剰も楽しいです。一見地味に見える過去のあれこれが今現在の東京へと通じている感じが伝われば幸いです。
余談ですが、学生時代によく読んでいた読み物とは、永井荷風と坂口安吾でした。なんとなく恥ずかしいですね。いやお二方が恥ずかしいのではなくて、不勉強なまま読んでいた自分が改めて恥ずかしい。夏ですね。
文=伊丹直行
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