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Criticism series by Sayawaka;Far away from the“Genba”
連載「現場から遠く離れて」
第四章 事件は現場で起こっているのか 【4】

ネット時代の技術を前に我々が現実を認識する手段は変わり続け、現実は仮想世界との差異を狭めていく。日々拡散し続ける状況に対して、人々は特権的な受容体験を希求する――「現場」。だが、それはそもそも何なのか。「現場」は、同じ場所、同じ体験、同じ経験を持つということについて、我々に本質的な問いを突きつける。昨今のポップカルチャーが求めてきたリアリティの変遷を、時代とジャンルを横断しながら検証する、さやわか氏の批評シリーズ連載。
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第一章で紹介した日本のヒップホップにおける「現場」の例を思い出そう。コンドリーは各々の立場からヒップホップ全体を活性化させていくのが「現場」だと説いたが、事実として人は――たとえばマンハッタンレコードの板垣年哉は――物理的な場所としての「現場」を重視していた。したがって、コンドリーの言うような各プレイヤーの相互作用によるコミュニティの発展が確固としてあるとは言い難く、せいぜいレコード会社やメジャーレーベルなど従来なら強大な力を持っていたプレイヤーの立場が弱められ、代わりに物理的な場所としての「現場」に属する者がヒエラルキーの頂点を簒奪したにすぎないだろう。そして『踊る大捜査線』にあるのも全く同じ構造で、連続ドラマ版で組織全体をよりよくしようと言ったにもかかわらず、『THE MOVIE』からは「現場」こそが大事なのだと言い募っている、ということになる。

2003年に公開された『THE MOVIE2』は、この傾向をなぞりながら強化していくことになる。この作品で「現場」の「敵」として現われる捜査一課に所属する女性管理官の沖田は、初対面の青島に対して「事件は現場で起きてるんじゃないのよ。事件は会議室で起きてるの。勘違いしないで」と言い切る。これは既に映画が『THE MOVIE』の反復だけを意識していると言ってしまっていいだろう。この台詞は『THE MOVIE』で示された「現場」と上層部の対立構造を確認しつつ、それを強調するものでしかないのだ。しかも沖田は所轄内に配置されたカメラを使って「現場」を監視し、事件を捜査しようとする。つまりここでついにテクノロジーが「現場」を蔑ろにするもの、悪しきものとして登場するのである。

実は、『踊る大捜査線』に科学技術が登場するのは初めてではない。テレビドラマ版では、むしろインターネットが爆発的に普及した90年代後半以後に相応しい作品としてIT技術が頻繁に描かれており、『THE MOVIE』でも扱われるのはネット犯罪であった。だが特に注目すべきなのは連続ドラマ版の第7話に登場するデータ至上主義のプロファイリングチームだ。敬語を使わず、金髪など乱れた身なりをした彼らは、ハッカーあるいはコンピュータオタクの批判的なカリカチュアライズそのものである。彼らはデータさえあれば犯人の検挙は可能だと言い、「刑事が捜査する時代なんてとっくに終わったよ」と嘯く。これに対して憤った老刑事の和久は独自に捜査を行ない、物語は対決の様相を呈していくことになる。ところが最終的に正しい犯人を指摘したのはプロファイリングチームだった。一応「科学技術で犯人を特定することはできたが、自白を引き出すことができるのは刑事の人間性である」というオチが付くのだが、ここで重要なのはやはり、物語が科学捜査を必ずしも否定していないことであろう。室井は青島に対して「科学捜査はこれからもっと入ってくる。それで現場はやっていけるか」と訊ねるが、青島は「俺はうまくやっていけます。これからは科学と手を組むべきだと思います。ただ、俺たちは頭や機械だけでなんか捜査しません。絶対に。所轄は所轄のやり方があるんです」と答える。

これは上層部と「現場」の友好な関係を目指した連続ドラマ版ならではの解決だろう。浪花節を効かせて物理的な場所としての「現場」をいたずらに賞賛するのではなく、科学技術を使って遠隔から指示を出す上層部と手を組む方法を考えるというわけである。だが、それから6年後に作られた『THE MOVIE2』では事情は既に変わっているのだ。科学捜査は単なる科学万能主義の象徴であり、それは非人道的なシステム、反「現場」的なものとして扱われる。したがって監視カメラを使った捜査に「現場」の署員たちはあからさまに不快感を示すし、しまいには和久が沖田に対して激高する。

「もう、お前の命令なんか聞けるか! 俺たち下っ端はな、あんたが大理石の階段を昇ってるあいだ、地べた這いずり回ってんだ! 文句も言わず、命令通りにな! これ以上、若いもんを傷つけないでくれ」

この台詞のあり方はあまりに体制批判の姿勢に偏りすぎているだろう。だが青島ですら、室井に対して次のように述べるのである。

「俺、待ってますから。室井さんが上に行って変えてくれるの。捜査から政治を取り除いて、俺たちとの風通しよくしてくれるんですよね。現場が正しいって思うことをやれるようにしてもらわなきゃ」

もはや「現場」こそが正義の執行者であり、それを思うようにさせない上層部が悪いのだという言いざまである。本来、室井との盟約は青島がここで言っているようなものではなかったはずだが、彼は無邪気に室井への期待を言い募る。だが、それに対して室井ができることはない。室井が連続ドラマ以降に昇進していくことは先にも触れたが、物語が「現場」の正義を明示的に扱えば扱うほど、彼は「現場」と上層部の板挟みになって絶えず苦悩しているだけの人物になってしまう。それは当然だ。今や青島たちが望んでいるのは単に彼らの要求通りに捜査を進めたいということであるが、本来、室井が「偉くなる」ことで実現すべきなのはそんなことではなく、「それぞれの立場から組織全体をよくする」ことだったはずなのである。言ってみれば彼の苦悩とは「現場」と上層部の軋轢などではない。彼はいつの間にか変わってしまった『踊る大捜査線』の世界をこそ懊悩するキャラクターなのである。

『THE MOVIE2』に登場する犯人グループはインターネット上で出会った仲間たちである。彼らは自分たちの美点は警察のように組織だっていないことだと言う。しかし最終的に彼らは青島によって否定され、逮捕される。青島は犯人たちに「リーダーが優秀な組織も悪くない」と得意げに言うが、彼の言う「優秀なリーダー」とは、既に「現場」の思うままに捜査をさせてくれる人物に過ぎなくなっている。こうして作品は、科学捜査に象徴されるネット技術そのものとネットで知り合っただけのつながりによるリーダーなき組織の両方を退けつつ、ただ「現場」だけを尊ぼうとしてしまうのである。

だが、この解決が連続ドラマ版の掲げた理想を欺瞞によって裏切るものであることは制作陣もある程度理解していることだったと思われる。なぜなら2010年に公開された劇場版三作目『踊る大捜査線 THE MOVIE3 ヤツらを解放せよ!』(以下『THE MOVIE3』と略す)では、劇場版の二作を重ねて作品に蓄積された連続ドラマ版との齟齬が噴出し、作品が検討すべき課題として提示され始めるのである。

文=さやわか

第一章 ゼロ年代は「現場」の時代だった
第二章 ネット環境を黙殺するゼロ年代史
第三章 旧オタク的リアリズムと「状況」
第四章 事件は現場で起こっているのか

さやわか ライター、編集者。漫画・アニメ・音楽・文学・ゲームなどジャンルに限らず批評活動を行なっている。2010年に西島大介との共著『西島大介のひらめき☆マンガ 学校』(講談社)を刊行。『ユリイカ』(青土社)、『ニュータイプ』(角川書店)、『BARFOUT!』(ブラウンズブックス)などで執筆。『クイック・ジャパン』(太田出版)ほかで連載中。
「Hang Reviewers High」
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11.07.17更新 | WEBスナイパー  >  現場から遠く離れて
文=さやわか |