Criticism series by Murakami Yuichi;Philosophy of "bishojo" game
連載「美少女ゲームの哲学」
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト【6】様々なメディアミックスによってコンテンツが生まれている昨今、改めて注目されている作品たちがある。美少女ゲーム。識者によってすでに臨界点さえ指摘された、かつて可能性に満ちていた旧態のメディア作品。だがそうした認識は変わらないままなのか。傍流による結実がなければ光は当たらないのか。そもそも我々は美少女ゲームをどれほど理解しているのか――。巨大な風景の歴史と可能性をいま一度検証する、村上裕一氏の批評シリーズ連載。
I'veなどの先進的なサウンドチームが登場したことによって、美少女ゲーム業界では急激に音楽のメジャー化が起きた。キャッチーで完成度が高い音楽が流通するようになっただけではなく、実際に販路が広がり、オタク文化全体の興隆とあいまって、美少女ゲーム出身のアーティストがメジャーシーンで活躍するようになったということである。この機運の象徴としてはI'veが2005年にまさかの日本武道館ライブを成功させたことや、同年に美少女ゲームに原点(原作ではない)を持つ『魔法少女リリカルなのはA's』のオープニングテーマ「ETERNAL BLAZE」(※151)がオリコン週間シングルチャートで二位を記録した。後者の楽曲提供はElements Gardenである。即ち2005年とは、美少女ゲーム出身の音楽制作チームはほとんど頂点に上り詰めた年として存在していた。極端な言い方をすれば、もはやボーカルの入ったテーマソングは何かのテーマである以前に、歌い手の声の受肉としての、独立した存在として成立していたということになるだろう。
しかし、本論が注目したいのは、ラグジュアリーなボーカル曲が犇めく中で、歌い手ではなく物語によりそった音楽であり、音楽によりそった言葉である。ただ、そういった言葉がこういったボーカル曲の発展とともに生まれたものであることは強調せねばならない。
少し時を巻き戻そう。2000年には早くも『AIR』にて泣きゲーのムーブメントは頂点に達した。とりわけその象徴は、作品のクライマックスにて、その瞬間にだけ流れるボーカル曲である「青空」(※152)だ。本作のBGMはペンタトニックを多用して全体的に物悲しい演出を心がけてきているのだが、中でも最大のカタルシスにあたるシーンで流れるこの曲は、楽器をストイックに制限し、歌い手であるLiaの声色を前面に押し出した非常に素朴な作りとなっている。その感じは、童謡を聞いているのに近い。それは、作中風景を象徴しているというよりも、その風景の中から奏でられているような音楽である。
これは曲調だけのことではなく、歌詞においてもそうである。引用してみよう。
あの海 どこまでも青かった 遠くまで
あの道 どこまでも続いてた まっすぐに
これは、物語の佳境へ向けて、主人公の国崎往人とヒロインの神尾観鈴が海を目指して歩いたことをそのまま表現している。第一部で往人と観鈴は、海に行こうとして頑張るのだが、呪いのせいでそれは果たされない。第三部にて、母の晴子が連れて行くことで、ようやく観鈴は海に到達することができたのである。
あの道 どこまでも続いてた まっすぐに
従ってこの歌詞は、ヒロインか主人公、もしくは母親の、いずれかの視点を再現しているものと考えられる。
これは次のシーケンスでよりはっきりする。
たくさんの思い出がある
他には何もいらないぐらい
瞳を閉じればすぐあの海の匂い
作品をプレイすれば分かるように、これは明らかに観鈴の認識を表している。というのも、彼女は「この夏に全てが詰まっていた」と、死の直前に述べるからである。「青空」が流れるシーンの、ひとつ前のシーンにおいて彼女たちは海に行くのであって、死の間際のシーンはその後である。だからこそ、思い出すために「瞳を閉じ」ると、ありありと「すぐあの海の匂い」が感じられるというわけだ。それくらいに印象的なのは、観鈴にとってそれが唯一のやりたいこと・見たいものであったからだ。
他には何もいらないぐらい
瞳を閉じればすぐあの海の匂い
さらに、最後の部分を見てみよう。
また夏がくる 銀色に光る
水面に映すふたりぶんの影
誰よりも遠くにいってもここからまた笑ってくれる
瞳を閉じればふっとあの日の青空
この歌詞は解釈が難しいのだが、少なくとも軽視できないのは、それが反復を意識しているということだ。繰り返される「また」に注目してほしい。死者は繰り返される季節を体感することができない以上、恐らくここは母の視点から描かれているだろうことが推察される。彼女が娘とともに見た「あの日の青空」を、娘を身近に感ずるがように覚えているということだ。
水面に映すふたりぶんの影
誰よりも遠くにいってもここからまた笑ってくれる
瞳を閉じればふっとあの日の青空
このような娘の述懐/母の述懐は、物語の進捗ときれいに対応している。さらに言うならば「青空」は認識の主体が娘から母へと、その死によって切り替わる瞬間を切り取った形で機能しているとも言えよう。このように、『AIR』を象徴する感動曲は、物語と同じように歩むことで成立していた。
ところで、この「青空」という楽曲を考える上では「銀色」(※153)という楽曲への言及が欠かせない。というのも「銀色」は、実は「青空」のオフボーカル版だからである。この曲は各シナリオのクライマックスで流れることで、感動を担う曲として機能している。「青空」の歌詞における「また夏がくる」「銀色に光る」というのは、自分自身を表現した言葉でもあるのだ。しかし、決して同じメロディーを単に繰り返しているのではなく、何回か同じ感情を表現するシーンで繰り返して流すことでプレイヤーを教育した上で、ボーカルによって言葉を、それもまさにそのシーンに登場しているキャラクターたちが、そのシーンで語っているセリフ以上に雄弁に思いのうちを訴えるようなものとして付加している、ということが重要である。
こうしてみると、『AIR』が圧倒的なのは、反復という現象が持つ感動に対する機能を限界まで引き出しているということだ。全体的な曲調がペンタトニックに揃えられ、BGMはみな夏の夕暮れのような穏やかさと物悲しさをはらみつづける。三人のヒロインの物語をプレイすることで、内容は異なるが形式的に同一の経験を獲得し、プレイヤーは感動に慣熟する。さらに、物語内容そのものを繰り返すことによって差異と反復が強調される。いつ違った展開が訪れるのかという期待が一種の緊張となるのだ。そして、ボーカルを伴った感動担当曲の炸裂によって、期待以上の形でその感情の貯水を決壊させるこの流れは、完璧と言う以外に表現できない。
これは感動を盛り上げる技術とその構成の完璧さであるが、それは、ふつうの言葉を詩にしてしまうような魔法だと言ってしまえるだろう。「ふつうの言葉」とは、たとえば先ほども引用したような「あの海どこまでも青かった遠くまで」という言葉が、多少倒置になっているとはいえ、それこそ観鈴が日記に書いたようなふつうの記述だということや、ことさら歌うために作られたひねりだされた言葉ではなく、ほとんど美少女ゲームの地の文に相当するような内容として存在していることを意味している(※154)。
これは恐らくKEYのゲームの系譜の中でゆっくりと準備されたものである。ここまで見てきたように、心に届くことを目的とした『MOON.』はトラウマティックな言葉と演出を用いた。この要素を強く引き継いだ『ONE』は、学園ものだったにもかかわらず、非常に宗教的で超越的内容となった。しかし、KEYの処女作として泣きゲーの金字塔を打ち立てた『Kanon』は、実は一気に世俗的になっている。それは宗教的な言葉というよりも童話的な言葉、超越的な言葉というよりもふつうの言葉を使っていることを示している。にもかかわらず、それは音楽と演出の力によって、詩として振る舞っている(※155)。
美少女ゲームあるいはノベルゲームの地の文ないしは会話文として書かれたふつうの言葉。このような言葉を詩的なものに変えてしまう魔法が、いわば美少女ゲームの音楽である。もちろん、言葉の側に何の準備がなかったとしても、メジャーシーンに大きな存在感を示しつつあった制作クオリティによって支えられた音楽たちであるがゆえに、一定のコラボ効果を発揮したことは間違いない。そうでなければMAD動画などは作られなかっただろう。だがKEYの一連のゲームでは、独特のおっとりとした人物造形とゆっくりとした時間演出によって、言葉を徹底してふつうのものにすることが狙われており、ゆえにこそ音楽のポテンシャルを引き出しきることができたのである。このような音楽を前提にして書かれるテキストこそをまさに「美少女ゲームの音楽的テキスト」と言うのである。
文=村上裕一
※151 「ETERNAL BLAZE」歌・作詞:水樹奈々/作曲:上松範康(Elemants Garden)『魔法少女リリカルなのはA's』OPテーマ(キングレコード、2005)
※152 「青空」歌:Lia/作詞・作曲:麻枝准 収録作品『AIR』(Key、2000)
※153 「銀色」収録作品『AIR』(Key、2000)
※154 「青空」の自然さ・素朴さは、オープニングテーマである「鳥の詩」の洗練ぶりと比較すれば明らかすぎるほどに明らかだろう。しかし、「鳥の詩」という形で「詩」の存在感に言及していることは存外重要である。作品内容に深く入り込んで曲を作った作品としては志倉千代丸プロデュースの『CHAOS;HEAD』『STEINS;GATE』があり、これらの曲のエスタブリッシュぶりは、ゲーム内容の作風に違いがあるとはいえ、「青空」とはかなりかけ離れている。
※155 たとえば各話冒頭の「夢。/夢を見ている。」から始まるテロップはまさに詩だと言わざるを得ないだろう。
第一章 恋愛というシステム
第ニ章 地下の風景
第三章 探偵小説的磁場
第四章 動画のエロス
第五章 臨界点の再点検
補遺
第六章 ノベルゲームにとって進化とは何か
第七章 ノベル・ゲーム・未来―― 『魔法使いの夜』から考える
第八章 美少女ゲームの音楽的テキスト
12.08.05更新 |
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