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I want to live up to 100 years
「長生きなんてしたくない」という人の気持ちがわからない――。「将来の夢は長生き」と公言する四十路のオナニーマエストロ・遠藤遊佐さんが綴る、"100まで生きたい"気持ちとリアルな"今"。マンガ家・市田さんのイラストも味わい深い、ゆるやかなスタンスで贈るライフコラムです。最近、生理の周期が早くなった。
それに気づいたのは、夫に指摘されたからだ。私は生理痛が酷いので、毎月その時期がくると明らかにテンションが下がり、1日2日は死にそうな顔で寝込んでしまう。毎月そんな姿を見せられているせいで、可哀想に、彼は女のホルモンバランスなんてものに敏感にならざえるを得ない。
「先月は確か月末に来たんじゃなかったっけ。まだ1カ月経ってないよ」
言われてみれば確かにそうである。
これまでは、重くても判で押したようにきちんと28日できていた周期が崩れ始めた。これはどういうことか。答えは一つしかない。
そう、更年期というやつだ。
更年期を実感するまで、私は一般的な女が何歳くらいで閉経するのか、どんなふうに生理がこなくなっていくのか、はっきりとは知らなかった。これではいかん!と慌ててインターネットで調べてみると、今の状態はやっぱり更年期の始まりっぽい。いろんなパターンがあるけれど、40代の中ごろに一度周期が短くなり、その後今度は周期が延びて閉経するという例は多いんだとか。うわー、ドンピシャじゃないですか......。
それを知ったとき、まず感じたのは「恐れていた時がいよいよきたか!」という恐怖だった。
閉経したら女でなくなってしまうんじゃないか、というような漠然とした不安ももちろんある。でも、そんなことよりリアルに恐れているのは、ズバリ"更年期障害"というやつだ。近い将来やってくることを想像すると、布団にもぐりこみ生理が完全になくなった老女になるまで冬眠したくなる。あれは嫌だ。本当に嫌だ。
私が更年期を恐れるのは、単なるムードに踊らされてのことじゃない。
過去に更年期障害を経験したことがあるからだ。それも二回も。
一回目は、確か28歳のときだった。
子宮に筋腫がみつかって、切除することになった。
すぐにでも手術をしたほうがいいのだけれど、あまりに大きくてこのまま切るのは危険だから、まず何カ月間か筋腫を小さくするためのホルモン治療を勧められた。
医者がそう言うならそうなのだろうと、28歳の私は何も考えず治療を受けた。すると2カ月程した頃からだろうか。なんの前触れもなくいきなり体が熱くなり汗をダラダラかくようになった。更年期障害では代表的な"ホットフラッシュ"という症状だ。
医者によると、そのとき受けたのは生理を止め体を閉経後の状態にする治療だという。ある薬品を注射することで女性ホルモンが低下し、できものが小さくなっていくらしい。
真冬なのにいきなりTシャツ一枚になったり、かと思えば寒がって脱いだ洋服をもう一度全部着込んだり、そんなことを一日に何十回と繰り返す。生まれて初めての更年期障害はなかなかに面倒くさかった。でも、このときはまだ良かったんである。
辛かったのは、二回目の手術のとき。面倒なホットフラッシュを何とかやりすごし無事に手術も終えたのに、30代半ばになった頃、私の腹にはまた新しい筋腫ができてしまった。
かかりつけの医者に「切りますか? 将来子供を産むつもりがあるなら早くしたほうがいい」と言われ、もう一度ホルモン治療と手術をすることに決めた。更年期障害の可能性があることはわかっていたけれど、あの程度のことなら我慢できるだろうとたかをくくっていたのだ。しかし、これが間違いだった。
一回目は体だったけれど、二度目の更年期障害は心に来た。いわゆる更年期鬱というやつだ。
前回よりも年をとり、悩み多きお年頃にさしかかっていたこともあるのだろう。治療中の私はとにかく気持ちが沈み、感傷的になって四六時中泣いてばかりいた。
友達カップルと飲んでいるとき急に「どうして私だけ独りなの!?」という思いがこみあげ涙ぐんで引かれたり、一人で眠れなくて老母の部屋で一緒に寝かせてもらったり。気持ちがすさむのを何とかしようと友人の家に押しかけ生まれたばかりの赤ん坊の匂いを一日中嗅いでいたこともある。......今考えるとかなり気持ち悪いが、そのときはそんなことも言っていられなかった。治療が終われば元の精神状態に戻るだろう、それだけを救いに毎日を過ごした。
ホルモンって恐ろしい。身をもってそのことを思い知った。
女が生理で寝込んだり、PMSで落ち込んだりしていると、「ああ、またか......」という空気になることがある。「女性ホルモンは伝家の宝刀」みたいな言われ方をすることもある。
実を言うと、私もずっとそんなふうに思っていた。あからさまにイライラしている女性を見て「メンヘルめんどくせー!」なんて思うこともあった。
でもそれは、誰でもなる可能性がある"鬱"ってやつを、たまたま経験せずにすんでいたからだ(恥ずかしながら告白すると、私はそれまでPMSに苦しんだり寂しくて深夜に泣いたりしたことのない自分のことを、メンタルが強いと思っていたのだ)。
治療中、安定剤に頼る日々を過ごしてみてわかった。
常に財布に入れて持ち歩き、「いかん、もうダメだ。泣く!」と思ったらすかさず口に放り込んで、早く効くようにボリボリと噛み砕く。そうすると、あ~ら不思議。20分ほどで気持ちがスッと軽くなる。気のせいじゃない、本当に熱が引くようにスッとモヤモヤが晴れていくのだ。バファリンを飲むと頭痛が治るのと何ら変わりない。
ああ、自分ではどうにもできないってのはこういう気分だったのか......。
そんな死にそうな思いをしてできものを切ったのにもかかわらず、私はそのままぼんやりと30代後半を過ごし、結局子供を産むことにはならなかった。
こうなることがわかっていたら面倒なホルモン治療なんかしなかったのに! 正直、そう思わなくもない。
でも今考えると、ものすごく、ものすごーく嫌だったけど、貴重な経験だった気もする。
結局、人が感じている辛さは他の誰にもわからないと知ることができたからだ。
PMSやホルモンのことだけに限らない。女のことは男にはわからないし、男には女のことはわからない。病気の人の辛さは健康な人にはわからないし、弱者の痛みは強者にはわからない。だったらどうすればいいんだろう。できることはきっと、想像し、思いやるだけなんだろう。
しかしまあ、それはさておき。目下の悩みは、更年期である。自分は心を病むタイプじゃないと思っていたけれど、それが買いかぶりだということは二回目の更年期でしっかり判明してしまった。
もう一度あんな思いをするのは本当に怖いけれど、そうなる可能性はたぶん高い。もしものときに備えて、今から手を打っておいたほうがいいのかもしれない。
今考えているのはペットを飼うことだ。子猫なんかどうだろう。赤ん坊の匂いであれだけ癒されたんだから、小さくて可愛い毛だらけの生き物が家にいてくれたら、辛い更年期もきっと乗り切れるに違いない。ああ、でも私、犬猫アレルギーなんだよな......更年期予備軍の43歳。悩みは尽きない。
そういえばこの前、生理痛で痛むお腹を押さえて布団にもぐりこんでいたら、会社から帰った夫が枕元に座って言った。
「ねえ、ちょっと考えたんだけどさ。子猫がダメだったらハムスターはどうかなあ。かわいいし、あれくらい小さかったらアレルギーも大丈夫そうじゃない?」
大真面目にそう提案してくる顔を見て、もしかしたら今度の更年期は、前ほどひどくなくやり過ごせるかもしれないな、と思った。
まあ、こればっかりはなってみないとわからないけど。
文=遠藤遊佐
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15.01.10更新 |
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