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I want to live up to 100 years
「長生きなんてしたくない」という人の気持ちがわからない――。「将来の夢は長生き」と公言する四十路のオナニーマエストロ・遠藤遊佐さんが綴る、"100まで生きたい"気持ちとリアルな"今"。マンガ家・市田さんのイラストも味わい深い、ゆるやかなスタンスで贈るライフコラムです。私には、ちょっと恥ずかしい趣味がある。
それは"節約本"を集めることだ。
意外に思われても仕方がない。
そもそも"節約"というのは、自分の欲望をコントロールできるきちんとした人間がするものだと思う。ニートのくせにスカパーのペイチャンネルで借金を作ったり、タンスの中には一度も袖を通してないよそゆきワンピースがしわくちゃになって詰まっていたりする私みたいなのが"節約"なんて、柄じゃない。
でも実家に帰ると、漫画だらけの本棚の一角に『年収100万円の豊かな生活』とか『節約生活のすすめ』とかいう本がずらっと並んでおり、角が擦り切れて何度も繰り返し読んだことが一目でわかる。
実際に節約癖が身に付いているかは、まあ別として......どうして私はこんなに節約本が好きなんだろうと考えてみた。
それはたぶん、安心できるからだと思う。
「怠け者で稼ぎが悪い女でも、がんばって節約すれば死ぬことはないだろう」。そんな気持ちになってホッとするのだ。節約本が安定剤の四十路女なんてちょっと......いやかなりアレな感じだけれど、本当なんだからしょうがない。
ずうずうしいと思われるのを承知で言うが、私は働くのが苦手である。
毎日早起きをすることや、満員電車での通勤が苦手なのはもちろんだけれど、一番の理由はそれじゃない。普通の人よりも「ちゃんとしなきゃいけない」というストレスに弱いのだ。
例えば、家で単純作業の内職をするとか家事をするとかなら、まったく苦痛じゃない。根がまじめなので、むしろ頑張ってノルマ以上のことをやってしまったりする。ダメなのは精神的な部分だ。うまく仕事がこなせなくて上司に怒られたらイヤだなとか、明日起きられなくて遅刻したらどうしようとか、そんなことばっかり考えてしまう。
この性格は子供の頃からだ。幼稚園の卒業文集を見ると「大きくなったらウエイトレスになりたい」と書いてある。なんとなくストレスなさそうで残業もないように見えたから、いいなと思った。大人は働かないといけないからできるだけラクな仕事を最低限だけやり、5時になったらそそくさと家に帰ってのんびりと大好きなテレビを観たい。それが幼い私の夢だった。
今は細々とライターをすることでなんとか暮らしているけれど、それも正直うまくやれているとは言い難い。締切に間に合わなかったらどうしようと思うあまり、コラムを1週間も2週間も前倒しに書いて内容がまったくキャッチーでなくなったり、急な文字数変更があって一週間前に仕上げていた原稿を土壇場で書き直したりなんてことは日常茶飯事である。そう、仕事ってのは真面目にやってるだけじゃダメなのだ。
同業者が「今日の締切、忘れてたー!」なんてツイートしてるのを目にすると「ああ、フリーライターが性に会ってるのってこういう人なんだよなあ」と心底羨ましく思う。そして、こんな自分が果たしていつまでこの仕事を続けられるんだろうと心細い気持になる。
四十路にもなって、私はまだ「働く」ということに自信が持てずにいる。
仕事というものについて考えたとき、いつも私の頭をよぎるのは何かの本で読んだ"貧乏くじ世代"という言葉だ。
就職なんて山ほどあって内定取り放題だった時期と、その後急に襲ってきた恐ろしい就職氷河期。その狭間にいたのが、今40代半ばの団塊ジュニアと言われる私たちの世代だ。バブルの美味しいところをとりそこねたということで、別名"貧乏くじ世代"ともいうらしい。
大学を卒業するとき、私はウエイトレスにはならずクラスメイトのみんながしているように就職活動ってやつをすることにした。でも「できれば働きたくない」という気持ちが顔に出ていたのか、20社以上受けたのにもかかわらず見事に全部落ちてしまった。しょうがないので、それまでアルバイトをしていた編集プロダクションでそのまま働かせてもらうことにしたのだが、景気が悪くなったせいで学生バイトのときよりも待遇はグッと下がった。
それまでは仕送りを貰いながら働いた時間分だけの時給を貰っていたのが、いくら残業をしても見入りは変わらない月給制になった。確か税込で16とか17万だったと思う。そこから源泉徴収を1割引かれ、年金や国民健康保険も自分で払う。学生時代から住んでいたバブル値段のマンションの家賃を引いたら借金しなくては暮らせなかった。今でいう「非正規貧困女子」の先駆けだ。
でも、当時の私にはその自覚がなかった。給料は安いけど慣れた職場でストレスがなかったし、みんなそんなもんだと思っていたからだ。
しかし、30歳を過ぎた頃だったろうか。高校の同級会で久しぶりに友達と会い、自分が"貧乏くじ世代"なんだと思い知らされた。
私が通っていたのは地元では進学率の高い高校で、生徒は大学か短大・専門学校に行くのが普通だった。成績が良かったり家に余裕があったりする子は4年制の大学に進み、偏差値が足りなかったり手に職を付けたかったりする子は専門学校に進む。
当時は受験戦争真っ只中で、高学歴=勝ち組という図式がまだ残っていた。普通に考えたら4年生の大学へ進んだ子がいい会社に就職するはずなのだが、困ったことに私たちが大学に通っている間に就職氷河期がやってきてしまった。つまり、高卒で就職したり2年制の学校へ行った子はギリギリ売り手市場に間に合ったけれど、受験戦争を勝ち抜き4年制の大学を出て就職した子は20社30社受けても就職が決まらないという逆転現象が起こったのだ。
私よりも成績が悪く高卒で市役所に勤めた子は20代でマイホームを買ったと言った。4年制の大学受験に失敗し専門学校に入った子は、東京の大メーカーに勤めて悠々自適のOL生活を送っているらしい。たぶん生涯賃金は私の3倍くらいあるだろう。正直、ショックだった。
選択肢が複数あったときはより価値が高いほうを選ぶものだと子供の頃から教えられてきた。真面目にやっていれば、レールの上をはずれずに行きさえすれば大丈夫。でも、それは絶対的な真実じゃなかった。
世の中の価値観なんて、景気ひとつでコロッと変わる。人生なんて、運ひとつでコロッと変わる。
だったらどうすればいいんだろうか。後悔しないよう自分の価値観で選ぶしかない。
"貧乏くじ"ってやつをひいてみて、そんな当たり前のことにようやく気づいた。
何年かに1回会う高校時代の仲間がいる。1人は設計士、1人は雑誌の編集長、1人はペットショップの店長、1人は双子のお母さんだ。
毎日忙しくバリバリ働いている彼女たちに会うとき、顔を見られるのが嬉しい一方で、私は少しだけ肩身が狭い。「遠藤さんは今何してるの?」と聞かれることがわかっているからだ。
「相変わらず引きこもって独りで原稿書いてる。満員電車がないのと家でワイドショー見れるのは嬉しいけど、時給にしたら1000円くらいで生きてくのやっとだよ~」
なるべく卑屈に聞こえないように、明るい口調で答える。
「ふーん。でもさ、遠藤さん昔『家でテレビ観ながら仕事したい』って言ってたじゃん。夢かなったね」
ああ、そういえばそんなことも言ったっけ......。
働くのはやっぱり苦手だし自信も持てないままだけど、「夢がかなってる」なんて言われると悪い気はしない。
ワイドショーを心の糧に毎日原稿を書き、いくばくかのお金を稼いで、なんとかやっていく。ものすごく幸せでもかっこよくもないけれど、結局のところ私にはそれしかできないし、そういう生活が性に合っているのだ。
文=遠藤遊佐
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15.04.18更新 |
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