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不遇の現代から起死回生を目指して「転生」した過去の世界で、妙齢のヒロインが彷徨う狂おしき被虐の地獄。裁き、牢獄、囚奴、拷問――希望と絶望の狭間で迸る、鮮烈な官能の美とは。読者作家・御牢番役と絵師・市原綾彦のペアで贈る待望の長編SMマニア小説。
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【2】螺蝿(かまきり)のお雪

カンカンに照りつける真夏の大海原の海面......。

その波に漂いながら浮き沈みする影がある。

「なんだべ、ありゃ......?」
「うん......! ありゃ、人じゃねえか......?」

漁船の上で二人の漁師が認めたのは、流れる乱れ髪が海面を這う、白い肌をした女の姿だった。

「うお......! 女じゃねえか」
「しかも、素っ裸で浮いてやがる」

彼らは驚愕しながらも、女を海面から引き上げた。

「たまらねえ......何とも熟れた身体じゃねえか」
「ああ、それに......。うん? この顔何処かで見たことが――。ああ、こいつ人相書きに出ていた女だ!」

う、ウウン......。

ユキは眼を覚ました。薬のせいだろうか、頭がガンガンする。

此処は......と思っている彼女の目の前に日焼けした男の顔があり、彼女を鋭い眼で見つめていた。

それも......この二人、時代劇に出てくるような丁髷髪だった。

「あ、貴方たちは......」
「ゲッ、この女め。息を吹き返しやがった......!」
「早く取り押さえろ!」

ユキは、いきなり自分の剥き出しの胸へ覆いかぶさってきた男たちに悲鳴を上げて、身を捩りながら逃げようとした。

「ちょ、チョットいきなり何を......!」
「何をじゃねえ。てめえ、螺郷(かまきり)のお雪だろう!」

蟷螂のお雪......聞きなれぬ名前を耳にし、ユキは何のことかわからぬまま、混濁した意識の中で男たちの豪腕から逃げようともがいたが、漁の投網を裸身に被せられると、手足を網目に絡み取られ身動きもできなくなった。

「ウウッ、此処から出して......!」
「......ああ、出してやるさ。陸の番屋へ引っ立てられる時にな」

男たちの小さな漁船に乗せられ、ユキは桟橋から男たちの肩に担がれると、網を掛けられたまま船小屋に放り込まれた。

動けば動くほど網は柔肌に絡みつき、彼女の四肢を束縛する。ユキはひとしきりもがいてみたが、どうにもならないことを悟り静かにすることにした。

此処は何処なのか......。

此処がユキの前世世界で、今の彼女が前世に転生した存在であることは、かろうじて理解できた。しかし肝心なこの世界での「自分が誰なのか」が全く分からない。

一体何時の時代なのだろう......。あの二人の頭髪を見る限りは明治時代よりも前......。ユキは網の中でなかなか整理できぬ思考を巡らせながら、これから自分がどうなるのか不安になった。

しばらくすると彼女は眠ってしまったようだ。ユキは、船小屋の扉が悲鳴を上げる音を聞いて眼を覚ました。

「ほう、これがあのお雪か......」
「へえ、そのようです」

あの漁師に促されて入ってきた身なりのいい男が、自身を「同心」と名乗っているのが聞こえた。彼女は、これはおそらく江戸時代と見て間違いないと思った。

「まことに、人相書きとも一致しておる。おい、その方、雪に相違ないか?」
「はい......」

ユキは返事をした。こちらでもユキと呼ばれているなら、自分の本名だから間違いない。

「そうか、それではこれより吟味を行なうため番屋へ引っ立てる......!」

え、番屋......? 網で捕らえられた時にもそんなことを言われていたような気がする。

私は、何か犯罪でもしたの!?

ユキの不安を他所に、彼女は無理やり網から曳き出されて、後ろ手に縄で括られた。

「ち、チョット待ってよ。こんな何も着てない姿で、縛られたまま連れ出されるなんて、嫌よ!」
「なんだ、このアマ......。強情な阿婆擦れだと手配書にあったが、想像以上の不貞な女だ。分かった。まだそうと沙汰が下りたわけじゃねえが、お前には身を纏う布切れ一枚もない!」

縄尻を取られ、生まれたままの丸裸の状態で外に曳き出されたユキは、恥辱と屈辱に苛まれながら、下腹の繁みも晒して町の中を連行されることになった。

「あ、女の科人だ!」
「見ろよ、生まれたまんまのスッポンポンじゃねえか」
「すげえ......熟れた乳房に尻肉の艶といい、たまらねえ」

何を言っているのか分からない部分もあったが、ユキにはそんなふうに聞こえた。世の男は縄付きで引かれるユキの卑猥な姿態に釘付けになっているのだ。彼女は人目に晒される凄絶な羞恥に心を蝕まれながら、履物すらも与えられないまま番屋まで引かれていく。

間違いない......あたしの前世は、罪を犯した罪人なんだ。これから、どうなるのか......不安と恐怖に苛まれながら歩くうち、彼女は漸く番所に到着した。

「ほら、早く入るんだよ!」

ユキは、拘留用の小さな牢屋に叩き込まれ、全裸のまま牢の奥に座り壁にもたれると、大きな溜息をついた。

もう一人の自分がこんな姿だったなんて――。

ショックのほうが大きいが、此処に来てしまった以上、悔やんでも仕方がない。あの超がつく貧乏生活に喘いでいた頃と比べれば、まだ罪囚となったほうがマシかもしれない......。

そんな思いに浸っていると、彼女を連行してきた役人風の男が、牢へやってきて言った。

「大人しくしているじゃないか。漸く観念したか」
「すみません......。今は何年でしょうか?」
「何年だと......?」

牢格子にしがみ付いて、乳房も格子に押し付けたまま、真剣な表情で見上げてくる全裸の女囚を見つめながら、役人は驚いた表情で話した。

「面妖なことを言う......。今は天保の御世に決まっているではないか」

天保......歴史の教科書を思い出しても大飢饉があった頃としか分からないが、いずれにしても今の自分がその時代に居ることは確かなようだった。

「それで......あたしは一体何を?」
「何をだと......? お前、自分がしたことを忘れたと申すか?」

其処だ。ユキは天保の自分の記憶がない。そう言えばあの芦田は、転生前の記憶は保ったままでいられると言ったが、前世については何も言っていなかった。自分の前世ならば記憶を持っていてもよさそうなものだが......海で気を失っていたことと関係があるのかもしれなかった。

「この期に及んで自分の悪事を知らぬなど、ようもそんな阿呆なことが言えたものよ......。蟷螂のお雪。おめえは、全国で盗み強請りを繰り返して、お手配書が出回っている兇徒の女ぞ」
「エッ......!?」
「三日前、隣町で逃げ惑い、岸壁から海に飛び込んだまま行方知れずどなっていたが、此処で御縄を頂戴したのが運の尽き......。お雪、おめえには隠した金のありかや、余罪を厳しく追及することになる。覚悟しておくんだな」
「そ、そんな......」

盗み強請り三昧の果て、諸国を逃亡している手配者――それが前世のユキらしい。しかし此処での記憶がないユキにとって、罪状を白状するなど逆立ちしてもできない相談だった。

この前世では、あの窮乏した現世よりも過酷な運命が待っている――。
ユキは、暗い牢獄の片隅で裸身のまま背中に冷や汗が伝うのを感じながら、不安と恐怖に駆られるのだった......。



ユキの不安は直ぐに現実となった。

「おい、性悪女。さっさと起きねえか!」

番所の牢屋に囚われたユキは、牢格子の外から役人に叱咤され、白い裸の尻を晒して、板間にゴロ寝していた身体を起こした。

芦田に飲まされた薬の効力が薄れてきているのだろうか。昨日よりも頭の痛みがだいぶ和らいでいる。

「そんな猥らなでかいケツを丸出しにして、よくも硬い板の上に寝ていられるもんだ。さあ、代官所へしょっ引くから、用意をしな」
「だ、代官所......?」

よく時代劇に出てくる地方役所のようなところだと思う。どうやら自分は罪人として其処へ連行されるらしい。

「ああ、そうだよ。お前が各地で犯した余罪を白状してもらうため、詮議を行なう場所さ。さあ、早く出てきやがれ」

足が痺れていたユキは、犬のように四つん這いで、牢の小さな扉まで進み土間へと出た。

「ほら、そんな乳も下腹の黒い森まで晒していては、お役所まで行けねえ。これを着な」

渡されたのは、酷く粗末な無地の着物で、如何にも着古した破れ放題の垢と汗で汚れた単衣だった。

「つい先日まで、死罪人の女が着ていた一品だからな。刑場で首を刎ねられる時も着ていた物だから縁起物だぜ」
 
そんな......!

よく見ると、襟元に飛び散った血のような黒い沁みが、点々とこびり付いている。こんな物を着なければならない自分の身の不幸を、ユキは骨の髄まで知ることになった。

でもこの役人に逆らったところで、このまま素っ裸でこの世にいるわけにもいかない。ユキは不承不承、獄衣の袖に腕を通す。

この時代の女性は平均身長が150センチに満たなかったらしい。現世のユキは、163センチあるので、渡された着物はとても彼女の背丈にあわず、前襟を合わせてもふくよかな巨乳の谷間が露になるほどはだけてしまう。

裾も彼女の膝下までしかなく、腰を屈めれば艶やかな太腿が剥き出しになる。

何年も使いまわされてきた生地は薄くなり、虫食いの穴も至るところにある着物を羽織ると、これなら現世で着ていたシャツとスカートのほうがマシだわ......と思った。

荒縄を腰帯代わりに巻きつけ、お腹の上で少しでも乱れぬようにトチ瘤で縛る。すると、直ぐに両膝を突いて座るように尻を笞で叩かれた。

「ひ、いいっ......!」

竹笞でお尻を叩かれるなんて、初めて......。ユキは、自分がすでに罪人として扱われていることを知った。

丸一日を経て、久しぶりに外に引き出されたユキは、燦々と降り注ぐ陽光に眼が眩んで思わず手をかざした。

「色気じみた格好で、なに手を挙げてんだ。さあ、早く此処に座りな」

これは......。

ユキには見覚えがある。丸い小さな台座の横には、竹で編み込まれた駕籠が置かれていた。罪人を護送する唐丸籠だった。

この時代、唐丸籠での護送に遭うのは、極めて罪の重い科人が遠方に送られる時や、道中で仲間の強奪が考えられる場合であった。

「おめえは諸国手配中の重罪人だから、護送も籠を使うのよ。さあ、この台の上で胡坐をかいて座るんだ」
「エッ、こんな小さな台の上に男座りを......。せめて、正座か膝を折って座らせてください」

バン......! 強烈な役人の平手打ちで拒否された。

「い、イタ......ッ!」
「お前のような不埒な阿婆擦れ女が、御上に物を申すことができると思うか! 言われたとおりに座るのだ」

護送役の言葉に、ユキは自分の犯したと思われる罪の重さを感じないではいられなくなり、両目に悲涙を湛えながら息を飲みこんだ。

汚れたみすぼらしい姿の女囚が、小さな台の上に裸足のまま座ると、両足首を前で組んだまま捕縄で縛られた。

上体も固く後ろ手に戒められたまま、台座に取り付けた鉄環に縄尻を固定され、座板の上で自由に動けぬ身にされる。

この厳しい縄目は、代官所に到着するまで解かれることはない。その上に細く割った竹で丈夫に編んだ大きな篭が、囚人の頭の上からスッポリと被せられる。

籠の縁と台座が何カ所も縛られ、篭の天上に太い竹竿が通されて前後を二人の役人の肩で担がれる。

こうして罪囚ユキの厳重な護送が開始された。

(続く)

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