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The ABLIFE September 2014
不遇の現代から起死回生を目指して「転生」した過去の世界で、妙齢のヒロインが彷徨う狂おしき被虐の地獄。裁き、牢獄、囚奴、拷問――希望と絶望の狭間で迸る、鮮烈な官能の美とは。読者作家・御牢番役と絵師・市原綾彦のペアで贈る待望の長編SMマニア小説。
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【3】被虐への旅路

「......此処から、代官所までは二日ほどかかるからな。道中道も悪いからかなり揺れるが我慢しろよ」


二日間もこんな狭い籠の中で、しかもこんな酷い男座りの格好で、連行されるのか......。

ユキは両膝を広げて座しているため、唯でさえ短い囚衣の裾が引き伸ばされていたが、股間を隠すこともできない。

転生し罪囚となったユキは、煤埃で汚れた太腿を露出したまま、縄目で足首を固定された汚い足の裏を見つめて辞易した。

「わあ、罪人の護送だ!」
「可哀想に......中は女じゃないか」
「それも胡坐座りで縛り上げられているぞ......みっともないたらありゃしないねえ」

護送中、界隈の老若男女が、皆一斉に嬉々として彼女の惨めな姿を見つめる。こうした護送は町衆にとって、一種の見世物でイベントと同じなのだ。

ああ、恥ずかしい。こんな姿を、大勢の人に見られるなんて――。

ユキは、籠の網目から時折木の棒で突いてくる童を睨み返すことも出来ず、縄で緊縛されたまま屈辱のあまり涙を頬に垂らし、唇を噛み締める以外なかった。

さらにその姿までも籠の網目から覗かれる女囚の恥辱は、想像以上に彼女を痛打した。何とか気をそらそうとしても、ユキの横には籠の脇にピッタリと付いて徒歩で進む役人がおり、胡坐縛りに悶える女囚の顔と眩しく凄艶な白い太腿を食い入るように凝視していた......。

護送の厳重さは、科人として連行される女にとって、過酷と言うより地獄その物だった。

「あ、あの......トイレに行きたいんですが――」
「と、とい......なんだ、それは?」

昨日からいきなり牢屋に叩き込まれたユキは、護送中に小用の便意を申し出た。

そ、そうか......この時代トイレという言葉はないんだわ。

つい、この時代の人には通じない言葉を口に出してしまう。彼女は自分が一人ぼっちの異邦人であることを、この後も繰り返し思い知らされることになる。

「ああ、小便か......。籠から出してやることはできぬ」
「そ、そんな......このまま垂れ流しをするの!」

流石にそれでは役人も困る。護送籠が街道脇の草むらに下ろされると、ユキの座る台座の一部が外された。

役人の手で囚着の裾を捲り挙げられ、女囚の艶かしい熟れ尻が剥き出しにされる。ユキは縛られたまま排尿をするよう命令された。

「良いケツしてるな。熟れきって、蕩けそうだ」
「き、キャアッ......!」

露出した尻肉の孔を指でなぞられる。役人は彼女が恥辱で思わず悲鳴を上げる姿を楽しんでいた。

途中の食事は、籠の間から握り飯と水を差し入れられた。硬くてとても食べられるものじゃないが、空腹だったユキは貪るように握り飯を頬張る。渇いた喉を鳴らして水を飲むと、気分は幾分和らいだ。

ああ、早くこの狭い籠から抜け出したい――。

まるで運搬される獣のような厳しい状況に置かれ、ユキは一刻も早く目的地へ到着することを願った。それでも代官所までの道のりはまだ遠い。

こんな前世なら、あの乞食のようなボロアパートに居たほうが良かったかもしれない......。

ユキは前世へ飛んだことをはっきりと悔やんだ。そして同時に、ひしひしと込み上げてくる感情と闘っていた。

それは不安というよりも、絶望――芦田が言っていた十時間過ぎに訪れる薬の効力切れという現実と、現世への引き戻しが失敗したのではないか......という推測だった。

ユキの今いる江戸時代と、元居た現世の時間関係がどうか分からないが、昨日から丸一日近く経っているのだから、予定時間は経過しているはずだ。それであの洋館の暗室に戻っていないということは、やはり意識の返還に失敗したのだ......。

あの誓約書には、自分の意識が一定期間戻らぬ場合、彼女の身体を如何様にも処分して構わない......そんな記述があった。


「身体はどこかの研究機関で実験用に保存処理されるか、もしかしたら、そのまま土に......」

芦田の言葉が、彼女の思いをさらに絶望的にした。

「これは、あたしが選んだ道だ。それに、試験薬のようなものだもの......仕方がない」

ユキは罪人籠の中から日の光溢れる空を仰ぎ見て、現世に戻るのは諦めたほうがいいと思った。現実にこんな酷い扱いを受けている身で、さらにこれからどんな運命が待っているかも分からない状態......。一度捨てた世界を回顧すると余計に辛さが身に沁みてくる。

だったら、私はもうこの江戸時代で生きるしかない......。蟷螂のお雪として運命をまっとうするしか方法はないのだ。彼女はそう考えていた。


永遠に続くと思われた護送も、漸く二日目の晩方に終わりとなった。

ユキは唐丸籠の蓋が外されると、胡坐縛りのままドッと地面に倒れ伏した。

「ほら、こんなところでオネンネするんじゃねえ。入牢手続きがあるんだ。さっさと起きやがれ!」
「う、うグウ......ッ!」

ユキは厳重な護送で疲弊した身体を労わられるどころか、腹部に役人の足蹴りを浴びて、思わず吐いてしまった。

「薄汚ねえ野良犬め。この莫連女を早く中へ曳いていけ」

護送役の命令で、ユキは両足首を縄で括られたまま、両脇を下人に抱えられてズルズルと役所内へ引き摺られていった。

痛みと屈辱に耐えていると、彼女は高手小手に縛られ、足の戒めだけを解かれて、薄暗い土間の上に正座するよう申し付けられた。

中は蝋燭の灯が心もとなく揺れて、待っている罪囚の不安をさらに煽った。

「濃州無宿お雪......、歳二十六に相違ないな」

眼前の上がり口に座す袴姿の役人は、まさしくユキがテレビの時代劇で見た代官そのものの佇まいだった。

「は、はい......そ、そうだ......と思います」

はい、そうだと思うだと......? 役人はユキの顔を見て、嫌悪感を丸出しにした。

「兇徒丸出しのそんな縄付きの姿を晒して、今さらシラをきろうとするとは、まことに不届き千万な悪婦よ!」

そう言われても、一日前までは貧乏専業主婦だったのだ。それをいきなり極悪人の烙印を押されたので、自分の居場所すら分からずにいる。今も初めて自分の歳が現世時と一緒であることを知ったのだ。

ましてや、ユキはこの世のお雪としての記憶が一切ない。本当に自分がお尋ね者の当人なのかどうか、本当に分からない状態だった。

「こんな不埒な女の余罪を追及するのも、難儀かもしれませんな」

傍らの重役と思われる侍が、ユキの胸元の谷間を見てニヤニヤ笑っている。

「まあ、素直に白状しなければ、その熟れた臭いのする身体に、直に聞いても良いですしなあ......」

直に聞く、それが何を意味するのか、今の彼女には知る由もない。

此処はとりあえず、蟷螂のお雪としてあるしかない。たとえ嫌でも、自分にはそれ以外にこの世界にいる術がないのだ......。

「はい、あたしが雪でございます......」
「よし、ではこの入牢証文に栂印を押せ」

後ろ手に縛り上げられたまま、右の親指の平に朱を塗られ、薄い紙切れのような証文に指を押し付けられた。それだけでユキはこの世界での犯罪者の仲間入りとなったのである。

科人となったユキは、詮議を受けるため一般囚とは異なる未決囚用の牢に放り込まれた。

牢屋も時代劇のセットで見るような、本当に太い格子窓で囲まれた畳もない板間だった。

これからあたしは、こんな所で暮らすのか......。

ユキは自分の置かれた境遇に涙し、絶望感に苛まれたが、それでも自分で選んだ前世への旅......。たとえ現世に戻れなくてもこの時代の人間として生きることが、今のユキに残された唯一の選択肢なのだった――。


ユキに対する詮議は翌日から開始された。

「お雪、面を上げよ!」

時代劇で見慣れたお白州とは呼べない、中庭に設けられたボロの筵の上で、後ろ手に厳しく縄掛けされた罪囚姿で取調べを受ける身となったユキは、緊張した面持ちで土下座していた頭を上げて、吟味役と対峙した。

「蟷螂のお雪、その名のとおり今まで数多の男と閨を共にし、散々男の財産を吸い尽くし食い尽くした挙句、金品を盗み諸国を逃げ回った不届きな女......お主はそういう女か」
「そういう女か......と言われても、自分のことは良くわかりません」

本当だから仕方ない。何度も言うように、ユキにはお雪としてのこの世での記憶がない。

「ほお、流石は人相書きが出回るほどの女凶徒よ。言うことも肝が据わっておる......」

意地悪そうな顔をした吟味役は、お雪に関する犯科帳に眼を通しながら、

「お主の罪状は美人局、強請り......さらに強盗など重罪だらけだ。しかも盗んだ金品を隠し持っているとされる......。仲間がおるのか?」
「仲間......? あたしは此処では天涯孤独の独り身。身よりもありません」

これも本当だ。今の彼女は、頼るような親戚縁者などこの世に居ないのだ。

「あれだけの大枚を盗んでおいて、手持ちなしに諸国を逃げるということはできぬ。おそらく諸国に散在する盗人仲間に託しておるのだろうが!」

ドンと床を足踏みして威嚇する役人を目上に、それでもユキは知らないことは知らないと突っぱねる。

「......仲間も盗んだ金も、あたしは一切知りません」
「それじゃ、お前の恋仲とされる、同じ盗人仲間の千之助はどこだ?」
千之助......!

ユキは思わず苦笑してしまった。そう......現世で散々彼女を惨めにさせた夫の名は「センスケ」だった。

これはどうやら、本当にあたしはお雪だわ......。

彼女は漸く自分の前世が、この女であることを受け入れた。

「......千之助とは別れました」
「何処で別れたのだ? 今奴は何処に居る!」

ユキは卑屈な笑みを漏らしながらはっきり返答した。

「その男はこの世には居りません......遠い、遥か遠い場所でございます」

なんだと......!と役人は手にする扇子を床に打ちつけて罵倒した。

「死んだような言い方をするな。お前の間男は、どこぞに生きて逃れておることは承知しておるのだ!」

吟味役は、大きく息を吸い込むと、鬼のような形相で眼下の女囚を睨み付けて言った。

「良いかお雪、お主があくまでシラを切るつもりなら、こちらも考えがある。拷問によってそのお前の柔肌に、直接聞くことも可能なのだぞ」

拷問......。その言葉に、現世の記憶を持つユキは、さすがに背筋を凍らせた。

江戸時代の拷問がどんなものなのか、よくは知らないが、逆海老に縛られたまま天井から吊るされ、グルグル回されて悲鳴を上げる女をテレビで観た記憶がある。

「ど、どんなに拷問されようが、白状しろと喚かれようが、あたしは知らないことは知らない......。ただそれだけです」

そうか......。何処までも強情な女よ――。

吟味役は席を立って言った。

「そこまでシラをきるのなら、お主の性根をこじ開けてやろう。この不埒な女悪党を笞打ちにかけよ!」

非情な命令がユキの顔めがけて飛んだ。筵の上の女罪人は、蒼白な顔で無言のまま役人を睨み返す。彼女にできる抵抗はそれ以外にない。

江戸時代の女囚となったユキにとって、長く、吐き気をもよおすような苦痛を伴う地獄の旅路が始まったのである......。

(続く)

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