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the toriatamachan season2
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるコラム、シーズン2。今回が最終回です。なぜ私たちは床に座ってハイボールを飲んでいるのか。カンバスと油絵具に混ざって、ちょうど三脚、ベランダに押し込められた椅子を見ながら考えます。でも私たちは誰もそれを言い出しません。あまり気にしていないからです。私も考えるのをやめて、目の前のハイボールを飲みます。
そもそもこの部屋は少し変わっているのです。中身がくりぬかれたブラウン管が収納棚になっています。中にはVHSや、雑誌が。家主はひとつ年下の大学生で、同級生の知人(どういう関係なのか、つぶさに聞いたのにすっかり忘れてしまいました)です。
私たちは三人とも22歳でした。同級生に会うと、お互いに心の底からそう思って、変わってないね、と言い合います。しかし、同級生はもう高校生ではなくて、私も大学生ですらなくなっていて、彼女の友人は小さい頃に見ていた大人のお姉さんのようで、きっと自分もそう見えているんだろうと思うと、じんわりと違和感に似た驚きが広がります。
私は地下アイドルになって、いつの間にやら同級生もモデルになっていて、彼女の友人はカメラマンをしていました。一見、花形であるこれらの職業を、小さい頃から夢見ていた者はいません。敬語とフランクな口調が混ざった会話の中で、なんとなく、とか、なんでだろう、といった言葉が、アルコールと一緒に部屋の宙に浮いています。私も、地下アイドルという職業に対して、そういった曖昧な言葉しか思い浮かびません。自分にとっても合っている気もするし、もしかしたら他にもっと適した職業がある気もします。
久しぶりの同世代との遭遇でした。彼女たちも同じだったようです。私たちはなんとなく、いまの職業に就いて、そして同世代の人間と顔を合わせないまま、この職業が自分に合っているのか合っていないのか、ほかの同級生たちがなんの仕事をしているのかわからないまま、別々の場所で生きていました。しかし、私たちはいまの生活に概ね満足しているようでした。少なくともこの部屋の中では、三人ともそう見えます。けれど私は、高校生の自分にも、大学生の自分にも、コンビニでアルバイトをしている自分にも、地下アイドルの自分にも、いつでも概ね満足していました。
癖、でしょうか。生まれた時から不景気で、希望に満ちて発明された科学技術の思わぬ副作用や、怖い話をたくさん聞かされて、未来に恐怖と不安しかありませんでした。私はきっと貧困の中で、なにやら体に良くない化学物質がどろどろに溶けた海水に溺れて死ぬと思っていたのです。それも、はっきりと確信していました。想像の中で死んでしまう時の私は、たいてい若いままでした。子どもの頃。あの頃は考える時間が多すぎたのです。
私はいま、海水に溺れて死ぬはずの年齢になっていますが、供給過多のアイドル業界を泳ぎながら(それこそ溺れているのかもしれませんが)、それなりに生きています。実際に泳ぎ出してみると、考える時間は極端に少なくなり、もともと考え込みやすい性質の私は、素直にいまの生活に概ね満足せずにはいられません。
そのうち私は、考える時間も、比較できる同世代との関わりもあまり持たないまま、感覚だけで「とりあたまちゃん」という、自らの世代に関するコラムを書き始めました。シーズン2が始まった時、私はまだ大学生で、それから大学を卒業して、いよいよフリーランスの地下アイドルになり、私を商人(あきんど)にした商人の祖父は亡くなり、途中でこの連載のプロフィール写真が変わりました。この半年に起きたことは、それくらいです。
ハイボール三缶分の会話が尽き、カメラマンの彼女が思い出したように、同級生にフィルム代を請求していました。時に、お互いに仕事を発注し合っているようです。目の前でレシートと、フィルム代が交換されます。私たちは、働いていました。モデルと、カメラマンと、アイドルとして。
久しぶりの同世代との邂逅からは、しかし、九時五時で働いている同世代の生活を窺い知ることはできず、まったく異なった文化圏で生活する人と顔を合わせなくなったのは、ひとつ大人になった証拠のように感じます。私の就寝時間と起床時間はどんどんずれ込んでいます。相変わらずもっと自分に合っている仕事があるような気もしますが、いまは概ね満足していますし、きっと、九時五時で働く事務員になっても、パン屋さんになっても、私はきっと概ね満足すると思います。
文=姫乃たま
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