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「お絵描き文化」の特異な発達を遂げた国、日本。「人は何のために絵を描くのか」、「人はなぜ描くことが好きに/嫌いになるのか」、「絵を描くとはどういうことなのか」――。さまざまな形で「絵を描く人々」と関わってきた著者が改めて見つめ直す、私たちと「お絵描き」の原点。
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絵を描く人々 第12回 日本・お絵描き・女の子

少女たちが主人公のアニメのヒットが背景にあるのだろうか、この十年ほど目に入ってくるマンガ・アニメの絵やイラストは、圧倒的に女の子が多い。
ありとあらゆる意匠が凝らされ、邪悪なほど可愛いかったり、地味に可愛いかったり、コケティッシュだったり、不気味だったり、いたいけだったりする、たくさんの女の子たち。今、日本で生まれているそれらの図像という図像を集めて重ね合わせ、「平均値」みたいなものを出したら面白いのではないかと思うほどの、数の多さとバリエーション。
こんなに少女の絵が量産されている国は、他にはないのではないか?

アニメやマンガで少女がモチーフに選ばれる理由は、日本を覆う「かわいい文化」の中でもっとも可愛らしさを表現しやすいこと、ファッションやヘアなどが多様で表現にバラエティがもたらされることなどいろいろありそうだが、一番大きいのは少女がファンタジーを盛り込みやすい対象だからだ。
過去描かれてきた少年には、敵を倒し父をいつか追い越すために闘うという「大人への志向」が植え付けられていた。今、そのようなヒーローはいない。
少年に替わって闘うようになった少女だが、かつて斎藤環が指摘した「戦闘美少女」たちはヒーローとは異なり、強さと弱さを併せ持ったアンビバレントな魅力に溢れていた。闘う少年よりも世界と自分とのズレに敏感で悩みがちで、名誉より愛を選ぶ彼女たちに、子どもだけでなく多くの大人が自己を投影している。

現実世界でも少女は、内面的には少年より早く大人になってしまうので、逆に少女のままでいたいという志向が強くなる。自傷への傾きもその反動としての暴力も、「少女の少女性」を強化・増幅する。
もっとも少年でも、大人になりたくない、強く(あるいは偉く)ならなくていいという「弱さ」への志向が芽生えると、そのメンタリティはジェンダーとしての少女に近くなるだろう。
そうした傷つきやすさと暴力性を内包しているかのような、大人よりは子どもに近い少女のモチーフは近年、日本の現代絵画でもよく目にするようになった。

と言うと、アーティスト・奈良美智の絵をまず思い浮かべる人は多いかもしれない。大きな三白眼でこちらを睨んでいる三等身の子ども、特に女の子。弱さと強さがデリケートな感じでせめぎあっているその像に、自己を投影した若い女性は大勢いたと思う。
アートの世界で少女モチーフの絵が増える兆しは、80年代初頭の「ニューペインティング」現象の折、アートとイラストの境界線で大量発生した平面作品にすでに現われていた。
若いアーティストやアーティスト未満の人々が何千人と応募した、パルコ主催の公募展『日本グラフィック展』にもその現象が著しく、第一回(1980)の大賞作品は青空をバックに浮遊する赤いワンピースの無数の少女たちが描かれたイラスト(「あまり良い天気なので少し立ち眩みがした」伊東淳)だった。
主観的・感覚的表現であるニューペインティングに、かつてのフォービズム(マチス、ルオーなど)や表現主義(初期のカンディンスキー、クレーなど)との類似が指摘されていたように、「日グラ」第一回以降日本で大量発生したアート系イラスト、イラスト系アートの多くは、素朴な形態が感覚的に配置されたエモーショナルな雰囲気のものだった。それらは、いわゆる子どもの絵に近いヘタウマな要素を多分にもっていた。

一般人から見ると子どもの絵のように感じられる絵画表現は、近代以降の美術史の中に時々現われる。
たとえば50年代、ヨーロッパで起こった前衛運動、アンフォルメル(「非定型」の意味)。盛り上げた絵の具や激しい筆致という独特のスタイルで「熱い抽象」とも呼ばれ、日本でも「アンフォルメル旋風」と言われるほどの影響力があった。
重要なのは、その流行が当時の児童画ブームともシンクロしていたことだ。子どもの絵にあるダイナミックな筆遣いや大胆な色遣い、「上手さ」を目指さないストレートな自己表出に大人たちは感銘を受け、全国で夥しい数の児童画展が開催された。これは50年代から60年代にかけての日本特有の現象である。

アンフォルメルと児童画。向かっているベクトルは違ったが、あえて言えば、今ここにある自己の「生」の痕跡を、世界の表面に刻み付けたいという動機において、共通するものがあった。
この世界が自分に喚起してくるのは、違和の感覚だ。平たく言えば「コレじゃない」感。何が「コレじゃない」のかうまくは言えないが、自分の「生」と世界は微妙に、だが確実にズレている。自分の「生」を何かのかたちでどこかに刻みつけなければ、世界に押しつぶされる。おそらく絵を描く人、いや絵を描かないではいられない人は、皆多かれ少なかれそういう動機を抱えているだろう。
アンフォルメル旋風の中で児童画を賞賛した大人たちは、自分が世界に対して覚える違和感の昇華を、子どもの絵に「希望」として見出していたのではないだろうか。

さらに遡って戦前。
大正8年に欧州帰りの画家・山本鼎が起こした自由画運動が、日本の美術教育に多大な影響を与えたことは有名だ。子どもの「純性」を尊重すべきだと主張した彼は、北原白秋らと『芸術自由教育』なる雑誌を創刊し、自由画の普及に尽力する。
北原白秋と言えば、大正から昭和初期にかけて盛り上がった子ども文化に深く関わった人物。児童雑誌『赤い鳥』や『コドモノクニ』には、白秋をはじめとして第一線の文学者とともに、錚々たる画家やデザイナーが参集した。
今で言えば、村上隆や奈良美智、会田誠や山口晃など人気のアーティストたちが、子ども向けの雑誌にこぞって挿絵を提供した感じである。子どもの「純性」に希望を見た数多くの芸術家たち。こうした現象も、日本特有のものだと言われている。

さて、それらの媒体に現われた子ども像は、河原和枝が『子ども観の近代 『赤い鳥』と「童心」の理想』で指摘したように、明治以来の「強い子」ではなかった。目的に向かって邁進したり、勇ましく闘う場面は陰を顰め、自然に親しみ、美しいものを愛し、傷つきやすい内面を抱え、友愛を尊び、日常を楽しむ優しい子どもたちが、ある時は夢見るように繊細に、ある時はモダンなタッチで描かれた。
強さより弱さへ。写実よりデフォルメへ。ドラマチックよりロマンチックへ。「男の子」的性質から「女の子」的性質への傾斜は明らかだった。それは、当時の日本の屈折したインテリの心性も反映していた。

もちろん女の子を盛んに描いた媒体は、それ以前にあった。明治の終わり頃に出版され始めた少女雑誌は、可憐かつ華麗な少女像を表紙にして大正から昭和期にかけて爛熟期を迎え、戦後は少女マンガ雑誌が膨大な少女像を生み出している。
そういったもともとモチーフも読者も「少女」に照準を合わせた媒体を別とすると、ここ百年ほどの日本の絵の世界(ハイアートから子ども文化まで)では、現実社会に汚染されない、あるいは汚染されまいとする理想としての「子ども」や「女の子」のビジュアルイメージが、繰り返し回帰している。これは一体どういう現象なのだろうか。

日本の画壇は明治以来、西欧の体得、消化に多大なエネルギーを払ってきた。偉大な西欧という「父」に学び、やがて追いつき凌いでいこうという姿勢は進歩と成熟への志向であり、同時に「男の子」的なものだ。
西欧モダンアートの流れは端的に言えば「構築、破壊、再構築」だが、日本の美術はもともと構築的ではないので、土台のフワフワしたところから頑張って始めねばならなかった。美術以外のことも同様だった。
合理的で未来志向な「男の子」であり続けるために、世界とのズレをうっすら感じる「私」は置き去りにされ、あるいはこぞって社会へと駆り立てられた。
その「私」を回復させたいという無意識と、「子ども」や「女の子」のビジュアルイメージの回帰現象は深いところでつながっているように私には思える。

ひたすら前進あるのみの「男の子」の姿勢が、さまざまなジャンルで反省され始めてずいぶん経つ。「構築、破壊、再構築」を原動力とする「近代」は終わったのだと、あちこちで囁かれている。
そして現在日本では、少女の絵がこれまでにない量で日々生産されている。絵柄の流行があって似てきやすい商業マンガやアニメを除くと、少女を描く色や線や絵のテイストは実に多種多様で、古典的な美人画に近いものから表現主義絵画まで、キャラ絵からノイズに満ちたドローイングまで、一括りに傾向を言うことはできない。
だが、少女を好んで描くような人々はおそらく性別を問わず、そのかたちの中に自分の分身を求めているのではないかと思う。

自分の分身とは何か。
昔、二つの頭と四つの目、各四本の手足を持ち満ち足りた存在であった人間は、神の怒りを買って体を二つに分割されて以降、ある者は異性、ある者は同性であるかつての分身を探し求めるようになったという話が、プラトンの『響宴』の中で語られている。
これは、愛の起源についての物語だ。実際、人は多くの場合異性、あるいは同性を愛し、時に相手と自分は運命的、必然的に結びついたのではないかなどと、ロマンチックな夢想に浸ることがある。
しかし、さまざまな社会関係の中で「愛」というもののかたちが見えにくくなった現在、私たちの欲望は「生身」だけでなく、対象を求めてあらゆる場所をさまよう。少女という虚構はそれを受け止める器だ。

思えば私も物心ついてから十代の半ばくらいまで、好んで女の子の絵を描いていた。ある時は自分に何となく似ていたり、ある時は似ても似つかなかったりした。そしてそれらの絵柄はもちろん私のオリジナルではなく、常に何かのコピーだった。
マンガやイラストや家にあった画集の絵など、あちこちで見た誰かの描いた女の子のイメージが重なり合い、私の手を通して拙いながらも一つのかたちを成し、紙の表面から私に微笑みかける。
少し描き直すとそこに別の女の子が現われ、描き足すとそれはまた違う女の子になる。女の子の絵を描くことは、女の子を愛することであり、失った「私」の分身との幸福な一体化をめざすことだった。
だがやがて、そんな分身などもともといなかったのだと思い、世界との折り合いをつけ、「描くこと」の代替行為を他に見つけて、私は絵から離れた。

お絵描き世界で増殖していく女の子。コピーにコピーを重ね、いつしかオリジナルが埋没して見えなくなった女の子。私が探すことを諦めた「私」の分身も、どこかに思いがけない顔かたちで漂っているのかもしれない。
膨大な数のオリジナルなき少女たちが、「世界はコレじゃない」と今日も口々に呟いている。


左は、小学一年生の時に鉛筆で描いた絵をそっくり模写したもの。おそらく高橋真琴のイラストを参照したと思われます。1966年当時、女子に絶大な人気を誇ったイラストレーター御三家は中原淳一、高橋真琴、内藤ルネ。真琴もルネも男性だと後で知ってショックを受けたものです。その元の絵を想像して描いたのが右。たぶんこの百倍くらい可愛かっただろうと思いますが、私の画力ではこれが限界。女の子を描きたい!というモチベーションが今は低いのです。それに比べると7歳の頃の絵は、強烈な憧れが詰まっている分、拙くても生き生きしている。服の皺など、細かいところまでよく見て描いてたなぁ。

絵・文=大野左紀子

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『あなたたちはあちら、わたしはこちら』公式サイト

大野左紀子 1959年、名古屋市生まれ。1982年、東京藝術大学美術学部彫刻科卒業。2003年まで美術作家活動を行った後、文筆活動に入る。
著書は『アーティスト症候群』、『「女」が邪魔をする』、『アート・ヒステリー』など
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17.04.01更新 | WEBスナイパー  >  絵を描く人々
大野左紀子 |