WEB SNIPER's book review
立体化によって初めて解き明かされるフランスの色彩
こうした色の景色や配色のあり方は、環境や気候、社会や文化によって異なる。たとえば日本の都市近郊に住んでいる人がヨーロッパの古い都市に旅行に行くと、まず街全体の色合いの違い、市場で目に飛び込んでくる野菜や果物の色彩の差異を体感し、列車の窓から望む郊外の風景の色味が日本と異なることに気づくだろう。人々の肌や髪の色が違っているように、空や森や水の色も違って感じられるのだ。
つまり色は、「ここはこういう場所なのだ」ということを、もっとも感覚的に、もっとも素早く私たちに教えてくれる重要なファクターである。
『フランスの色景 写真と色彩を巡る旅』は、さまざまな色によって構成された景色を「色景」と名づけた上で、そこに含まれる色彩を詳しく「測量」し、それを通して土地と生活・文化の違いを認識し、私たちを取り巻く色彩環境のついての考察を促す好著である。
色を扱うだけに、オールカラーの非常に魅力的で美しい写真を、一枚一枚じっくり眺めていく楽しみがある。その中で、自分自身の短い渡仏記憶を辿り、オレンジの屋根の家の窓枠が何とも深みのあるグリーンに塗られていたり、店舗の鮮やかな青いドアと深紅の日除けの取り合わせの妙に見とれたりしたことを思い出す。
ページを繰っていけばどのように色の「測量」が行なわれているか、感覚的にわかる作りになっているが、冒頭に置かれた撮影者の港千尋による「色景総論」と、測量者の三木学による「色彩分析論」の二つの丁寧な解説を読んだ上で全体を見ていったほうが、このユニークな取り組みについてより深く理解できるだろう。
「色の測量」のおおよそのプロセスは、以下の通りである。
港千尋がフランス全土を旅して撮影した40枚のカラー写真を、三木学が画像解析システムで色彩分析する。抽出された画素は、マンセル表色系をデジタル上の三次元に置換した「色空間」に、色の分布としてマッピングされる。「色空間」は円筒形で表され、色相が円周、明度が垂直軸(上に行くほど明るい)、彩度が半径(外周に近づくほど鮮やか)に対応している。
つまり、写真の中の色彩を別の三次元空間にシステマティックに配置することで、撮影された風景・空間特有の色の秩序と傾向が、無数の色の点で構成された一つのビジュアルとして浮かび上がってくるという仕組みだ。
さらに、その写真に含まれる割合の高い色名を、フランスの伝統色名、日本の慣用色名、中立的な系統色名各10色で提示している。伝統色名、慣用色名には、赤、緑、黄色、青といった文化圏を超えた基本色彩語は含まれない。
それらの色は、日仏で正確に対応しているわけではない。むしろ、ずれているケースのほうが圧倒的に多い。地球上のどの地域にも同じ色とそれに対応した色名があるわけではないということが、こうして具体的に示されてみると納得できる。
全体的な特徴としては、フランスは鮮やかな赤と青を中心とした明度の高い色名が豊富であり、日本は彩度の低いグレーや茶がかった微妙な諧調の色名が豊富のようだ。ある特定の色味の付近に色名が多いということは、その系統の色が重要視されていた証だという。
また、Rose saumon、Vanille、Chocolat、Marron、Citronなど、豊かな食文化を感じさせるフランスの伝統色名に対し、水浅葱、煤竹色、朽葉色、甕覗きなど、日本の慣用色名は自然と生活環境に対する繊細な感覚を窺わせる。
ヨーロッパの王家の紋章が赤と青を基調にしたものが多いこと、日本では植物性の染料由来の色名が多かったり、江戸時代の奢侈禁止令によって地味な色目を粋とするようになったなど、色とそれに対応した色名の分布には、それぞれの国の民族的、歴史的、文化的背景が大きく影響しているという指摘に深く頷かされた。
本書の写真毎に提示されているフランスの伝統色とその名称、日本の慣用色とその名称の並びを眺めていて、言語化し難い両者の色に対する感覚の違いを体感すると同時に、美術やモードについての連想も広がった。
日本の近代美術史において、フランス絵画の影響は絶大だった。しかし日本で人気のある印象派の絵画が全体にパッと華やかで明度も彩度も高いのに対し、それらをお手本とした日本の油絵は、戸外の風景でも彩度の低い地味な色彩でまとめられたものが多い。
一つには、たとえ同じ樹木でも、南仏の明るく乾いた空気の中で見るのと、日本の湿気を含んだ大気を通して見るのでは見え方が違うということがある。明るさより落ち着きを求めるといった心性も影響していただろう。自然風土や気候も、私たちの心理や色彩感覚にある傾向を確実にもたらしているのだ。
色彩感覚と言えば、世界のモードを牽引してきたフランスのファッションの配色センス。
日本のメディアでよく使われた「パリジェンヌの小粋なおしゃれ」というフレーズから、モノトーンを中心としたシックなコーディネートの中に時々ヴィヴィッドなピンクやブルーの差し色が効いている、といったイメージを持っている人は多いのではないだろうか。パリがおしゃれの発信地だった時代、日本人も雑誌を通してそうした"パリっぽい"配色センスを学んだ。
だがそれらが必ず日本人の体型や肌の色に合うとは限らないことも、私たちは知っている。「これ素敵だけど、ちょっと着こなせないかな」と躊躇する時、その服のデザインと配色が決定されてきた文化と、自分の身体=文化とが一致しないことが直感的に把握されている。
たとえば、本書にしばしば登場するフランスの伝統色名グレージュは、日本のファッションでも定番色となっているが、基本的にはピンク系の白い肌と明るい色の髪にもっともマッチする色なので、私たちが取り入れるのは案外難しい。実際、砂色と銀鼠の中間くらいのそれに相当する日本の色名はないのだ。
一方、日本の慣用色名の列を見ていてまず浮かんだのは、日本画ではなくきものだった。縹色、納戸色、利休鼠など、きものを着る人なら馴染みのある色名が多くあったからだ。
きものの色合わせの感覚は、洋服とかなり違う。まず、女性ならワンピースかジャケットとスカート/パンツが基本形の洋服に比べ、きものは帯、帯揚げ、帯締め、半襟とアイテムが多いので、色柄のコーディネート次第で印象が大きく変わってくるということがある。
加えて、洋服基準のセンスでまとめると間が抜けたりつまらなくなったりし、逆に洋服では避けるような色の組み合わせが、意外にしっくり決まってしまうこともよくある。さまざまなきもののコーディネートを色彩分析してマッピングし、フランスの伝統的なモードのそれと比較したら、面白い結果が出るだろう。
服装は着る人だけでなく背景があって引き立つものなので、環境色とのバランスもあると思われる。本書には、「フランスの色景」においては、補色、対照色相の配色が非常に多いとあった。実際、色の対比でハッと目を引くような、鮮烈な印象を残す写真が多い。
一方、日本は原色の看板や広告などを除くと、全体的にまとまりをつける傾向があるという。たしかに昔ながらの町並みは板塀も瓦も沈んだ色合いだし、現代の市街地でもあまり強い配色を目立たせることはない。
こうした「色景」とそれぞれの伝統的な服装における配色は、深い関係を持っているだろうと想像される。
西欧人が色を空間的に捉え、その対比を利用することに長けていたのは、髪や肌の色も言語や習慣も異なる複数の民族が一つの大陸の中でぶつかり合ったり交じり合ったりしつつ、それぞれの国家を築いていった歴史とも関係がある。本書ではそれを、「対立をうまく調和させる色彩のバランス感覚が市民レベルで根付いている」としている。
そして、その西欧から多くを吸収してきたにも拘わらず、現実の色彩環境にはいささか鈍感になっている日本人が、「フランスの色景」から学べるところは数多くあるのではないかと結ばれている。
インテリア雑誌で紹介されている若者の部屋や都会のしゃれた店舗などを見ると、日本人も相当に配色センスが向上しているのではないかとは思う。都心や観光地ではかなり景観を重視するようになってきた。
その一方で、郊外の国道沿いにはけばけばしい配色の看板がごちゃごちゃと並び、町並みも統一感からはほど遠い。西欧を受容して150年、日本にあった自然調和的美意識と急速な近代化との軋轢の痕跡は、日本の風景のあちこちになまなましく刻まれている。
私個人の中には、国道沿いに代表されるそうした風景を、中途半端で落ち着きのない殺伐としたものとして忌避する感覚がある。だが、それを「原風景」として育った世代にとってはどうだろう。それこそが郷愁を誘う「日本」と映っているかもしれない。
そもそも、何百年もかかって自国特有の配色センスをあらゆるジャンルで洗練、浸透させてきたフランスと比べ、和と洋が混在している日本は、意匠から配色からさまざまな面で難しいバランスを取らねばならないというハンデを抱えてきた。洋服の中にたまにきものの人がいるように、洋風建築に畳の間が欲しくなるのが現代日本人の感覚だ。日本のみならず、近代になって西欧を受容したすべての国、地域で、自国の文化との調和は大きな課題だっただろう。
和洋エスニック含めて多種多様な趣味が無秩序に、しかし見ようによってはそこそこ無理なく共存している日本。その渾沌とした環境の中から、「フランスの色景」に代表される西欧の成熟したセンスを参照しつつも、独自のミックス感覚と新しいバランスを持った「日本の色景」が生まれていくのではないかと思った。
文=大野左紀子
『フランスの色景 ―写真と色彩を巡る旅』(青幻舎)
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