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New Style Heian Erotical Mandara \x87V
人の世と鬼の国が交差する接点で、性と生とを切り刻み弄ぶ禁忌に酔い痴れるエロティシズムとエクスタシー――。今昔物語を題材にとり、深き闇の中で紡がれる妖と美の競演を描くニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅。期待の作家・上諏訪純と絵師・常春のカップリングで贈る会心のアブノーマル・ノベル第3弾!!
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【1】お化け医師お足もとの悪い中を、よくお越し下さいました。えぇ、私がお尋ねの医師でございます。外はお寒かったでしょう。どれ、熱い白湯でも持って来させましょうか。酒の匂い? あぁ、肉を切ったり縫い合わせたりするときに、傷口に酒を振らねばならんのです。私はもうすっかり鼻が慣れてしまったのですが、やはり外から来た方はお気づきになるようですね。
この岩窟はすぐにおわかりになりましたか? 鞍馬は僧正谷の奥、丑寅の方角の大きな岩……といわれただけでは、なかなか見つかるものではないでしょう。加えて、どうもこの岩窟は、普通の人の目には捉えにくいようでしてね。見つけられずに戻る人も多いのです。
今おりますこの場所は入り口からすぐですから、まだ表の景色も少しは覗けますし、私のようなむさくるしい男であれば寝起きと仕事とができる程度に開けてはおりますが、もっと下っていくと鬼の国に至るといわれております。そこから忍び上がってくる何かしらの気配に同調できないと、ここの入り口は見つけられないようなのです。……鬼の国ですか? さぁ、私は行ったことがないので、何とも。そりゃあ目と鼻の先に住んでおりますから、ちょっと覗いてみたいと思ったことぐらいはありますが、恐ろしくて行けるものですか。私の作った「化物」を買い求めにくる連中がこのあたりまで上がってくることはしょっちゅうですが、どいつもこいつもまったく恐ろしい、子どもなんか見ただけで気が狂ってしまうんじゃないかってぐらいの異形ばっかりですから。私が作る化物のほうが、どんなにかわいらしく見えるか知れない。
あぁ、お湯が沸いたようです。おい、お前たち、誰でもいいからこちらのお客さまの分と、私の分と、二杯、持ってきておくれでないかね。お前たちも飲みたいのなら飲むがいいよ。もうすぐこの世の水も食物も、口にできなくなるのだからね。
……あそこに三体いるのは、みんな、私が作った化物です。いちばん手前の女(め)の子は、八十一匹分の鯉の鱗を体中に貼りつけて、くり抜いた目玉に鯉の目玉を嵌め込みました。腋の下を切って、水の中でも呼吸できるようにえらにしてね。
あの子の住んでいた山の頂には沼があったんですが、彼女の郷(さと)の人たちは大雨でそこの水が溢れて畑がだめになりそうになるたびに、沼のヌシといわれていた鯉にイケニエを捧げていたんだそうです。で、今年の春、大雨が続いたときに籤引きで決められたイケニエが、あの子だった。でも、イケニエにされるだけだったら、化物になりたいと願うぐらい怒らなかっただろうって言っていましたね。彼女が怒ったのは、結婚の約束をしていた地主の息子が先頭に立って、イケニエの儀式を進めたからなんだそうです。絶対、止めてくれると信じていたのにって。
そのあとは貴方と同じ……貴方もどこかで百鬼夜行に遭って、榊の枝を持った猫の骸骨に、恨みを晴らしたいならここに行けと教えられたのですよね。人間の体を化物に作り変えるのをなりわいとしている男がいる、そこに行って化物になれば、どんな怨恨も晴らせよう、とか何とか言われたんでしょう。あの子はそれで、鯉の化物になりました。化物になって村に戻って、村の人も地主の息子も、みーんな飲み込んじゃった。ついでに頂上の沼まで行って、ヌシとやらまで飲み込みました。
向こうの三十がらみの、吹き出物のように顔じゅう目玉だらけで、首が二回転半うねっている女性(にょしょう)は愛人に裏切られたんだそうです。何とか愛人と女の閨を覗きたい、覗くだけでいいということだったので、とりあえず首を伸ばして、どんな角度でも覗けるように目玉をたくさんつけてみたんですけど、見ていたら熱くなってしまったようで、あの首で二人を絞め殺しちゃいました。
いちばん奥の、顔の左半分が牛の頭になっている男は……え、あぁ、もうよろしいですか。
彼らはもう、この世にはあと三日といられません。願いを果たしたからには、「約束」を守らなければいけませんから。貴方もすでに聞いていらっしゃるでしょうが、やるべきことが終わったら、それなりのところへ売り捌かれていくのです。だいたい、あんな世にもおぞましい体では、いつまでもこの世で生きていくことはできませんしね。それなりのところとは……たとえばですが、地獄だとかあの世だとか呼ばれるところ。常世の国だとか、竜宮と言う場合もあります。どこに行くかは、あちらさんが決めることなのでね。私にはどうにもお答えしようがありません。
買われていった元・人間の化物たちは、たいていは、鬼だったり猿神だったり人面蛇だったり大犬だったりというような、向こうの住人たちの慰みものになりますね。生まれながらの化物よりも、途中から化物になった奴らのほうが、自分の身の程を知っていて、仲間によく尽くすんだそうです。
鯉の女の子は、先日、鰭の立派な、真っ赤な鮒が品定めにやって来て、近江は琵琶湖の底に行くことに決まりました。鯉や鯰と交わらせて、強い魚面の子をたくさん生ませるのだと。元・人間は繁殖能力もわりと評判がいいんですよ。
約束を破って逃げ出すことはできないのかって? そんなことを私に聞くなんて、おかしな方ですねぇ。そりゃあ、逃げ出そうとした者ももちろんいましたけどね。でも、みんな追いつかれて、それはもう、ひどい目に遭いました。約束を守ることにかけてはあっちの連中のほうが、人間よりはるかにうるさいですよ。
さて……どうしますか? 貴方も化物になりますか? 今ならまだ、無傷のままお帰りになれますよ。たとえ怨みを晴らせたとしても、自分まで地獄に落ちるのでは元も子もないと、ここまで来て考え直した人は今まで幾人もおりましたし、たぶん、そちらのほうが賢い選択なのです。そりゃあ化物になっていただけるのでしたら、私としては商売繁盛、嬉しい限りでございますがね。
え、私のこと、でございますか? あ、額に貼ってあるこの紙、やはり気になりますよね。いいえ、おふだではありません。おふだにしては大きいでしょう。顔一面覆うほどなんて。
うーん、そうですねぇ、これが私の顔だと思っていただければ。だって、二つの目も鼻も口も、ちゃんとそれなりの配置であるでしょう。墨で書かれた字ですが、じっと見ているとアラ不思議、顔に見えてきませんか? 一応、ものもちゃんと見えるし、匂いも嗅げるし、この通り口もきけるし、私のほうは不自由はないんですけどね。この紙の下には、昔は人並みにいろんなものがあったんですが、今はもうぜーんぶ、なくなっちゃいました。鼻の形とか、自分でもけっこう気に入っていたんですけどね。ちょっと鷲っ鼻で、なかなか精悍だったんですよ。
あ、顔のことではありませんでしたか。そりゃあ失礼しました。私がこの稼業を始めたきっかけ、ですか? これはまた意外な。貴方、ずいぶん余裕があるというか、好奇心が旺盛ですね。ここに来る者たちは皆、自分のことで頭がいっぱいで、私のことなんてろくろく興味も示しませんのに。でも、私が何者かわからないと安心して身を任せられないというのは、たしかにその通りでございますね。
長くなりますよ。それに、もしかしたら気分が悪くなるかもしれません。それでもお聞きになりたいと……では聞くのを止めたくなったら、いつでも仰って下さいませ。あまり胸を張ってお話しできるようなことでもないのですが、ま、隠さなければいけないことでも、今さら恥じることでもない。嗤われるのもまた一興と思えば、あの奇形の日々とそれが行き着いた先にも、何がしかの光が差しましょう。
変成男子の法というのをご存知ですか?
腹にいる胎児の性別を女子から男子へ変えてしまう仏教の禁呪だそうでございます。いえ、私はそんなもの信じてはおりませんがね。でも、私が信じるかどうかはともかく、男子がほしい家や親にとっては藁よりは縋り甲斐のあるものらしく、密かに僧を呼んで祈祷に明け暮れる者も多いと聞きます。
私が会ったその女性は、自分は変成男子の法が失敗して、女の体を持ちながら男の魂を持って生まれてきたに違いないと仰っていました。彼女のご両親にそれが事実か否かを確かめたわけではありませんし、本人が周囲に呆れられつつ、そう言い張られているだけのようでしたので、変成男子うんぬんというのは眉唾ではありましたが、しかし男の魂を持っているという主張に関しては、うなずかざるを得ないお人ではありました。
その方は、高貴といいきるわけにはいかないものの、かといって身分が低いわけでもない、中の上程度の家柄の姫君でした。今もまだ所縁(ゆかり)の者が京にいるようですので名を明かすのは控えますが……そうですね、野分の音が聞こえると決まって馬を曳き出してくる姿が今もまだ瞼の裏に鮮やかですので、仮に野分の君とでもお呼びしておきましょう。姫君に似つかわしくない呼び名であることは重々承知ですが、似つかわしい名で呼ばれたほうがかえってご機嫌を斜めにされそうな方でしたから、良しとして下さいませ。何しろ、馬を乗り回されるほかにも、家の侍に太刀や弓矢の稽古をつけるよう命じられたり、いかがわしい小路で賤の人々と泥で汚した顔を並べて闘鶏に興じられたり、そういうことばかりを好まれるようなお方だったのです。
それだけならば単なるじゃじゃ馬といえなくもないでしょうが、野分さまは昔から女童(めのわらわ)仕えをしていた二つ年下の娘をいたく溺愛されて、しょっちゅうご寝所に連れこまれるようなこともなさっていたそうでございます。そんな夜はよく、几帳からひめやかにこぼれる光とともに、娘のすすり泣く声が漏れてくるのだと、端女がこっそり耳打ちしてくれたこともありました。
もちろんお父上もお母上も手を焼いていらっしゃいましたが、幾人かおられたお兄様お姉様が、それぞれお幸せなご結婚をなされていたので、野分さまはおおかたはのびのびとお暮らしになっていらっしゃいました。お父上は、いつかどこぞの貴公子が通ってこないかと淡い期待を抱かれていたようでしたが、お母上のほうは、いずれは尼寺にでも入れてしまうのがこの娘の幸せだろうとお考えになっていたようでした。
私はかつて、その野分さまの侍医をしておりました。もともとは私の兄弟子にあたる者がその役目を仰せつかっていたのですが、典薬寮に抜擢され、役所勤めを始めることになったので、私にその役が回ってきたのです。野分さまは、物に煩わされる病をお持ちでした。突然お気を失われたり、数日間の記憶を一瞬のうちになくされたり、真夜中に何の前触れもなく起き上がって屋敷の廊を駆け回られたり……。肌の感覚が鈍くなったようだと、刃物を持ち出しご自分の手足を切りつけられたこともありました。
その一方で、野分さまは、世にも稀な美貌をお持ちでした。ですがそれは、神仏が人間の形をした新しいものをこしらえようとしてできたような、どこかに何か根本的な違和感のある美質でした。そのおうつくしさを前にしたときの感動は、うつくしい人間を見たときよりも、端然と鍛え上げられた鋭い刃物を目にしたときに、より近いものがありました。特異にも優れた眉目と異性の心を持って生まれたゆえに病が生じたのか、それとも病のもとにその眉目と精神が形作られていったのか、私には何とも判じようがありませんが、野分さまの美と病は、分かちがたく結びつき、呼び合い、霊妙に響き合っているもののように私には思えました。
男の魂を持っていると仰って憚らなかった野分さまにとっては、ご自身の美貌など身の不幸でしかなかったでしょうが、その不幸はさらなる不幸を呼び寄せました。
私が野分さまのお傍に伺候するようになって、ちょうど一年ほど経った頃のことでございます。ある夜、野分さまのご寝所に盗賊の群れが忍び入りました。野分さまの悲鳴に女房や侍たちが駆けつけましたが、時すでに遅し。首領とおぼしき男は彼らの眼前で軽々と野分さまを抱えると、そのまま外につないでおいた馬に乗って、いずこかへと逃げ去ってしまったそうです。
私はその翌日の巳の一刻(※1)頃、お屋敷を訪れたのですが、門の外には人だかりができており、中はてんやわんやの騒ぎとなっておりました。あちこちに検非違使庁の放免(※2)が散らばり、部屋部屋や庭を目を皿のようにして見て回っています。床に這いつくばったり、軒下に潜ったりしている者もいました。赤い狩衣に高下駄の看督長(かどのおさ ※3)の姿も窺えます。
「いったい何があったのですか」
これはただごとではないと、私は放免の一人を捕まえると、何が起こったのかをくわしく聞き出しました。
検非違使や家の侍たちが捜索の足をほうぼうに伸ばしたにもかかわらず、野分さまの消息は一向に掴めませんでした。その後、盗賊たちが何も言ってこないところを見ると、身代金や物品目当てでないことは明らかでした。おそらくは野分さまの面(かんばせ)をどこかで目にして心を奪われた盗賊が、無理やり妻か愛人にするべく攫(さら)ったのだろうと、皆が噂しました。私も口には出さないまでも、きっとそうに違いないと考えました。
解決の糸口すら見出せないまま、やがて二月が経ちました。野分さまはちょうど桜の散りきった頃に誘拐(かどわか)されたので、季節は梅雨に入っておりました。私は野分さまがいらっしゃらなくなった後も、お屋敷に通い続けました。と申しますのも、その後すぐに野分さまのお母上がお倒れになり、お父上も体調をひどく崩してしまわれたからです。手の掛かる子ほどかわいいというのは嘘ではないらしく、お二人とも見るも哀れなぐらい、日々お窶れになっていきました。
ところがそんなお二人など比べものにならないほど、ひどく衰弱しきった野分さまが、ある夜、突然お屋敷にお戻りになりました。いえ、お戻りになったという言い方は間違っておりましょう。どうやら何者かに、ひそかに築地塀から投げ込まれたようでした。
じっとりとした雨が昼過ぎからずっと降り続き、夜を綾目もわかたぬ真の闇にしていた日のことでした。時刻は四更 (※4)を過ぎたあたりだったと聞いております。その夜の見回りの侍が、庭を歩いていたところ、松明の光がようよう届くあたりに何ものかが倒れていることに気がつきました。
侍は最初、うち伏せた影やその大きさから、犬ではないかと思ったそうです。怪我をしたり飢えたりした野犬がどこからか忍び込んで、動けなくなったのではないかと。そうだとしたら追い出さなければと近づいて、松明をかざしてみたところ……彼は自分がとんでもない思い違いをしたことに気がつきました。それは汚れた単(ひとえ)だけを纏われた野分さまだったのです。本来ならば侍程度の身分の者が、姫君のお顔を拝してそれとわかるはずはないのですが、彼は野分さまに太刀の手ほどきを行なった張本人でした。侍は慌てて、大声で人を呼び集めました。私はその日は家に戻らず、お屋敷の離れに床を作っていただいたのですが、私も叩き起こされました。
野分さまは命にこそ別状はありませんでしたが、肌が骨に密着したように痩せ細られ、体じゅうに打たれり殴られたりした痕がおありでした。痕は青黒く沈んだ古いもの、まだ赤く腫れている新しいものとさまざまでしたから、おそらく、攫われてからずっと暴行を受けていらっしゃったのでしょう。そして何よりもお痛ましいことには、何人かより繰り返し辱めを受けられていたようでした。
(続く)
※1 午前9 時頃
※2 検非違使庁(当時の警察機関)で働く下級官人。もともとは罪人だった者が登用されたのでこう呼ばれた。
※3 放免を統括して罪人を追捕したり、牢獄を監視したりなどの役目を持つ官人。
※4 午前2時頃
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