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the toriatamachan season3
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるコラム、シーズン3は「わたしのすきなこと」にまつわるアレコレです。「なんで言ってないの?」と私。
「なんかヤバい話があるんじゃないの?」と、弟は眉をひそめて質問を返してきた。
こういう時、弟という生き物は本当に気が遣えるなあと思う。姉から突然、「フグ奢らせて」と呼び出された弟は、私が両親の前では切り出せない話をしてくると思っていたようだ。私はただ内定祝いで彼を誘ったつもりだったのだけど。
そういえば彼を誘った時、内定祝いだと伝えなかったかもしれない。私は親しい相手に対して主語や目的を伝え忘れる節がある。弟は大好物への誘いに一瞬で舞い上がった後、数日かけて徐々に冷静になり、呼び出されるがままひとりで六本木に着いてから、天然のイルミネーションみたいな街を店まで歩いているうちに、だんだんと不安になっていたようだった。そしてソファ席に座った。目の前では私がやけに重厚な表紙のメニューから酒を選んでいた。
基本的に長女の私は気を遣うわりに、やり方が間違っていることが多い。
怒られ上手だった子供の頃の弟を思い出す。母親の前で上手にふざけるのだ。ちょうど怒っているほうが馬鹿らしくなって笑ってしまうくらいに。暖簾に腕押しとはあのことだ。弟はいつか、柔らかいぬいぐるみのような男の子だった。
それに比べて私はいつも真正面から怒られるので、散々叱った後に母親自身が、「あんたは不器用ねえ」と不憫そうにするほどだった。怒られると、きっちり反論しないと気が済まなかった。何も妥協できない子供だったのだ。
「内定祝いのつもりだったんだけど......」という私の声は、やや申し訳なさそうに響いた。店はまだ席が埋まりきっていなくて、がらんとしていた。はす向かいの席で、中国人のカップルが恥ずかしそうに鍋をつつき合っていた。
「内定祝いでフグ!」弟は驚いてみせた後、ありがとうございまーす、と最近の若者らしく言った。弟も私も顔の表情が硬いので、中国人のカップルが見たら、まだあまり打ち解けていない男女に見えるかもしれない。
ビールをチェイサーにしてヒレ酒を飲んだ。店員は感じのいい中国人のお兄さんで、ヒレ酒のヒレを目の前で何度でも燃やしてくれるので、小さく燃えさかるヒレを見て、私達は何度でも小さくて低い歓声をあげた。弟が、「あの店員さん中国人なのに、どうしてあのお客さん達と英語で話すんだろうね」と言った。「ねえ、私もそう思ってたの」と私は言った。彼らの間には、私達にはわからない何かしらのルールがあるのかもしれない。
私と弟が同じように思っていることはほかにもあった。人生はどんどん楽になるということである。
私と弟は仲の良い兄弟だと思う。しかし、私達は普段ほとんど喋らない。まず私が仕事でだいたい家にいないのと、家にいても部屋で仕事をしていること。それから弟が家にいる時、だいたい寝ているせいだ。私もよく寝るが、彼もよく眠る。彼は朝、眠っている私を見て、私は夕方、眠っている彼を見て、きっと互いによく寝る人だなあと思っている。
人生はどんどん楽になると彼が言った時、私も同じことを思っていたので驚いた。生まれてからずっと同じ家で暮らしているのに、彼が同じ思いでいることに気づかなかったのと、同じ感覚で生きていたことに納得する気持ちが入り交じった、複雑な驚きだった。
彼は家族や友達といる時、音楽をやっている時、楽しそうにしていたけれど、基本的に明るいタイプの男の子ではなかった。たまの親戚の集まりだとか、町内会の行事だとかに参加する時は、人見知りと退屈さがあいまって無愛想にしていることも多かったように思う。
私も何かに夢中になっている時以外は、常に不安な子供だった。弟もそうであったことを互いに成人してから知った。
子供の頃の弟にとって、進級や、進学や、受験や、就職は、自分にはできっこないものであった。人生には課題がたくさんあって、どれもこなし方がわからなかった。いま、そのひとつひとつを飛び越えて、人生が思っていたより自分でも歩めるものだと気づき始めている。弟はたしかに、ここ数年でよく笑うようになった。
彼の悩みに対して、私の不安は漠然としていてずっと不器用だった。地球温暖化が進んで東京が沈んだらどうしようとか、北朝鮮からミサイルが飛んできて日本が吹き飛んだらどうしようとか、そういうことばかり考えて本当に身動きがとれなくなることがあった。
弟は堅実だ。私はずっと自分の人生が不安だったのに、それに気づいてしまったら耐えられないので、無意識に自分ではどうしようもできない巨大な災害や事故に不安を向けていた。そんな大きな出来事があったら、自分は生き残って苦しむ主人公タイプではなく、まっさきに死ぬその他大勢であることに気が付いたのはもう少し後のことである。それから私の人生は楽になった。私は特別な人間じゃない。
弟は、「頑張ってフグが食べられるような社会人になる」と、てっさを突きながら言う。母親がいつか、弟は永遠に大きくならない気がすると言っていたのを思い出す。でもきっとすぐに私がフグをご馳走してもらうようになるんだろう。
文=姫乃たま
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