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the toriatamachan season3
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるコラム、シーズン3は「わたしのすきなこと」にまつわるアレコレです。その夏、いつもと同じように岩手県の祖父母宅に滞在していた私は、祖母にあやとりを教わった。昼下がりの持て余した時間になんとなく教えただけだったと思うが、私は想像以上に熱中した。その夏はそれ以降、喫茶店に行っても、牧場に行っても、親戚の集まりに行っても、母親が私に話しかけている時も、祖母にしつこく次の手順を聞いた。祖母は何かと忙しない人なので、手順を教えてくれない時は、近くで今まで教えてもらった手順をできるところまでひたすら繰り返していた。これが何になるのか、あとどのくらい手順が残っているのか、私は知らなかった。知らないことにどきどきしていた。
母方の祖母はアクティブな人で、"あやとりを教えてくれるおばあちゃん"からイメージされる人物像とはかけ離れている。
定年まで役所に勤めあげ、退職した後も休むということを知らない。私の母にとっては、厳格すぎる母親であった。着付けの資格を持っていて、隙あらばお菓子作りと裁縫をしている。残念なことに母親はそのどれにも興味がなかった。祖母の厳格な態度は未だに健全だ。
一週間は七日しかないのに、七つも八つも習いごとをしている。一番長く続けているのは水泳で、この間もなにかの大会で優勝したと電話があった。強靱な胃袋を持ち、柔道とスキーが趣味でガタイのいい祖父と同じくらいごはんを食べる。突然、中国語を習い始めた時は、夜な夜なカセットテープで中国語の音声を流しながら、ぶつぶつ呟いている祖母を見て、宗教にでも入信したのかと冷や汗をかいた。以降、まるで近所のように中国へ行き、日本に戻ってくれば中国人留学生の面倒を見ている。
一度だけ、留学生のかりんちゃんと一緒に苺狩りに行ったことがある。可愛い女の子だった。摘んだ苺を量りに乗せながら何気なく振り返ると、かりんちゃんが青ざめた顔で私を手招きしていた。何かと思って近づくと、耳元で、「わたし、摘みながら食べちゃいました、どうしよう」と囁いた。
帰りの車に乗り込んでから、ちゃんと教えてあげればいいのにと言うと祖母は笑った。笑顔にのぞく歯が白い。虫歯をつくらないことに全力を注いでいるのだ。祖母は妙なところがぬけている。かりんちゃんからは、今でも時々、祖母の元に手紙が届く。
ここ数年の祖母は、目が見えない人のために新聞記事を朗読して録音するボランティアに精を出している。ボランティア同士の食事会も開かれるそうだ。親戚の集まりでは、誰よりもてきぱきと動き、ビールを飲んでいるだけの私と母親の横を小走りで通り過ぎる時には、「ちょっとはあんた達も手伝いなさーい!」と声を飛ばす。
祖母と私はみずがめ座だ。ふたりとも頑固で負けず嫌いなうえに少しぬけているので、我が家ではみずがめ座の女は面倒くさいということになっている。
祖母はどんな日でも、誰よりも早く起きて遅く眠る。毎日何をしているのかはわからない。祖母のことだから、やることは沢山あるのだろう。ただ一度だけ、私より祖母のほうが後に起きてきたことがある。
どういった会話の流れだったか、恐らく朝に弱い私をからかうように、「明日はおばあちゃんより早起きしてみろ」という話になった。最初から負けを確信した私は、「じゃあ二番目に起きた人が勝ちにしようよ」と提案した。別に夕飯時のなんでもない会話なのに、負けず嫌いな私は興味のないふりをしてありったけの早起きをした。毎日誰よりも起きるのが遅かったから、祖母より遅いのはともかく、ほかの人にも先を越される可能性があったのだ。いつもより新鮮な朝日を見て勝利を確信した私は、寝室の階段を駆け下りた。勢いよくリビングの扉を開けた時、私は初めて祖母のいない朝のリビングを見てそのまま立ちすくんだ。背後に、「二番目~♪」と言いながら勝ち誇った顔の祖母がやって来て、自分のことは棚に上げてなんて負けず嫌いなんだろうと思った。
一方、祖父は甘えんぼうで優しい大きな犬みたいな人である。祖母がふと、「今までずっと一緒にいたし、老人ホームに入る時は別の部屋でいいかしら」と言った時の祖父の顔は忘れられない。祖母のドライさと、祖父の甘さがバランスを取って今日まで仲良く暮らしてこられたのだろうと思う。
東京へ帰る時も、小さい頃は祖父母がふたりで見送ってくれたが、いつの頃からかホームまで送ってくれるのは祖父だけになった。祖母とはいつも車で手を振って別れる。
先日、その話を母親としていたら、「いつかの年にあんたがホームで泣いたから寂しくなって送りに来なくなったんじゃない」と言われて驚いた。そんなことはすっかり忘れていたのだ。思い返したのがあやとりの夏だった。
あの夏、祖母にべったりだった私は、帰りのホームで別れがたくなって新幹線のデッキで泣いた。東京に戻ってからもしばらくあやとりをしていたのを覚えている。結局完成しなかったあやとりは、徐々に新しいほうから手順を忘れていって、今ではほとんど覚えていない。
最近、電話越しの祖母は少しだけ優しい。以前は学校や仕事のことを心配していたのに、最近は体調のことだけを口にするようになった。岩手はもう完全なる冬だという。
文=姫乃たま
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