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ニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅4
New Style Heian Erotical Mandara [Ake no kaze fuku]
人の形をしてはいるが、常の人のなりではない。化生(けしょう)か、あるいは魔性か――。今昔物語を題材にとり、人の世から外れた者たちの凄絶な闘いを描く空前の平安エロティカル曼荼羅。話題作「口中の獄」と接続する、妖と美が渦巻く異端の世界とは。作家・上諏訪純と絵師・常春のカップリングでお届けする待望のアブノーマル・ノベル第4弾!!
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【12】慰みものたち

明兼の股間の蛇はまだ完全に鎌首をもたげきってはいなかったが、それでも一秒ごとにまがまがしさを増しつつあった。

「でも、こんなところで......」
「呼ばなければ、誰も入ってはこない」

たじろいで手を引こうとする絵馬を、明兼は許さなかった。

「お許し下さい。恥ずかしゅうございます」

絵馬は顔を真っ赤にして、隆起していく袴から目を逸らした。明兼は片手ですばやく袴の紐を解くと、絵馬の顎を掴んで無理にそこに突きつけた。

「おい、俺は頼んでいるわけではない。命令しているのだ。俺の気が変われば、あの化物と傀儡女をどうするかわからんぞ」

絵馬の目に涙の膜が厚く張った。明兼は絵馬を意のままに嬲ろうとするとき、たびたび、そよごと朱猿の身柄を預かる己の立場を利用した。言うだけで実際には何もできはしないことは自分でも嫌というほどわかっているが、絵馬にはこの脅しがよく効いたし、また、効いた瞬間脳を痺れさせるえも言われぬ快味が癖にもなっていて、明兼はついこの手を使ってしまうのだった。

「......申し訳ございません。ご奉仕いたします」

絵馬が肩を落とすと、明兼はやっと手を離した。絵馬は壊れ物を扱うように両手で玉茎の根元を包み、亀頭の先に花びらのような唇をつけた。

「そうだ......もっと強く......ふぐりのほうもたっぷり舐めるんだぞ」

ここに来てから何度となくこの屈辱を味わっていた絵馬は、すでにある程度は明兼の嗜好を覚えていたが、明兼はいつもわざわざそれを口に出して命令する。

「わかっているだろうが、音が出るぐらい啜れよ」

時刻はすでに亥の一刻(※1)ほどになるだろうか。宿居の者以外は順に眠りに着く頃である。ときどき燈台の火芯が焦げる音がするほかはほとんど何の音もない静かな夜だった。それだけに絵馬が明兼の痴情のしるしに献身する音は否が応にもあたりに響いた。

「今度は舌を出して横から舐めろ。上を向いて......顔を見せながら」
「はい......」

絵馬が髪を掻き上げると凄艶な面があらわになって、神経の塊として脈打っていた男茎が一瞬、とろけそうに感じられた。精を放出しそうになったのを慌てて抑える。

――畜生......こんなに綺麗な顔をしている癖に、なぜ女ではないのだ。

明兼は甘美な官能にだんだん苛つきを覚え始めた。しかしそれもまた、いつものことではあった。心身への奉仕を受ければ受けるほど、絵馬が女ではないことが腹立たしくなってくる。明兼はいきなり絵馬の頭を両手で押さえつけると、窒息させんとする勢いで、硬くなったものを喉元深くまで突き入れた。

「んはぁっ......!」

絵馬は悲鳴にならない悲鳴をあげたが、明兼はそのまま絵馬の頭を乱暴に動かした。苦しげな指が、縋ろうとするように明兼の狩衣の裾を何度も握りなおしている。絵馬が苦しめば苦しむほど喉は絶妙に締まって、明兼に何とも言えない快感をもたらした。

「あぁ......あぁ、いくぞ。床も衣も汚さないように、全部飲み干せ」
「ん......む......!」

返事をさせる間も与えずに、明兼は絵馬の口の中に容赦なく射出した。絵馬は眉を皺めながらも、喉を上下させて精を飲み尽くした。

「ふぅ......」

精とともに力まで抜けて、明兼はそのまま後ろに倒れそうになった。いっそこのままここで寝てしまいたいぐらいだったが、ここでなくてもそれはできない相談だった。今日は片付けなければいけないことがまだ残っている。明兼が父の補佐をしているのは狐面の盗賊の一件ばかりではない。父の身を案じて自分から請け負った仕事はほかにも多くあった。

絵馬は小さく咳き込みながら、左の袂で涙を、右の袂で口元を拭いていた。それを見ているとさすがに少し哀れになると同時に、正月に傀儡女の長者が京に戻ってそよごと朱猿を見つけるようなことがあったら、きっと絵馬はどうしたと噛みついてもくるだろうと不安になった。

絵馬は自分の咳も止まらないうちに懐から畳紙(たとうがみ)を出すと、悪意から解放されて穏やかさを取り戻した玉茎をいそいそと拭き始めた。己が乱した黒髪を、明兼は両足を放り投げたまま上から眺め下ろした。

――化物を操る切り札だ。そう簡単に渡せるか。

苛立ちと焦燥を振り落とすように頭を大きく二、三度振ると、袴をはき直し、明兼は憤然と立ち上がった。

「俺はもう少し仕事を続ける。ここの片付けを終えたらお前はもう休んでいい」

慌ててひれ伏した絵馬を見返りもせずに、明兼は部屋を出て行った。


食事には半分以上手がつけられていなかった。白湯も一口も飲んでいない。

――明兼さま、あまりご無理をなさらないといいのだけれど......そうだ、後でこれを運んで差し上げようかしら。夜半にはきっとお腹も空くだろうし。

絵馬は膳を持って立ち上がり、廊に出た。

奇異な心と体で生まれてからこのかた、いや、母の胎内で変成男子の呪法を受け、それが失敗したときから、絵馬は数え切れないほど理不尽な扱いを受けてきた。明兼もそれに連なる扱いをする一人だ。それでも絵馬はあまり人を憎めなかったし、明兼のこともまた、そう嫌ってはいなかった。無体をはたらかれるときには確かに憎悪も沸き起こるのだが、なぜか終わればすぐにそのつらさを忘れてしまう。それどころか相手のこういう弱さをふと見ると、刺々しい黒雲はただちにかき消えて、逆に気を揉みさえしてしまう。

「本当にあんたは馬鹿がつくほどのお人好しね! そんなことを言っていたら、いいように利用されて終わりよ!?」

そよごがそばにいたら、この期に及んで明兼の身を案じてしまったことに対してきっとこんなふうに嘆息されただろう。幼い頃から何度そんなふうに言われたかわからなかったから、その口調や表情まで絵馬には容易に想像できた。

つい微笑をこぼしそうになったが、しかしそれはすぐに口元で固まった。

そのそよごは過酷な任務の中で、そこを抜け出す手がかりとなるものをまだ何も探り出せずにいるという。朱猿がいるとはいえ、荒くれ者揃いの放免たちに囲まれて傀儡女が一人、どんな日々を過ごしているか想像すると、胸が締めつけられた。

絵馬はあたりをそっと見回した。先ほどまでは多少感じられていた人の気配も今はもうすっかり消えている。宿居の者数名を残して、皆それぞれ寝床へ就いたのだろう。

今なら庭を横切り築地を越えて、屋形を抜け出せるのではないだろうか。

だがすぐに、「やっぱり、やめよう」と考え直した。自分は昔から何をしても要領が悪く、まわりを辟易させてきた。逃亡などという器用な真似はとてもできないだろう。築地によじ登ろうともたついているうちに捕らえられるのが、せいぜいのところに違いない。そして、そうなったときに害を蒙るのは、人質の身とはいえ安穏と日々をすごしている自分ではなく、そよごや朱猿たちのほうなのだ。

――私さえいなければ、二人ともきっと簡単に逃げ出せるのに......。

自己嫌悪と罪悪感が二つながらに絡み合い、大きな溜息と一緒に涙まで押し出されてきた。密告したのは真済だったとしても、辿り辿れば自分が我儘を通して、そよごの逃亡についていったことがそもそもの元凶だったとも思える。何かと鈍い自分がいなければ、彼らはもっと身軽にずる賢く立ち回れただろう。

――そよご、朱猿、ごめんなさい。お願い、どうか無事で......。

絵馬は濡れた睫を上げて、祈りのまなざしを廊から見える夜空に向けた。そうすることしかできない自分を恨みながら。


若狐と瑠璃の狐が去ってからどれぐらいの時間が経ったのか、そよごにはもうわからなくなっていた。壊れた蔀から見える空はいつの間にか晴れて、斜めに差し込んだ月光が埃の積もった板敷を洗っていた。

「朱猿、お願い、やめて......もう、体が......」

もはや涙は枯れて、あげ続けた悲鳴で喉も潰れている。今、そよごにできる精一杯の抵抗は、絶え絶えな声を絞り出すことだけだった。

四つん這いになったそよごに背後から覆いかぶさった朱猿は、真っ赤に腫れ上がった陰部に、何度精を出しても変わりなく聳え立っている男根を突き入れていた。ねちっこく揉みしだかれる乳房は、鋭い爪のために傷だらけになっている。

それでも、肉体の苦しみにひたすら耐えることで何も考えないでいられる状態にあることは、このときのそよごにとって、逆に幸いだったかもしれなかった。

もしも何もされずに放っておかれたら、初恋の人とおぼしき男に化物に陵辱されるのを見世物のように眺められた上、べつの女とともに冷たく去られた現実が、正気を引き裂いていただろう。

もっとも今とて、正気を失うまであと数刻もないような気もしているが......。

朱猿の動きが激しくなった。そよごは激痛に歯を食いしばりながらも、

「だめ......っ、中に出しちゃだめ......!」 

と振り返ったが、朱猿は止まろうとしなかった。

「子(やや)ができちゃう......!」

もはやそよごの子宮は朱猿の精液で満たされているといっても過言ではないほど、繰り返し射出を受け止めている。もう遅いのかもしれないが、それでも言わずにはいられなかった。

「いいじゃないか」

朱猿は酔ったような眼で、そよごの耳に口を近づけた。

「おれの子(やや)を生ませれば、そよごはどこにもいかないって、狐がいってた」
「そんな、馬鹿なこと......!」
「おれは、狐がいったことをしんじる。子が生まれたら、おれはまたそよごのいうことをきくよ。手で抜いてくれなくても、きく。子がおおきくなったら子のいうこともきく。魚もいっぱいとってくる。さむいときには子といっしょにあっためてやる」

朱猿はもはやそよごに語っているのではなかった。急に明瞭に思い描けるようになった夢の時間に向けて、一心に喋っているのであった。

「そうだ、絵馬もよばなきゃ。真済さまもまた来てくれたらいいな。みんなでなかよくくらそうなぁ」

白濁した希望の種がまたも注がれて、そよごの絶望をさらに深めていった。


屋形には誰もおらず、また、誰も訪れてこなかった。その中で朱猿は何日も何日も、日がな黙々とそよごの肉体を蹂躙した。そよごが視界から消えるようなことがあると唸りをあげながら探し出して、見つけたその場でまた犯した。それは繁殖期の雄が雌を追う姿そのもので、獣に返ったとしかいいようがなかった。言葉らしい言葉を発することもなくなり、何を話しかけてもあまり答えなくなった。答えたとしても、「うん」とか「あぁ」とか、人の返事というにはあまりにも拙いものしか出てこない。

そよごや彼女に生ませた子とともに楽しく暮らすという本来の目的も、もともとは手段であったはずの快楽の前に、もはや忘れているように見えた。狐面の盗賊たちを駆逐して絵馬を救い出すことなど、おそらくは記憶の彼方であろう。

そよごは自分が狂わないのが不思議だった。いっそ壊れて楽になりたくもあったが、「絵馬を助けなければ」という思いが歯止めをかけていた。

そよごは何度かその思いに背中を押されて、朱猿が眠った隙を見計らって、若狐が脱ぎ捨てていった水干を羽織り、逃げ出そうと試みた。しかしぼろぼろの体を死ぬ気で引きずったにもかかわらず、結局それはかなわなかった。どういうわけか進んでも進んでも、まるで足が生えているように門が遠ざかっていくのだ。裏門からも試したが結果は同じだった。朱猿は食べ物や着物を調達するべく外を歩く人を襲いに、もう何回も同じ門を出入りしている。なのに、なぜ自分は無理なのか。朱猿が人間ではないことと何か関係があるのか。......そのうち朱猿に気づかれて連れ戻されることも増えて、そよごはいつしか脱出をあきらめた。

屋形の内部でも、怪異は多く起こった。

朱猿に犯されている最中に、天井のほうで何やらがさごそと動く音がしたことがあった。鼠だろうかと仰いでみたが、違った。格子のひとつひとつからそれぞれ顔が覗き、みんな揃ってじっとこちらを見つめていたのだった。顔は老若男女さまざまだったが、二人の痴態に興奮したのか舌なめずりして涎を垂らしそうになっている老人の顔が特に忘れられなかった。

南庇のほうから、一尺にも満たない小人の武士たちが何十人も徒歩(かち)や騎馬でこちらにやって来て、あれよあれよという間に取り囲まれてしまったこともある。朱猿は気がつかないのか、膝の上に向かい合わせに乗せたそよごを脇目もふらず突き上げていたが、そよごはしばらく大将格らしい小人と睨み合っていた。どれもこれも小さいながらも武器を持っていたので斬りつけられる覚悟もしたが、やがて小人たちは何も言わずもと来たほうへ戻っていった。

太陽はいつも西に漂っており、沈んで夜になったと思えばまた沈んだところから上って、いつまでも低い位置に留まったままでいた。ここには黄昏と夜しかないらしい。夜は夜で、燈台が一本足でぴょんぴょん跳ねてきては勝手に頭の皿に火をつけることもあったし、狐火が、川底の水屑のようにあちらからこちらへ、こちらからあちらへ、ふわふわと流れていくこともあった。そういったものもなく真っ暗闇のこともあれば、ただ月が照らすだけのこともあった。

やはりあの狐面たちはただ人ではない、へんげの類(たぐい)の者だったのだろう。

「そうとは知らなかったとは言え、歯向かった私たちが馬鹿だったのかしら......」

まぐわいというだけではその獣じみた野蛮さを表現するのにとても足りない荒々しい行為が終わったあとに、そよごはぽつりと呟いた。朱猿は黙って、もう一度男茎が脈打つようになるまでほんのしばらく味わえなくなるそよごの体を惜しむように、腰のくびれや尻をまさぐっている。

「絵馬はどうなっちゃうんだろう。朱猿、あんた、私があんたの子を生んだら、絵馬も呼びたいって言ってたわね。このままだと絵馬を呼べなくなっちゃうわよ」

朱猿の名を呼んではいるが、話しかけてはいなかった。どうせ何も返ってこないのだろうから、独り言のつもりだった。

「あんたもすっかりおかしくなっちゃったし、みんなで仲良く暮らすなんて夢のまた夢になっちゃったわね」

朱猿はやはり何も答えなかったが、女体に触れていた手がほんの一瞬だけぴたりと止まった。しかしまたすぐに、何事もなかったかのようにゆるゆると動き始めた。

(続く)

※1  亥の一刻: 午後9時

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常春 2010年より少しずつ活動開始した新米絵描きです。1988年生まれ。和モノ怪奇モノ大好物です、座右の銘は【いやらしければなんでもいいわ!】です、宜しくお願いいたします。
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12.10.08更新 | 小説  >  朱の風吹く
文=上諏訪純 | 絵=常春 |