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ニュースタイル・平安エロティカル曼荼羅4
New Style Heian Erotical Mandara [Ake no kaze fuku]
人の形をしてはいるが、常の人のなりではない。化生(けしょう)か、あるいは魔性か――。今昔物語を題材にとり、人の世から外れた者たちの凄絶な闘いを描く空前の平安エロティカル曼荼羅。話題作「口中の獄」と接続する、妖と美が渦巻く異端の世界とは。作家・上諏訪純と絵師・常春のカップリングでお届けする待望のアブノーマル・ノベル第4弾!!
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【10】肉体の罠

それからさらに数日後の夜。そよごは、いや、清忠率いる放免の一団は、ついに狐面の賊どもに見(まみ)えた。

最初に気がついたのは朱猿だった。

「ヘンなにおいがする。火みたいな」

神経を尖らせていた放免たちは火と聞いて一様にぎょっとしたが、すぐに一人が「そりゃ、こんなに近くで松明が燃えているんだからなぁ」と噴き出した。

「そりゃあそうだ」

もう一人が続けると、皆どっと笑った。

だが、朱猿は笑わなかった。そよごも笑わなかった。朱猿はおもむろに脇の築地に飛び乗ると、月もない真っ暗い中、うすらでかい体をさらに長く伸ばしてあたりを見渡した。そしてすぐに「あ、あそこだ」と、遠くを差した。

「何かあるのか」

放免たちは次々朱猿の横によじ登ったが、朱猿には見えているらしいものが見えた者は誰もいなかった。

「どこだよ」
「何もねぇじゃねぇか」

放免たちは文句を言ったが、そよごと朱猿はその時にはもう飛び出していた。

「あっ、おい、待て」

清忠は他の放免たちよりも朱猿の勘と野性を買っていた。彼は躊躇(ためら)わず二人を追った。そうなると放免たちもついていかないわけにはいかない。彼らは馬鹿みたいにぞろぞろと列になって大路小路を走った。

「ここだ」

朱猿はある屋形につくと、また築地に乗って中を覗いた。

深い闇の先に、蠢くものがある。

小さな種火と油の壺を持ち、今にも建物に火を放とうとしている狐面の男だった。

「おい、狐」

白い面をぼんやり浮かび上がらせていた男が、はっと振り向いた。朱猿の赤い目と、狐面の目が合う。

次の瞬間、「いたわ、ここよ!」と、そよごが叫んだ。

「そよご」と、朱猿が築地の上から振り返った。

「ぜんぶ殺してもいいのか?」

そよごは少しだけ考えた。

「......できれば殺さないで。生け捕りにしたいの」
「できればでいいのか」
「できればでいいけど......青いお面の狐だけは、絶対に殺しちゃだめ」
「わかった」

予期せぬ襲来に狐たちの統率は崩れた。鬨の声を上げて築地を乗り越え、門を叩き壊して侵入してきた放免たちに、家人たちだけでなく宿居の侍たちさえ驚倒したが、先頭に立つ清忠の赤狩衣と、うろたえる狐面たちと、あちこちで燃え始めていた小さな炎を目にすると、ようやく事態を呑み込んだようだった。

「重遠たちは家人を守れ! 六太たちは手分けして門の守りを固めろ。乙犬丸、十郎太、次郎は近隣に加勢を仰ぎに行ってこい。弓を持っている者はどこでもいいから高みに乗って射撃を始めろ、誤射は無用! 他のものは突入するぞ」

清忠の指示を受けて放免たちは一斉に駆け出したが、朱猿の速さは群を抜いていた。朱猿は逃げ遅れていた狐面を立て続けに二人捕らえ、一人は柱に脳天をぶち当てて殺し、もうひとりは鋭い爪で体を引き裂いて殺した。「できれば」という命令はいちいち遵守しなくても怒られはしないということを、朱猿はすでに学んでいた。

「わぁっ、なんだこれ!」

放免の一人が、朱猿が捨て置いた死体を前にしてのけぞった。死体はみるみるうちに、四本足の本物の狐に変わっていった。

――昔、聞いた話と同じだ!

そよごは十一年前の狐面の盗賊たちと、今、追撃している狐面たちが同一であることを確信した。単なる模倣犯が狐に変化できるわけがない。

「朱猿、待ちなさい!」

後ろに仲間を置き去りにし、まるで遊戯に興じるかのごとく溌剌と狐面を仕留める朱猿を止めようと、そよごは声を張り上げた。なびく赤い髪を追って走る。家人の悲鳴を聞き流しながら、東の対を過ぎ、渡殿(わたどの)を抜けた。

「待ちなさい! 私の言うことが聞け......」

廊を曲がって、そよごは息を呑んだ。朱猿の前に瑠璃色の面の狐が立ちはだかっていたのである。彼はただ一匹ではなかった。隣には凛とした面持ちの若狐の面をつけた、一まわり小柄な狐面がいた。

「だめ! 朱猿止めて!」

そよごが叫んだときには、朱猿は血に塗れた鋭い爪を若狐に振り下ろしていた。

刹那、ぎん!と刃物と刃物がぶつかり合うような鈍い音が響いた。瑠璃の狐が若狐を守るような形で一歩前に踏み込み、太刀で朱猿の爪を薙ぎ払ったのだった。ドっと音がして、朱猿の巨体がそよごの足元に吹っ飛んできた。太刀で払われたと同時に腹を蹴りとばされたのだ。

「朱猿! 大丈夫!?」

二匹の狐は突如現われた赤い髪と眼の化物にも、その化物に襲われたことにもおののいたり驚いたりしている様子はなかった。二匹だけ別世界の静寂に包まれているふうですらある。二匹は泰然としたまま顔を寄せて、一言、二言何か交わし合った。

途端に若狐が簀子縁(すのこえん)を駆けていった。瑠璃の狐はそよごに向かい、ついて来いとでもいうように手招きをすると、若狐に続いた。

「行くわよ朱猿! でも絶対に殺しちゃだめだからね!」

そよごは朱猿の首筋にしがみついた。自分が全力で走るより、こうしたほうがずっと速い。二匹が自分たちをどこへ連れて行こうとしているのか、そんなことに思いを巡らせる余裕はなかった。

朱猿とそよごは二匹を追った。二匹とも疾走しているとも見えないのに、朱猿の足でもなかなか近づくことができない。二匹は風のように寝殿の、北の対の、さらに台盤所(だいばんどころ)の屋根を越え、ついには屋形の外に出ていってしまった。そよごと朱猿も築地を飛び越えた。

どのぐらい走っただろうか。暗天の下、碁盤の目のような道すじを、東に折れ北に進み、西に曲がっては南に戻っているうちに、二人は自分たちがどこにいるのかよくわからなくなった。

不意に、行く手に門構えのすっかり崩れ落ちた破れ屋形が現われた。二匹は示し合わせることもなく、そこに吸い込まれるように入っていった。

「入って!」

朱猿はぽっかり黒い口を開けている門に突っ込んだ。

その瞬間、ふっ、と空気が変わった。ぬるりと、生暖かいものに。

「しまった......!」

振り返るとそこにはもう先ほどの門はなく、枯れた薄や、松や楓の古木が生い茂る荒れ庭のような風景に変わっていた。

「そよご、あれ、何だ?」

朱猿が前を指した。見れば、燈台もないのに燃えている青白い火がそこかしこに点々と浮かび、二人をあざ笑うかのようにゆらゆらと揺らめいていた。「狐火......」そよごは幼い頃どこかで聞いたその名を、震える唇の端に乗せた。

奥にたった一棟、古びた寝殿だけがあった。二人はきしむ階(きざはし)を上って中に入ってみた。青白い火は屋内にも同じように浮かんでおり、その部分はほんのり明るかったが、ほかのところは暗く沈んで、どこに何があるのかまるで見当がつかない。

そよごは腰に差していた短刀を抜いた。武術の心得などまったくなく、気休めに持っているものに過ぎなかったが、構えないではいられないほど重く、禍々しい空気がそこには充満していた。

そのとき。

「かわいそうにねぇ」

銀の鈴を鳴らしたような澄んだ女の声が、奥から端然と響いた。

「お前、本当に、かわいそうにねぇ」

お前というのがどちらのことを指しているのかはわからなかったが、その声は「お前」を哀れんでいるというよりは、せせら笑っているようであった。

ギシ、ギシ......と床板を踏み鳴らして、黒い影が近づいてくる。

影は宙に浮かんでいた火のひとつを、まるで物でも取るように手繰り寄せた。誰かが見ていた夢が忽然と現(うつつ)に燻(くゆ)ったかのように青い炎に照らし上げられたのは、瑠璃の狐と一緒にいた若狐だった。女だったのかと思うと気が緩みそうになったが、しかし、まだ何者とも知れない相手だ。どんな術を使ってくるかもわからない。そよごは改めて短刀を握りなおした。

「わかるわ、お前の気持ちが」

が、若狐は、気概を溢れさせるそよごなど無視して、朱猿のほうに近づいた。

女の体から白い蛇のようなものが伸びて、朱猿の頬に触れた。細くなよやかな、白磁のような、腕だった。

「朱猿に何すんのよ!」

そよごは飛び掛ろうとしたが、足が床板に縫いつけられたかのように動かない。何度も力を込めたが駄目だった。

「お前は怯えているのね。その怯えを、どんなふうに伝えればいいのかわからないのね」

朱猿はわずかに口を開いて、若狐に燃えるような視線を注いでいた。赤い目が狐火を反射して、本物の炎を宿したようにぎらぎらと輝いている。

「お前は、この娘がいつかお前から離れていくことが怖いのでしょう。だから何でも言うことをきいて、必死で縋っているのでしょう」

「そうでしょう?」と繰り返されると、朱猿はゆっくりと頷いた。

この狐は朱猿の心を読んでいる。それも驚いたが、

――朱猿は気づいていたんだ。

自分が朱猿を置いてどこかに逃げようとしているのを彼が察知していたことのほうに、そよごはより動揺した。

「でもね、方法があるのよ。その娘を、ずっとお前の傍に留めておく方法が」
「......どんな?」

朱猿が、呻くように尋ねた。

若狐はそれには答えず面の下から、ふふ、と忍びやかな笑みを漏らすと、今度はそよごのほうを向いた。

「お前は悪い娘だこと。この子はお前の恩人でしょう。それを無下に捨ててゆこうとするなんて」

「余計なお世話よ」と、そよごは言ってやろうとしたが、いつの間にか足ばかりか舌まで動かなくなっていた。

若狐は鞠が軽く跳ねるように、一歩後ろに跳ね退(すさ)った。

「お前、この狐にご執心のようだけど、お前のような悪い娘には化物のほうがお似合いよ」

言い終わらないうちにその背後の闇がさざめき、瑠璃色の面の狐がぬっと現われた。

若狐は、体重を預けるように瑠璃の狐にもたれかかった。瑠璃の狐は彼女の水干の紐を解き始めた。

そよごたちの見ている前で、若狐の衣は次々と剥がされていった。密やかな衣ずれの音と共に彼女の足元が衣に埋(うず)められていく。最後に烏帽子が取られると、艶やかな黒髪が、なだらかな滝のように肌の上を流れた。

――なんて綺麗な体......。

そよごは状況の異様さもそこから来る恐怖も忘れて、若狐の裸形に見とれた。肩や腕、足などは今にもひらりと舞い飛べそうなほどに華奢なのに、胸や腰のあたりは扇情的に盛り上がり、しっとりと匂いたちそうなほどだ。

肌の美しさも圧巻だった。あまりにも肌理細かく、目に染みるような白さなので、彼女を中心にして部屋の底がうっすらと光っているようにすら見える。

続いて若狐が瑠璃の狐の水干を脱がせにかかると、そよごはやっと彼女たちが何をしようとしているのか理解した。

「化物、教えてあげるわ」

逞しい筋肉で覆われた瑠璃の狐の裸体に、対照的な細い腕を絡めて、若狐は言った。二匹とも面を外していないのが、妖しくも不気味でもあった。

「その娘に、お前の子(やや)を産ませればいいのよ。ね、こうやって......」

まるで唇を吸い合うように、若狐と瑠璃の狐の面の尖った口と口が、こつんと音を立てて重なった。若狐の手がするすると伸びて、瑠璃の狐の玉茎を撫でた。

若狐の指の一本一本が小さな蛇のように蠢き、瑠璃の狐の玉茎が赤黒く、太く燃え上がっていく。瑠璃の狐は細くしなった腰を引き寄せると、見るからに柔らかく甘そうな乳房を、重みと弾力をじっくり味わうように揉みしだいた。先ほどまで太刀を握っていた無骨な指が、熟したばかりの小さな茱萸(ぐみ)のような乳首を摘んだり転がしたりして弄ぶ。若狐は「あぁ」と、笑うような、困っているような、かすかな喘ぎを漏らした。

若狐は瑠璃の狐の腰にしがみつき、面を胸元にすりよせた。恥ずかしげな仕草とはうらはらに、手は変わらず熱した塊を撫でなぶっている。先端から透明な歓喜の液体が溢れ出すと、若狐はそれを潤滑油がわりにして、亀頭の部分を執拗にいつくしんだ。

「あぁ、もう......」

若狐は瑠璃の狐の脚に片脚を絡めて、悩ましく腰をくねらせた。瑠璃の狐はその体を抱えて、脱ぎ捨てた衣の上に座った。彼女の太ももに手を掛け、そよごたちのほうに向けてじりじりと両脚を広げさせていく。

秘所があられもなく剥き出しになった。新鮮な空気を求めるように、肉厚の花びらと花びらの重なりがぽっかりと口を開けている。奥に覗く鮮やかな赤い秘肉はすでにしとどに濡れて、青い狐火にそのぬめりをてらてらと反射させていた。

「朱猿、見ちゃだめ!」

そよごは焦った。声は戻っていたが足はまだ動かなかった。足が動いたら、飛びついて目隠しをしてやりたかった。朱猿は女の「その場所」のことを知らなかった。その「使いみち」を覚えたら、もっとも身近な女である自分の身に災厄が降りかかってくることは間違いない。

しかしそよごの制止は朱猿には届かなかった。朱猿は女の秘裂を食い入るように見つめていた。

瑠璃の狐は女肉を指でさらに割り広げて、じっとりと愛撫した。涙を拭いてやるかのように濡れ口を何度かなぞっていると、指はあえなく真紅のあわいに呑み込まれていったが、瑠璃の狐はその都度引き上げては同じことを繰り返した。ちゅっ、ぐちゅっ......と、泥の上で小魚が跳ねるようなみずみずしいが淫猥な音があたりに響き渡る。指は、ごく小さいながらも女に自壊をうながす快楽の核も、時折あえかに刺激して踊った。

「もう......あまり意地悪をなさらないで」

若狐が瑠璃の狐の腕を悪戯っぽく抱きすくめると、彼は彼女を仰向けに寝かし、白く伸びた体の上に覆いかぶさった。両足の間に腰を割り込ませる。

「早く......」

瑠璃の狐の背中にしっかと両腕を回し、若狐は腰を泳がせた。瑠璃の狐は硬く漲った根元を握ると、熱く滾った泉の淵へ、その凶器とも情愛とも呼べるものを差し入れた。

「あぁ......貴方ぁ......!」

若狐の体が弓なりに反り、爪が瑠璃の狐の背中に突き刺さった。突然襲われた快楽に抵抗しようとしているようでも、それを貪ろうとしているようでもあった。

「朱猿、見ちゃだめ......」

そよごは掠れた声でなおも止めたが、それはもう朱猿にとってわずかな空気の揺れのようなものでしかなかった。朱猿は若狐の嬌声や、結合部が立てる淫猥な音を聞くのに精一杯であり、男根が抜き差しされるたびにめくれあがる充血した花肉や、遠慮なく揉み上げられる真っ白な乳房や、その頂で硬くわななく乳首しか目に入っていなかった。

そよごは焦る反面、瑠璃の狐の手もとにもほとんど無意識に注意を向けていた。そこに小指はあるか、否か......。しかし浅黒い彼の皮膚は、若狐の白い肌の上に閃いてさえなお闇に溶け込み、なかなかそれと判断することができない。

二匹の体位はめくるめくように変わっていった。本物の獣のごとく、四つん這いになった若狐の後ろから瑠璃の狐が剛直を突き入れたかと思うと、今度は胡坐をかいた瑠璃の狐の上に若狐が脚を広げて座り、まだ火照ってやまない淫肉を鎮めようとするように、みずから男根を差し入れた。狐火に影を落とす狐面も、下から突き上げられるたびに朱猿を誘うように揺れる乳房も、屹立しきった男の鉾を包んで甘やかに締めつけるあでやかな女陰も、何ものにも遮られず晒けだされた。

「ほら、何してるの?」

若狐が喘ぎ声の間に朱猿に話しかけた。そして、

「わかったでしょう? こうするのよ」

と、二匹がつながった部分を愛おしそうに撫でてみせた。

瑠璃の狐の動きが、早く、激しくなった。上に乗った若狐を突き崩そうとするかのように、大きく、淫らがましく腰を振り上げる。

「あっ......はぁぁん......! あ......っ」

やわらかくしなった上体を、瑠璃の狐は両腕で絞りこむように抱いた。頭上を振り仰いだ若狐の、しろがねの刃のような喉元は、息を吸うたび苦しげに上下したが、その律動は次第に瑠璃の狐の腰の動きに重なっていった。

「あ、あぁ、いく......!!!!」

しかし、若狐の官能の極まりは、そよごにはもう聞こえなかった。

「痛っ!」

朱猿は突然、そよごを乱暴に床に押し倒した。そのまま間髪入れずのしかかると、手荒く着物を脱がせ始めた。

(続く)

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上諏訪純 フェティシズムと日本史と妖怪・人外と幻想文学をこよなく愛しすぎて、 全部足さずにはいられなくなった水瓶座・A型。 好きな歴史上の人物は世阿弥。
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常春 2010年より少しずつ活動開始した新米絵描きです。1988年生まれ。和モノ怪奇モノ大好物です、座右の銘は【いやらしければなんでもいいわ!】です、宜しくお願いいたします。
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12.09.24更新 | 小説  >  朱の風吹く
文=上諏訪純 | 絵=常春 |