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I want to live up to 100 years
「長生きなんてしたくない」という人の気持ちがわからない――。「将来の夢は長生き」と公言する四十路のオナニーマエストロ・遠藤遊佐さんが綴る、"100まで生きたい"気持ちとリアルな"今"。マンガ家・市田さんのイラストも味わい深い、ゆるやかなスタンスで贈るライフコラムです。最近、同年代の友達と飲んでいるときの話題が変わってきた。
私より上の年代の人なら身に覚えがあると思う。今まで話題の中心だった恋愛話や身内の噂話、自分のちょっとした武勇伝なんかが、いつのまにか「興味がないわけじゃないけど、まあどっちでもいいこと」になっていて、以前のようには盛り上がらない。
年のせいもあるだろうし、一人一人を取り巻く状況に差が出てきて共通語を見つけるのが難しくなったせいもあるのだろう。そんな我々の間で今一番ホットなのは「健康の話」。そしてもう一つは、「家を買うべきか悩んでいる話」だ。ベタすぎて笑ってしまうが、実際そうなのだからしょうがない。
「家を買う」というと、お父さんとお母さんがいて子供がいて......というベタな家族の姿が思い浮かぶけれど、真剣な口調で「ローンを組んでマンション買うなら今が最後のチャンスだと思うんだよね......」なんて言ってくるシングル女性もたくさんいる。
人生も折り返し地点に差し掛かり、老後のことが頭にチラつき始める40代。20年、30年後のことを考えると、余力がある今のうちに安心して住める場所を確保しておきたいと考えるのは自然なことなのだろう。
さて、かくいう私はというと、これまで「家を買いたい」と思ったことは一度もなかった。
私と夫の経済状態では都心に地震が来ても大丈夫な程度のマンションを買おうと思ったらかなり無理をしなくてはならないし、何かというと「働きたくない」とボヤいてばかりの人間が30年とか35年とかいう長いローンを払い続けていけるとは到底思えない。要するに身の丈に合わないと思っていたのだ。
しかし、そんな人間にも"マイホームブーム"がやってきてしまった。
きっかけは、フランスに住んでいる友達からの「家を買った」というメールである。
Aちゃんとは同じ中学高校で、2人とも田舎には珍しい熱心な『Olive』読者だったせいで仲良くなった。進学で東京に出てきてからも、よく一緒に買い物に行ったりお互いのアパートに泊まったりしたものだ。
根っからのオリーブ少女でパリジェンヌに憧れていた彼女は、大学卒業後一度は就職したものの、半年ほどであっさり辞めてフランスに留学してしまった。以来、パリだのリヨンだのいろんな街の学校を点々としながらふわふわと20年間を過ごし、3年程前にようやく念願の日本語教師の職を得た(国立大学の先生だかられっきとした公務員、年に5カ月は有給のバカンスがある......なんて話を聞くと怠け者の私は羨ましくて叫びだしそうになってしまう)。
メールのやりとりで近況を知らせ合ったり、互いの家を行き来したり。日本とフランスで離れていても友人関係が続いているのは、社会の一員としてしっかり頑張っている同級生の中で、学生時代の頃のままのほほんと暮らしていたのは私たちだけだったからだと思う。いわゆる同胞意識ってやつだ。
面白いのは、Aちゃんの"日本時間"がフランスへ渡った20年前からずっと止まっているらしいこと。たまに「ダビングして送ってほしい」と頼まれるのはフリッパーズ・ギターやオリジナル・ラブのアルバムだし、メールには高校時代の友達の噂話や大学生の頃に観た映画のことなんかがいきなり出てくる。
彼女から連絡があると、私はいつも大学生の頃に引き戻される。
「購入したのは、100㎡近くある古いアパルトマンなの」とAちゃんは言った。築100年というと日本ではとんでもないあばら家のように思うけれど、大きな地震がなく建物も頑丈な石造りのフランスでは、古い物件でもあまり価値は下がらない。むしろ人気が高いくらいだという。
もう何年もハンディキャップのあるフランス人のパートナーと暮らしているのだが、運よく2人とも堅い仕事に就けたので、思い切ってローンを組むことに決めたらしい。
「前の人が使ってたままのものを買って自分でリフォームして住むのが前提だから、大変だけど面白いよ」
部屋探しからリフォームの計画、ローンの審査、安くて素敵なインテリア探し。新居ゲットの過程を楽しそうに知らせてくる彼女を見ていたら、「家なんていらない」と思っていたはずなのに羨ましくてたまらなくなってきてしまった。
新築は無理でも、中古物件を自分好みにリフォームするんだったら手が届くんじゃない?
そんなふうに考えて、ネットで手頃な中古マンションを検索したり、リフォームの雑誌を読みこんだり、ローンの試算をしてみたり。
夫がいなかったら、ここぞとばかりに本格的な物件探しにまで乗り出していたかもしれない。
そんなブームが去ったのは、お正月に実家に帰ったとき、初詣に行った神社で偶然彼女のお母さんに会ったからだ。
社交辞令のつもりで「○○ちゃん家を買ったんですってね」と尋ねると、お母さんは言った。
「そうなのよ。もう日本へは帰ってこないつもりなんでしょうね」
そのさみしそうな笑顔を見て、ああそうかと思った。そしてハッと気が付いた。
Aちゃんは腹をくくったんだ。
日本人で、一人娘で、両親は元気だけどもう80歳。日本に帰るかハンディキャップのあるパートナーと日本から遠く離れたフランスで生きていくかは、Aちゃんの人生において大きな問題だったに違いない。
悩んだ挙げ句、彼女は家を買った。それはつまり45年間ふわふわと漂い続けていた自分に見切りをつけ、「どこで生きて、どこで死ぬか」を決めたということだ。
新居に引っ越したという報告があってからも、彼女からは月に1回くらいのペースで連絡が来る。
メールには毎回、蚤の市で買ったお手頃だけど味のある家具や、天井が3メートルくらいある気持ちのいいキッチンや、窓から見える街の景色の写真なんかが添付されている。
「フランスの左官屋は日本のようにちゃんとしていないから、引っ越してしばらくたったのにまだキッチンの壁が塗りかけです」なんて愚痴ってはいるものの、少しずつ自分の居場所が出来上がっていくのはとても楽しそうだ。
私はというと、今日も相変わらず38㎡の古い賃貸マンションで「だるい、だるい」と言いつつ原稿を書いている。まるで嵐のようだった「家を買いたいブーム」は笑ってしまうくらい跡形もなく消え失せた。
今思うと、私は家が欲しかったんじゃなく勇気を持って大きな決断をしたAちゃんが羨ましかっただけなんだと思う。いつまでも学生のままだと思っていた彼女が、何も言わずスルリと大人になっていったのが寂しかったのだ。
20年後、30年後、私はどこに住み、どうやって死んでいくんだろう。試しにイメージしてみたけれど、残念なことにやっぱりひとかけらも想像できなかった。
一番最近送られてきたメールには、最後に「今までの賃貸と違ってゲストルームもあるから、近いうちに是非泊まりにきて」と書いてある。
そのときには、私も少しは腹をくくれているだろうか。
引っ越し祝いには、フランスでは手に入らなかったと彼女が残念がっていた『Olive』のムック本でも持っていってあげようと思う。
文=遠藤遊佐
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