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the toriatamachan season3
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるコラム、シーズン3は「わたしのすきなこと」にまつわるアレコレです。最近目が悪くなったせいか、慣れないフィルムカメラのせいか、ぐりぐりとピントを合わせていたら、レンズの奥で一応笑ってくれていたスーツ姿の弟が、どんどん苦笑いに変わっていく。
玄関先でケータイカメラを構える母親と、フィルムカメラを構える私に、辛うじて苦笑いを保っていた弟は、最終的に呆れたような表情で出て行った。フィルムカメラは祖父の遺品だ。私の父親がこどもの頃から、旅行に持って行っては家族を写してきた。レンズを覗くと、祖父に弟を見せてあげられるような気がして、おじいちゃん喜ぶだろうなと思った。
こんな風に書くと、あたかも最初からこの日を待っていたみたいだけど、なんてことはない、いつもより輪をかけて元気な母親の声で目が覚めて、弟の初めての出社日であることに気が付いたのだった。だから私はパジャマのままだったし、髪は無重力空間の人みたいになっていた。
「すごいね、会社だって。うちから学生さんいなくなっちゃったねえ」
ケータイの写真を見返している母親に、ごしごし目をこすりながら、
「これから毎日行くの? すごいねえ」
と答えながら、小鍋にいれた水を弱火で沸かした。
早起きしたついでにラジオ体操を始めると、母親が洗濯物を放り出して隣にきた。近所迷惑だと言いながら飛び跳ねたり、第二の動きがよくわからなくて、ああでもないこうでもないと言い合う。あの、思春期の羞恥心を破壊しにかかってくる動き。ふたりでラジオ体操をすると、決まって最後に母親は、ペンギンを倍速にしたみたいな小幅のすり足で隣にぴったりと密着してくる。
母親の小学校ではそういう習慣があったらしい。体操する時に広がって、最後に整列し直すのだったっけ。よく覚えていない。いずれにせよ、家でやる必要はないし、母親が気を付けの姿勢で必要以上に密着してくるのがおかしくて、ふたりでくつくつと笑う。それで少しだけ笑ったらすぐに解散する。母親は洗濯物のつづき、私はちょうど沸いたお湯をティーポットに注ぐために。
弟のスーツ姿も見られたし、おかげで早起きもできたし、ラジオ体操で体もほぐれたし、お茶はいい匂いだし、今日はいい朝だ。良い匂いのものは、呼吸が深くなるところがいいと思う。
そんなことを考えていたらいつの間にか椅子の上で眠っていて、寝た記憶がないのに目覚めると、ティーポットは冷めていて、母親は仕事へ出かけていた。誰もいないリビング。つきっぱなしのテレビには、昨日も一昨日も見たようなワイドショーが流れている。スタジオでは、誰もが場の雰囲気を盛り下げないように、お互いの様子を窺いながら、何かを茶化したり、手を叩いて笑ったりしている。タモリさんがいなくなってから、昼過ぎのワイドショーは何度でも私を憂鬱にさせる。ワイプの中でのけ反ったり、目や口を開いたりして見せる人達はみな賢い。それができる能力も、度量もあって、それがますます私を憂鬱にさせた。
誰もいないリビングで、私だけがいつまでも大学の春休みみたいだ。実際、もともと休日の多い大学に進学して、さらにその半分も出席していなかった私は、ずっとぼうっとしているか仕事をしているかの四年間を過ごしていたし、それはいまの生活とほとんど変わらない。授業があった時間を、ぼうっとしているか、仕事をして過ごしているだけだ。未だに単位が足らない夢や、卒業論文の締め切りを過ぎてしまって右往左往している夢をみる。みんな働いている、どころか、仕事が朝早い父親はあと数時間したら帰ってくるというのに。
この間、弟の就職と父親の誕生日祝いで、家族4人揃って食事に出かけた。店主が新潟の出身の方で、日本酒と白米が異様においしかった。父親と弟はすぐに顔が真っ赤になって、母親と私はけろりとした顔で酔っぱらっていった。私も母親も、マイペースな弟持ち長女で、弟と父親は姉持ちの弟なのだ。
最近まで私は、結婚して子供ができたら、母親のように明るくて愛情深い人になるのだと思っていた。でもそれは近ごろどうにも怪しい。関係ないけれど、こどもの頃、祖母がお砂糖をたっぷりいれてホットミルクを作ってくれていることを知らなくて、牛乳は温めると甘くなるのだと思っていた。関係ないついでだけど、祖母は牛乳を温めた時にできる薄膜に、一番栄養があると言う。私はずっとそのことについて懐疑的なんだけれど、あれって本当なんだろうか。でも祖母の思い込み健康法みたいなものは、割と嫌いではない。なんだか可愛らしいし、本当のような気もするから。
就職が決まってから弟は、両親からも祖父母からも、「この間まで赤ちゃんだったのに」とか、「おしゃぶり好きだった子が......」と、よく言われている。弟はそれに対して爽やかに笑う。大人の顔で。ついこの間まで、そういうことを言われるとどう反応したらよいのかわからなくて、結局むっとした顔をしていたのに。でも、ついこの間までって、それも小学校低学年とかの話だ。
ちなみに私は、そうやって弟だけが成長したことについて言及されることに慣れている。物心つくまでは破壊的な人見知りだったけれど、愛想良く振る舞うようになってからは、大人同士の会話にも混ぜてもらっていたし、小学校高学年には背もいまと同じくらいまで伸びてしまったからだ。だからすごく大雑把に言うと、私はあの頃からほとんど何も変わっていない。朝早く起きる必要がなくなったとか、三食決まった時間に食べられなくなったとか、そういうことだけだ。
テレビを消して、ラジオを流しながら着替えて、少しだけ化粧をして外に出る。あたかも朝から起きていましたよという顔で。眠った記憶のない私は、本当に朝から働いている気分で原稿を書きながら電車に乗った。そしてスタジオに着く頃には、16時を過ぎていた。立派に夕方だ。今日は週末に控えているコンサートのリハーサルがある。スタジオにはミュージシャンや舞台監督さんや、レーベルの人達がたくさんいて、そこで私は爽やかに笑って歌う。まるで大人のように。
文=姫乃たま
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