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the toriatamachan season4
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるシリーズ連載、シーズン4は「日常」にまつわるアレコレです。Tシャツを着たADたちが、カメラや照明の間を忙しなく縫って右往左往している。ふいにカメラマンが誰かに怒号を飛ばし、何人かの女の子がわずかに肩を震わせてから、横目でカメラマンを見やる。普段から怒鳴り声に慣れていないと、カメラマンの声は太く濁っていて聞き取れなかったからだ。怒鳴られたのは若いスタッフの男の子で、カメラマンに背を向けたまま何かを探しているけれど、だから私には彼が指示通りに何かを探しているのか、探し物をしている最中に怒鳴られて、反抗心のために背を向けたままなのかわからなかった。
こんな空間の中でも国民的アイドルグループのふたりは落ち着きのある表情で、本当に他愛のない話をしているようだった。私には憂鬱な理由が腐るほどある。まず、このピンマイク。ジャージのズボンに黒い箱のような受信機を付けると、テレビ収録の実感が迫ってきて一気に憂鬱になる。ワイプ芸というのが何よりも苦手だ。カメラに自分が映っているのに気が付かないふりをしながら、目と口を交互に大きく見開いたり、閉じたり。しかしそれをやらなければ、こいつは何をしに来たのだろうと変な人に思われてしまうかもしれない。目立ったらどうしよう、目立てなかったらどうしよう。上だった左手の指が下になるように、右手の指と組み替える。指先を少しだけきつく結ぶ。どうしてこんな場所に来てしまったのだろう。おまけにこの工場もなんだか寒々しい。コンクリート打ち放しの一室はやけに広く、撮影のために一切の機械が取り払われていて、普段は何を製造している場所なのかわからない。だいたいどうやってここまで大人数で移動してきたのか覚えていない。ロケバスだった気もするけれど、どうだろう。もしかしたらバスの中であまりにも憂鬱なことがあって記憶がなくなってしまったのかもしれない。天井の隅には剥き出しになっている銀色の短いダクトがあって、手前だけを透明なアクリル板で仕切られて、こちらから中が見えるようになっている。信じられないかもしれないけど、あの中にうさぎを走らせて、順位を予想して、嬌声を上げながら応援するのが今日の私たちの仕事だ。本当にどうしてこんなところに来てしまったのだろう。この収録が終わっても、映像はテレビで流されて、きっとインターネットにも勝手に公開されて、誰かがそれを保存して、未来永劫残り続けるのだ。その中で私は困ったような不機嫌そうな顔で、もしかしたら時々わずかに目を見開いてみたりしているはずで、少なくともいつかの自分は良かれと思ったからこの場に来ているのに、早く帰りたい早く帰りたい、こんな場所で嬌声をあげるなんてと周囲の全員を軽蔑しているはずで、もちろん自分自身を一番憎く思っているはずで、なんだか呪いのビデオの登場人物になったような気がする。女の子たちが無邪気にはしゃいでいる映像が見たかった人の目に、私の姿はあまり引っかからないだろうけど、実はまさか呪いのビデオを見させられているなんて思いもしないだろう。どこの誰だか知らないが。見ているのは来月かもしれないし、100年後かもしれないが。
カメラが回ると、女の子たちが一斉に色めき立った。うさぎが3匹ダクトの中を走っている。小さな体で、歩幅も小さく、よちよちしている。それよりも私はつい、脚立で天井まで上ったスタッフが、カメラに映らないようにうさぎの耳を掴んでダクトに投げ入れたのを見てしまって具合が悪くなっていた。栗色が2匹、灰色が1匹。うさぎの歩幅が小さいせいか、私の憂鬱と早く終われという焦燥感が遅く感じさせているのか、短いダクトなのに誰もなかなかゴールしない。「がんばれー」とか、「かわいいー」とか、カメラを向けてもらうための女の子たちの歓声が渦巻く。案の定私は何も声を発せず、ただ目だけを見開いて、熱中していますよという風を装った。しかし表情筋が強張った私の顔は、ただの真顔にしか映らないだろう。モニターには先頭を歩く小さな栗色のうさぎと、結局、国民的アイドルグループのメンバーが映っている。大袈裟だけど画面だと自然に見える表情をつくっていて、感心してしまう。少しでも画面に映ろうと声を上げていた女の子たちの声が、ワイプに映らないことでどんどん大きくなって、私は自分の闘いを諦めた。目を見開いているつもりの真顔で、一番後ろを歩く灰色のうさぎを見つめていた。栗色のうさぎは小さくて可愛いのに、灰色のうさぎだけ異様に大きくて食用に育てられたみたいだ。無理に目を見開いているふりをしていたせいか、だんだんと焦点が合わなくなって視界が狭くなってきた。栗色のうさぎたちはもうゴールしたのに、灰色だけランニングマシーンに乗っているみたいにいつまでも同じところで走っているふりをしている。ラストスパートをかけるように女の子たちの声が一層大きくなると、私の耳からは喧噪が遠ざかっていき、視界は吸い込まれるように灰色のうさぎしか見えなくなった。灰色はもはやゴールではなく、アクリル板に向かって走るふりを続けている。よく見ると顔だけが青くカラーリングされていた。お祭りの屋台で売られているひよこと同じだ。テレビ用に青くしたのだ。そのほうが面白いから。私は手足に熱湯と冷水を両方浴びせられたような暗澹たる気持ちになって、灰色の青色を眺めていた。まだこちらを向いて走るふりを続けていて、私の視線は呆然としたままカラーリングされた顔から離せない。次第に灰色はアクリル板に頭をぶつけるようにして、こちらに向かって後ろ足を蹴り始めた。次第に強く、顔を何度も何度もぶつけて、目を見開いているつもりの私に、思いっきり目を見開いてきた。いつもは真横を向いている瞳が正面を見据えて、黒目がぎょろりとこちらを睨みつける。その瞳は力強くて、でも焦点が合っていなかった。あまりに一生懸命で、あまりに虚無だった。灰色が思い切り口を開いた。前歯も歯茎も剥き出しにして。ダクトの中の音は聞こえなかったけれど、もし声を出していたなら断末魔のような叫びだったんじゃないかと思う。そういう表情だった。耳には聞こえなくても、胸が張り裂けそうな叫びだった。はっとしてうさぎから目を離した私は、ゴール地点だけがアクリル板ではなく銀色のステンレスに覆われていて、ミキサーになっていることを悟った。女の子たちは依然として応援を続けている。がんばれー、もうちょっとー! 灰色の目には、ゴールしていった栗色のうさぎたちが見えているはずだ。血に貼り付いた栗色の毛がミキサーの回転する風になびいているのが頭に浮かんで、喉が詰まった。嬌声も、悲鳴も、体外に蓋をするように詰まっていた。脚立にのぼったスタッフが、カメラの死角から灰色をつまみ上げてゴールに放り込んだ。私は声を出そうとして、実際には瞬時に目を逸らし、息をのんだ。
止めればいいのにダクトにちらりと目をやると、アクリル板に赤くなった爪だけが食い込んで残されていた。気が付くと女の子たちは悲鳴を上げて、しゃがみ込んで肩を寄せ合って泣いていた。カメラマンやディレクターがどんな顔をしていたのかは覚えていない。ただモニターには泣いている彼女たちが映っていた。私は泣き出すことも、動揺を隠すこともできず、女の子を踏みつけないようにゆらゆらと歩いて、部屋の隅にあるバーカウンターにへたるようにして座った。心臓のあたりが冷たくて重く、灰色のカラーリングされた青い顔と、聞こえなかった断末魔が何度も鮮明に思い起こされた。ジャージの腰に付いた受信機が異様に重く感じられるようだった。
文=姫乃たま
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