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the toriatamachan season4
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるシリーズ連載、シーズン4は「日常」にまつわるアレコレです。ベッドから這い上がり、キッチンから鉄鍋を持って来て、無傷のまま転がっているケータイに思いきり振り下ろす。ゴッと鈍い音がして液晶のガラスが散り散りになった。舐めやがって。今日の私は、元気だなあ。剥き出しになったケータイの基板を見ていたら、映画を観る気が起きてきた。文化的な生活は人間の基本です。部屋着のTシャツを脱ぎながら、人に借りた知らないDVDをセットして、ローディングしているパソコンを置き去りにシャワーを浴びる。俯いたまま頭から無抵抗にお湯を浴びていたら、精神科医の顔を思い出した。診察室で鼻血を流している私を見て、「粘膜が弱いんだね」とニヤついたのだ。いかにも善良そうな顔に、いやらしい表情筋の動き。嫌悪感に興奮して視界がぼやけた。足元にシャワーに打たれている自分が見える。私が見下ろしている私の操縦を試みたら、シャワーのガスを切ることができた。お湯の温度が急激に下がる。夏の体は水に濡れるとますます熱っぽくなるようだった。
診察室から出ると、腹のでっぷりとした男が、とっくに自分より小さくなった母親らしき女と手を繋いで耐えがたい奇声をあげていた。手を繋いであげているのか、繋がれているのかわからない母親は、事務的で素っ気ないソファに腰を下ろしたまま真っ黒い目で宙を見つめていた。息子が立ち上がって癇癪を起こすたびに、手を引っ張られてやつれた体が揺れる。カバンの代わりにスーパーのビニール袋を持っていた。その印刷が擦れたロゴを思いだしたら途端に気力が削がれて、濡れたまま浴室を出てベッドに横たわった。映画はノイズギターの音に合わせて、さびれた繁華街のネオンみたいに点滅を続けている。髪の先から顔に水が落ちてきて鬱陶しい。また憂鬱が襲ってきそうだった。
あ、そうだ死のう。今日の私には死ぬ元気がある。
思い立ったらすぐ、ワンピースを着て家をでた。いつかクラブで、「いつでもOKって感じだね」と知らない女の子に笑われた、薄手でヌーディな生地のワンピース。可愛い子だった。酔っ払ってて、全然目の焦点が合わなくて、すごく踊っていて、フロアですぐ男の子にキスされたり担ぎ上げられたりしていた。
駅前の本屋で適当な小説を買って、一番安い切符で海へ向かうほうの電車に乗る。たとえば、これから飛び込み自殺をする人っていくらの切符を買うんだろう。安い切符で遠くの駅に向かいながら読んだ小説は面白くて、やっぱり死ぬなら今日しかないのだと確信した。死ぬにも体力気力がいるのだ。
読み切った小説をホームのゴミ箱に捨てて、改札を乗り越える。24歳の私は、普通の女に見えるだろう。ただ、夏にはしゃいで薄着しているだけの、キセルとかしないような、怒ったりしないような、普通の。普通って、そんなんだっけ。
駅前のコンビニに靴を捨てて、コンクリートの上を歩いて潮の匂いがするほうに向かう。すでに酔っ払っている水着のお兄ちゃんが、どこへ向かうのかふらふらしながら缶ビールをわけてくれた。太陽の下にいるとアルコールがよくまわる。酔いは、疲労感に似ていると思う。途中まであった高揚感がふと絶望に変わるところなんかが特に。海が見える。
焼けるように暑い砂浜を裸足で踏みしめて、一歩ずつ海に向かう。もう火傷を気にしなくていいのは、いい。歩きながら飲んでいる缶ビールが顎を伝って胸元に落ちる。でも、鬱陶しくない。ビールも、汗も、暑い砂も。海に足が浸かったら、海に背を向けて、後ろ歩きで進む。海の家や、パラソルが遠ざかっていく。後ろ向きで歩くと、泳いでいる人や、ふざけあっている人たちも、自然と退いていく。久しぶりに、怖いものが何もなかった。あんなに臆病だったのに。怒ることも、泣くこともできないほどに。
海水に肩まで浸かったところで、仰向けで海に浮かんだ。耳を海水に浸けると水が動く音しか聞こえなくなって、もうそれだけで死んだ気分だった。体は海の深い方に運ばれていく。遊んでいる人たちの気配が遠ざかる。このまま目を瞑っているうちに、眠って、沈んで、静かに死ねるかもしれない。
しかし私はすぐに息が止まるほど背中を強く押され、気づくと大きな魚のように、海の上で大男に持ち上げられていた。私の体の下で、白人の男が大声で笑っている。
持ち上げられたまま砂浜に戻された私は、男からもらったウイスキーを瓶のまま飲み、全く理解できない英語を聞いていた。男はしきりに笑いながら何かを話し続け、時おり私を横たえてはへそにウイスキーを注いで飲み、歓声をあげた。通りすがりのギャルが面白半分で冷やかすと、男は歓声をあげながら親指を立てて見せた。そこまでされるとギャルも引いた表情で去っていく。酔いで視界が狭くなってきて、英語がだんだんお経のように聞こえてきた。
死のうとしていたせいか、まだ元気なのに死にたくない体が、吐き気と性欲を催してくる。数え切れないほどの"へそウイスキー"を経て、私と男は公衆トイレでセックスをした。というより、挿入だけした。隅々までアルコールがまわった体を支えきれず、トイレの壁に後頭部と手をついた体勢で、日本人の男と変わんないんだな、と思った。次の記憶は、海の家の簡易シャワー室で、男から夕飯に誘われたような気もするけど、どこで待ち合わせたのか思い出せないし、どうやってシャワー室までたどり着いたのかも思い出せなかった。とりあえず濡れたままの体に、濡れたワンピースを着て、海を離れ、砂浜からコンクリートに足をつけた瞬間、耐え切れない強烈な吐き気に襲われて地面に手をついた。胎児のような体勢で、酒と胃液を吐き続ける自分を、私はまた空中から見下ろしていた。
文=姫乃たま
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