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浜不二夫式・常識ある大人の為の肉筆紙芝居 第6弾
子宝を授かりたい夫婦がすがった黒装の怪しき僧侶。満願成就のためには前世の因果を清算しなければならないと言うのだが、その方法は妻がひとまず地獄へ堕ちて行を積むというもので......。「女囚くみ子」シリーズのマニア作家・浜不二夫氏が描く大人に向けた紙芝居。
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【五】六道輪廻、そして結び

~お美和の語り~

ある日私たちは、一人ずつお役人様の前に呼び出されました。

「六道輪廻(りくどうりんね)と申して、万物は六道を廻る。前世の罪業によっては、来世、畜生道に堕ちて牛馬犬猫はもとより魚や虫けらに転生することもある。その方の来世を浄玻璃(じょうはり)の鏡で観たところ、犬畜生に生まれ変わると判った。この罪障も取り去らねばならぬ。そこがこの修行の有難いところ。お前がこの地獄で過ごす残りの日数だけ犬になればよいのじゃ。わずかの期間、畜生となって暮らすだけで一生分の罪業が消滅する。有難く思って心から畜生になるのだぞ」

その場から犬として扱われます。畜生に着物は無用と、最後の腰巻きを取り上げられました。あまり衣類の役に立ってはいなかったとはいえ、最後の腰の物まで脱がされて上から下まで丸裸にされるのは、やはり身の置きどころのない恥ずかしさでした。犬ですから当然首輪を嵌められ引き紐が付けられます。



「犬は四つん這いで歩くものだ。立てと命令された時以外はいつでも、両手を床についていろ。さあ、歩け」

糸一本身に着けていない素ッ裸で四つん這いにさせられ、首輪を曳かれて歩くのです。恥ずかしさ、惨めさに死ぬ思いですが、お役人様は片手に恐ろしい鞭をお持ちで、言うことを聞かなければ力まかせのお鞭がお尻に炸裂すると判っています。どうすることも出来ず、私はハダカのお尻を高く上げた四つん這いでついて行くしかありません。その姿はどこから見ても白い牝犬に相違ありませんでした。



曳かれて行った修行道場には、私と同じ姿の、来世牝犬に堕ちる女たちが集められていました。私の前を曳かれて四つん這いで歩く女の人の姿を見て私は目が眩みました。腰巻きも剥ぎ取られて、丸出しの白い大きなお尻を高く上げて這って歩くと、後ろからは女の隠し所からお尻の穴まで全部覆う物もなく丸見えになるのです。

ということは、私も、後ろを歩くお役人様や仲間の女たちの眼にあんな所まで......。そう判ってもどうすることも出来ず、私は、浅ましい牝犬姿を晒し続けるしかありませんでした。十数人(匹?)が集められ、

「座れ! 両手は床につけたまま正座するんだ」

正に犬のお座りの恰好でした。

「お前たちは飼犬だから餌はやる。手は使わせないから皿に口をつけて食べるしかないがな。その分、飼犬として芸を練習せねばならぬ。チンチン、お回り、伏せ、お預けなどの芸を、どなたの前でも上手に出来るようにならないと餌がもらえないのだぞ。犬にされたお前たちは幸せなのだ。馬、牛、豚などの畜生に堕ちた者たちを考えてみろ」

牛や馬にされた女たちは素ッ裸で重い荷車に繋がれて鞭でぶたれながら走らされ、豚に堕ちた女は裸で縛られて糞土の中で転げ回らなければならないと教えられ、本当に犬畜生でまだよかったと思いました。

とはいえ、その日からの牝犬の訓練は楽ではありませんでした。何にしても畜生の身は、着る物を糸一本許されないのです。お役人様の鞭に追われ、真ッ裸の四つん這いで駆け回る姿、チンチンの芸で両脚を思い切り開いてしゃがみ、両手をお乳の脇へ上げた姿など、他の牝犬たちがやるのを見てさえ恥ずかしい恰好を大勢の人の前で自分がさせられるのです。



でも、鞭でビシビシ仕込まれて否応なしにいろんな芸を覚えさせられました。昼間仕込まれた芸を、夜には御簾の前で稽古させられるのです。そしてその後は、どこからか色餓鬼どもが現われて前世の淫奔の罪を償う回し念仏講の行が始まるのですが、その時色餓鬼たちは皆犬の被り物をかぶっていて、私たちは四つん這いで後ろからナニされるのです。

畜生道だから犬として交尾をさせられる。当然のような、ちょっとおかしいような......。

そしてその日で満願という行の最終日、密かに待ち望んでいた閻魔大王様からの結縁行を賜って、私はその日も極楽涅槃(ごくらくねはん)の世界へ昇天し気を失ってしまったのでした。

私の意識が戻ったのは、我が家の自分の部屋でした。夫の言うところによると、駕籠で帰って来た私はただボンヤリとしていて、話しかけてもはかばかしい返事もせず、半ば眠っているような状態が二日続き、どうしたのかととても心配だったそうです。

修行中に我が身に起こったことを想い出すと、頬が染まり夫に申し訳ないと思うこともありますが、お役人様方から繰り返し、

「あれは全て地獄界での出来事で、この世から見れば夢幻。現世のそなたに何の障りもない。ただし、万一、地獄でみたことを亭主にたりと一言でも洩らすようなことがあれば、立ちどころに無間地獄へ落とされて永遠に苦患(くげん)を受けねばならぬのじゃぞ」

と言い聞かされております。私自身、あれが本当にあったことなら生きてはいけません。やはりあれはすべて夢幻だったに違いありません。ただ、待ちかねていた夫が、帰宅した夜から私を抱いて夫婦のことを致した訳ですが、閻魔大王様から頂戴した結縁行や、色餓鬼どもが寄ってたかっての念仏講に比べると、少し淡泊で物足りなく......いえ、私としたことがそんなはしたない。あなた、ご免なさい。


■第四部 結び

二十日余りの、やや長い湯治から帰宅したお美和が、毎日、何かボンヤリ考えごとをしていて、時折顔を赤らめて溜息をつく様子に、夫藤兵衛や店の物たちは心配顔だった。しかし、ある日お美和が懐妊したと夫に告げたことで心配事は雲散霧消し、店中は慶びに包まれた。月満ちてお美和は待望の男児を出産し、主藤兵衛の喜びようは正に手の舞い足の踏む所を知らずの態だった。

その中でただ一人、お美和だけはなぜか浮かぬ顔だった。もちろん赤子に乳を与え、夜は添い寝をし、母親の勤めはするのだが、昼間の考えごとと時折の溜息は相変わらずなのである。有頂天の藤兵衛は、あまりそれを気に留めてはいなかった。

長松と名付けたその子が乳のほかに重湯などを口にし始めたある日、突然お美和は長松を置いたまま越後屋から姿を消した。少しまとまった額の金が一緒に消えていたが、越後屋の身代に障るほどではなく、藤兵衛も金のことは気にしなかったが、恋女房の突然の失踪には驚き慌てて、八方手を尽くし探したのだが、お美和の行方は杳として知れなかった。

その頃、閻魔の庁に一人の女が一生涯かけて罪障消滅の行を賜りたいと終身行を願い出ていた。

「フフフ、やはり参ったか。その方は一般行の折に、素質があると大王様も仰せられていた。よって特別に終身行への道を教えてやったのじゃ。奉納金もそれでよい。ただ俗世との縁は、一切合切永久に捨てねばならぬ。生涯ここを出ることは叶わぬ身になるのじゃぞ。よいな」
「ハイ。ここで一生涯行を頂戴出来れば、そのほかには何の望みもございませぬ」

女はその場で俗世の着物を一枚残らず脱ぎ捨てて素裸になり、額に「犬」という文字を刺青され、生涯外せない首輪を嵌められて畜生に堕ちていった。

その日から死ぬまで、毎日、地獄の行に泣き叫び、時折賜わる閻魔大王の結縁行に極楽往生する女亡者。その俗名が「お美和」であったかどうか、当然ながら記録は一切残されていない。
(了)

あとがき
この小説の下敷きにさせて頂いたのは、SM雑誌草創期(昭和27、8年頃)の雑誌『風俗草紙』に掲載されていた「猟奇、子授け佛法」(志野圭一郎作)という短編小説です。子宝を授かりたい夫婦が悪僧にだまされて、地獄での行という名目で、若妻が淫らな責めにかけられるという設定に、とても心を魅かれました。ただ、短編で責めの場面が短くて物足りなく、いつか、この設定で若妻がトコトンいたぶられるストーリーを書きたいと思っていたのです。半世紀の夢を実現させて頂いた今、読者の皆様、お世話になった関係者の皆様に加え、60年前の作者、雑誌関係者の方々に篤くお礼を申し上げます。(浜不二夫)

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浜不二夫
異端の作家。インテリジェンス+イマジネーション+ユーモアで描く羞美の世界は甘く、厳しく、エロティック。
「 悪者に捕らわれた女性は、白馬の騎士に助けてもらえますが、罪を償う女囚は誰にも助けてもらえません。刑罰として自由を奪われ、羞恥心が許されない女性の絶望と屈辱を描きたかったのです。死刑の代わりに奴隷刑を採用した社会も書いてみたいのですが――」n
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