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the toriatamachan season4
女の子にとって、「美醜のヒエラルキー(それによって生まれる優劣)」は強大だ! 「酉年生まれゆえに鳥頭」だから大事なことでも三歩で忘れる(!?)地下アイドル・姫乃たまが、肌身で感じとらずにはいられない残酷な現実――。女子のリアルを見つめるシリーズ連載、シーズン4は「日常」にまつわるアレコレです。けれど、死にそうなほどの憂鬱も、やり過ごせないほどの退屈も、実際には私を殺さない。それでまた、白衣を着た知らない精神科医とこうして向き合っている。私はこうして何度でも期待して、何度でも裏切られる。私は精神科医に占い師のような役割を求めているのだ。別に聞いてほしい話があるわけではない。それよりも君は本当はこういう人間で、こういう前世で、だからこういう運命を辿っているのだと言ってほしい。ただの決めつけでも当てずっぽうでも構わない。どうせ何かを言われたら、私のほうがそれに従って生きていくのだし、聞いてしまった以上、生活なり性格なりが自然と当てずっぽうの運命に寄っていくだろう。人間なんてそんなものだろうし、とにかくそれで構わない。とても退屈だし、そもそもこんなにも憂鬱な人生はおかしいと思うから。神様か何かが私を憂鬱にしているとしか思えない。そしてそんなことを神様がしてくるんだったら、私は私なんかを抱くような精神科医の言うことを聞いて神様に意地悪をしてやりたい。
精神科医の質問に受け答えしながら、私は自分の喋り声が徐々に慟哭へと変わっていくのを聞いていた。診察室は劇場の上に建っているマンションの一室にあって、玄関にはなおざりに看板が引っかかっている。さっきマンションの一階でエレベーターを待っていたら、両手を胸の前でバタバタさせながら、口をパクパクしているおばさんを乗せてエレベーターが降りてきた。扉が開くと、「お前ら全員梅毒集団だろ! 早く降りろ!! 降りなさいよ!!!」と怒鳴り声が飛び出してきて、おばさんはパタパタと人を追い払うジェスチャーをしながらひとりで出てきた。私が交代でエレベーターに乗り込むと、信じられないという顔をして「汚らわしい」と呟いた。彼女はいつここではない世界へ行ってしまったんだろう。私は何も言わずに「閉」を押した。誰も悪くない。誰も悪くないのだ。なぜかそう思いながらエレベーターの鏡を振り返る。ニットとタイトスカート。猫目の私。どうしてこれが私なんだろう。鏡の中の私が思ったように動くのが不思議で、試しに右腕を上げてみる。精神科の玄関を開けると、待合室になっているリビングから診察が終わったらしい女が出てきて、俯いたままヒールの底が磨り減った赤いミュールを突っかけて出て行った。
私の声は今や精神科医でなければ、あるいは精神科医であっても、白衣を着ている時でなければ耐えられないであろうヴォリュームで響き渡っている。それでも私は至って冷静だ。精神科医の目に映っている私に比べて、実際の私はずっと冷静なのだ。叫びながら泣くと喉と心臓のあたりが引き攣れて、頭の中が圧迫される。血の流れる音が聞こえる。不意に憂鬱でいることへの飽きが来て、私は泣くのをやめた。なんでも、すぐに退屈になってしまう。
「たくさん泣けるのは鬱が晴れる前兆です。いいことですよ」
はあ? 涼しい顔して意味のないこと言ってんじゃねえよ。ホテルのベッドシーツみたいな白衣着やがって。どうせ過干渉な母親に育てられてきたんだろう。蝶よ花よ医者になれよと愛撫されながら育ってきたのだこいつは。今度こそ本当に泣きたかった。こんなものなのか人生は。こんなにつまらないものなのか。私ですら耐えられないのだから、もっと街を歩いている人が突然叫んだり、上裸になって火を囲んで踊ったり、首を切ったり、高いところに上ったり、それで飛び降りたりしてもいいんじゃないか。そんなことをしている人が珍しいってことは、もしかして私の人生って世界の中でも堪え難いレベルのつまらなさなのか。いや、みんながだいたいこの程度の人生を何とも思わないで暮らしているだけなんだろう。ああ、運動だ運動。運動がしたい。街を裸足で走ったり、手を振り上げて大きな声で叫んだり、ドラム缶を棒で叩き潰したりしたい。思いついたらすぐにそうしたくなって体の内側から全身に震えがくる。
「先生、運動がしたいです」
どういう運動ですか? 精神科医はさっきまで私が泣き叫んでいた言葉を書き取っていたタブレットに鍵盤を表示させて言った。
「どういう運動ですか?」
もう一度同じ質問を繰り返すと、精神科医は立ち上がって片手で乱暴に画面の鍵盤を叩きながら歌い始めた。チープな鍵盤の音と奇声のような歌が診察室に立ち込める。私は今まで考えていたことと、これから考えるべきことも全部忘れてしまった。突然、彼は振りかぶってタブレットを窓の外に投げて言った。
「こういう運動ですか?」
さっきまで指先で叩き割られてしまいそうだったタブレットは、窓の外に飛んでいく時には意外と紙みたいで、痛みを失っていて身軽だった。マンションの下のほうでかすかに悲鳴が聞こえる。満足げに短く息を吐いて白衣の襟を正した彼の眼鏡は、少しずれていた。少し笑っている。私はこういう、偶然に訪れる快楽を信用していない。精神薬を飲んだり、精神科医と寝る。そういう、想定した通りに、想定した分だけ訪れる快楽しか信用しない。そうやって私は、いつまでも、自分を憂鬱から逃れられないようにしてきた。彼が目の前の椅子に座る。目が合う。彼は私の退屈をわかっている。私には彼の退屈がわかっている。そしてそれをわかっていることが、もうお互いにわかっていた。
「こういう、運動です」
本物の性欲、というものがどういうものかわからないけれど、とにかくそうとしか言いようのないものが、私の中でちらりと動いたのがわかった。そしてそれをもう彼は知っている。
文=姫乃たま
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