|
次回の記事>>>
今日も雨だ。
気のせいか最近やけに雨が多い気がする。雨は、きらいだ。ここのところ特にきらいになった。じめじめするから、服が濡れるから、空が低く灰色なことが気を滅入らせるから、ただでさえ寒いのにもっと冷えるから......そんな理由ではない。
私は傘の中に忍び入ってくる雨に体を撫でられると、どうしようもなく「気持ちよく」なってしまう。まだ年端もいかない、そう、私と同じ十六歳ぐらいの年の女の子が、つたない動きの舌で私の肌を舐めているような。誰かに肌を舐められたことなんかないから想像でしかないけれど、でもそれはきっとこんな感覚なのだろうという確信めいたものがある。みずからの重みに耐えかねて垂れていく水滴は、頬や腕を濡らす唾液だ。
「奈央、またね」
校門から出て行くまでに、何人かの同級生に声をかけられた。隣にいつも立っていた人がいないことを気づかう様子は、以前と比べればその声や表情からは薄らいでいた。
「うん、また」
笑って答えるが、無邪気につくった笑顔とはうらはらに、湿ってくる服から脚や腰や胸を這い上がってくる官能に、内心では冷や汗をかいている。やばい、気持ちいい。このままいろんなことを忘れて飛びこんでしまいたいという誘惑に、気を抜いたら負けてしまいそうになる。
最初は、プールで泳いでいるときだけだった。水に身体が触れることで、こんなにわけのわからない快感に襲われることは。水に包まれて、四方どころか周囲のすべてから体を撫でまわされて、さらに皮膚を通して体の中に浸透してくるのではないかという陶酔。抗えない圧力とともに押し寄せて、はねのけようとすればするほどあざ笑うような恍惚をたずさえてくる。
その感覚が気持ちよくて、というか気持ちいいことが気持ち悪くて、私は不安だった。怖かった。私はいつしか水に入ることを恐れて、泳げなくなった。入ろうとすると、呼吸が荒くなる。心臓がばくばくと音を立てて拒否する。全身に鳥肌が立つ。身体のすべてがいやがった。それでも無理をして入ると、体が緊張して、手足をまともに動かせなくなった。それまでの私では考えられないようなぶざまさでぶくぶくと沈んで、鼻や口から水が入ってくる。水を体に入れたくないから、必死で呼吸を止める。そうすると意識が遠くなって、アウトだ。気がついたときにはプールサイドで人口呼吸をされていて......ということが、もう3回もあった。
私はもう泳げないのだ、と思った。この女子高に入学し、水泳部に入部したときからほかの1年たちとは頭ひとつ飛び出したところで活躍し、インターハイの出場も確実といわれたのに、そんな華々しい未来を手放さなければいけなかった。今までの努力を、私はすべて無にしなくてはいけなかった。
先輩たちも同級生も、成績はよかったもののきちんと謙虚に振る舞っていた私が部活を辞め、水泳を止めることをとても残念がってくれた。残念がったが、誰も引き止めなかったのは、みんな「ああいうことがあったんなら、仕方がないよね」と考える部分があったからだろう。
ああいうこと......私は3カ月前、誰もが私の親友だと思っていた香織を、「不幸な事故」で失っていた。
香織と私は幼馴染だった。
家が近所で、親同士も昔から仲が良かったらしい。幼稚園から一緒だった。
香織はいつも私にくっつきたがった。ただくっつくだけならいいが、私がほかの友達と登下校したり、遊びたいと言い出したり、実際そうしたりするといつも、「奈央ちゃん、私のこと嫌いになった?」と上目づかいの瞳に涙を溜め始めるような子だった。
それでも気にせずにほかの子と遊ぶと、あるとき突然火がついたように泣きだす。どうしたのか尋ねると、ようよう「奈央ちゃんを取られてしまうんじゃないかと思った」と答える始末だった。
ようするに香織はかなり「面倒な子」だったが、そんな子につきまとわれているにもかかわらず、私からほかの友達が去っていくことはなかった。そこそこおしゃれに気を使ったり、人の気を惹く話題を豊富にふりまけたためだろう。当時はそういう自覚もなかったが。
対して、香織のほうは私以外の友達はほとんどいなかった。私以外の前では、極端な引っこみ思案なのだ。べつの友達と話していても名前が出ることはほとんどなく、クラスが分かれたときは彼女が普段何をしているのかまったくわからなかった。一緒のクラスなら始終つきまとわれるのでいやでもわかったが、そうでなければ耳にも入ってこないし、誰にも聞きようがない。香織自身によればすごく仲のいい子はいなくて、休み時間はいつも「ぼーっとしている」のだそうだった。本を読むわけでも絵を描いたりするわけでもないらしい。
「考えごととか、してる」
「考えごとってたとえばどんなことを?」
「いろいろだよ。説明できない」
どうやら香織は本当にぼーっとしているだけで、何もしていないようだった。休み時間になるとドッジボールやバスケットボールに忙しい私からは、ちょっと考えられなかった。
休み時間といえば、同じクラスになって私につきまとっていたときも、彼女は遊びには参加せず、端から見ているだけだった。それも自分から望んでではなく、ほかの子に「見ていて」と命令されてそうしていた。運動神経が鈍いのだ。体育で香織が入ったチームは、何の競技であってもたいてい負けた。それで私も止めなかった。「そうだよね、私が入ったら負けちゃうもんね」と香織も笑って従っていたので、いじめだとは感じなかった。
私のほかに友達がいない彼女にとって、私との付き合いはたぶん社会との接点のようなものだったのだろう。そして、顔もそれほど悪くはないどころか、まぁまぁいい部類に入るであろう私が教科でも運動でも学年の噂になるような成績をとり始め、人の噂に上るようになると、私と友達であることは、彼女にとってちょっとした誇りにもなったようだった。ことあるごとに「奈央ちゃんが友達でいてくれて嬉しい」と、普段はおとなしいくせに、まわりに聞こえるように口にしていた。
私はときどき香織を邪魔に感じはしたが、それでも突き放さなかったのは、彼女がいじめられっ子だったからだ。
特に小学校低学年のうちは、男子からよくいじめられた。体当たりを食らわされたり、ゴムのおもちゃのようなものをさりげなく投げつけられたり、持ち物を隠されたり、少々太めだったので「デブ」と揶揄されたりした。私はそのたびに飛び出していっては香織をかばった。ときには叩き合うようなこともした。
私は、香織という弱者を救うことにひそかなナルシシズムを覚えていたのだった。小さいころから何かと褒められたり、目立つことの多かった私は、ずいぶん早い段階から単に成績や運動で称賛されるだけでは物足りなくなっていた。そんなものはとてもありがちな価値に思えた。そこにもうひとつ、揺るぎないものがほしい。ただの優等生で終わらない、私と優等生とを引き離す何かが。いじめっ子を守るヒーローの役はその「何か」の部分にすっぽりはまってくれた。
私は別に男になりたいわけではなかったけれど、男子たちを力や言葉で追っ払って、「この男女!」と捨て台詞を吐かれると、何ともいえない優越感といい意味での特異性を感じることができた。
「男子なんてきらい」
男子たちにいじめられて私に助けられると、香織はときどきそうこぼした。
「将来あんな人たちと結婚しなくちゃいけないなんて、いや。私は奈央ちゃんのお嫁さんになりたい」
なぜそこで結婚の話が出てくるのか、あまりにも唐突に思えたが、私はそのたびに特に深く考えもせずに「女同士は結婚できないよ」と流していた。お礼の言葉の、香織なりのバリエーションという程度にしか捉えていなかった。
6年になると、私が進学するからという理由で、香織も同じ中学を受験した。香織の成績では難しいかもしれないと親からも教師からもいわれたが、香織は必死で勉強して何とか合格した。
登下校を一緒にすることはなくなった私が断わった。ちょうど入学の時期に、祖母が「長期に渡る」と宣言された入院を始めたことが理由だ。共働きの両親を手伝って祖母の面倒を見なくてはいけないから、登校も下校も時間がばらばらになる、それで難しいと告げた。香織はしょんぼりしたが、私がおばあちゃん子だったことを知っていたためだろう、「なら、しょうがないね」と素直に引き下がった。無理強いしたら嫌われるとも思ったのかもしれない。
祖母の入院は私の行動をほかにも制限した。私は祖母の看病ができるよう、必ず入らなくてはいけない部活も活動の少ないものにした。美術部だ。小学校の頃、絵画教室に入っていたので、絵を描くこと自体好きだったこともある。運動部にも入ってみたかったが、祖母の看病のほうが大事だった。
課題の提出はあったが、必ずしも部活動中に描かなければいけないわけではなく、祖母の病室や家で鉛筆描きの絵を描き上げた。そのほかは月に一度あるミーティングにさえ顔を出せばよかった。
香織も美術部に入ったが、「私が入ったから」とは言わなかった。ただ、私が小学校時代に絵画教室に通っていたことを出して、「絵画教室に行く奈央ちゃんを見て、じつはずっと羨ましいと思っていた」とだけ、何だか申し訳なさそうにいった。そんな話は初めて聞いた。
クラスが8つあった中学で、私と香織が同じクラスになることは最後までなかった。私たちが顔を合わせるのは、偶然を除けば、月一度の美術部のミーティングのときと、毎年学園祭の展示の準備をするときだけのはずだったが、実際には至るところでしょっちゅう顔を合わせた。渡り廊下で、図書館で、美術準備室で。香織はそのたびに、「奈央ちゃん、偶然だね」と声をかけてきた。絶対、偶然じゃないと思っていた。
香織は高校も私と同じところを選んだ。中学と同じで、香織の成績では難しいといわれたのに、やはり勉強したらしい。このときも私が狙った高校だから受験したとは言わなかった。
中学3年の秋に祖母が亡くなっていたので、私はたまたまスカウトされた水泳部に入ることにした。予想はしていたが、香織も入ってきた。
私は人より肩の力が強いらしく、その上努力することも苦にならなかったので、入ってわりと早い段階で、上級生に混じって大会出場メンバー候補に挙げられた。一方香織はどん臭く、最初にプールに入ったときは先輩に「泳いだこと、ある?」とまで聞かれたほどで、数カ月はプールの端で一人でごく初歩的な練習をしていた。
そんな香織を見て、たまに「よく恥ずかしくないよね、私だったら辞めてる」という声も聞こえたが、頻繁ではなかったし、そこそこの好意も混じっていた。その頃には香織はある程度の要領の良さや社交性を身につけて、「抜けているけど憎めない、ちょいデブの子」程度の存在になっていた。「水泳部の癒し系」なんて呼ばれることもあった。
そのうちに、飛び抜けて泳げる私と、泳ぎは最悪だが愛嬌のある香織は、幼なじみのデコボココンビということで認識されるようになった。並びで扱われるなんてまったく嬉しくなかったが、あからさまにいやがるわけにもいかない。1年から大会出場メンバー候補に挙げられるような私であればこそ、そんなことは許されなかった。「何を偉そうに、同級生を馬鹿にして」ということになってしまう。香織が喜んでいるのがわかるのも、何だか腹立たしかった。
「あの事件」が起こったのはそんな高校生活にもだいぶ慣れた9月上旬......インターハイが終わり、秋の大会の出場メンバーを選抜する部内予選を翌日に控えた夜のことだった。
メンバー候補に挙げられていた私は、その日、遅くまで残って練習していた。ほかの候補たちは、前日はあまり激しく運動しないほうがいいとのことで、比較的早く帰っていた。私は自分の体の特性と今までの経験から、自分にその説が当てはまるとは思えなかったので残ってひたすら泳いでいた。1年であっても、選ばれた以上は全力を尽くしたかった。
正確にいえば、残ったのは私一人ではなかった。私の泳ぎを無駄なく響かせるだけのはずのプールには、もうひとつ聞き苦しい水音が重なった。香織だ。
「残っていく人がいるんだったら、せっかくだから私も普段できない練習がしたい」というのが言い分だった。もちろん彼女はメンバー候補になど挙げられていない。
最初はわずかにいらついただけだったが、練習をしているうちにそれは内臓をひねられるような怒りに変わっていった。一人で集中したいのに、水音が気になって仕方がなかった。
帰ってほしくて、遠まわしにそう言った。すると香織は今度は、「じゃあ、うまい人の泳ぎを見学させて」とプールサイドに上がった。その、何だかねっとりとした視線のほうがさらに気持ちを落ち着かなくさせたので、「ごめん、やっぱり泳いでいてくれたほうがいい」とプールに戻ってもらった。
万が一香織からほかの部員に伝わったら印象が悪くなると、はっきり「帰って」とは言えなかった。練習をしたがっている部員を「邪魔に感じたから」という理由だけで追いだしたなんて知れたら、どう思われるだろう。私はついにやっていられなくなって、プールを上がった。もう、とても集中できそうになかった。
プールではまだ香織が不格好なクロールで泳いでいた。香織と違ってあまり音の立たない私の泳ぎは、終わったことが香織にはわからないようだった。私は香織に声をかけることもなく、その場を去った。何か言葉を交わすことさえ、いまいましかった。
更衣室で素早く服を着替える。シャワーも一瞬体を濡らしただけだし、髪が濡れているのも、香織に気づかれないで済むなら気にならなかった。明日なら多少風邪っぽくなっても何とかなるだろう。何も言わず先に帰ったことに関しては、買い物をしなければいけないものがあるのを思い出した、先に出たことは翌日謝ろうと思った、とか何とか、言い繕おうと思っていた。
更衣室を出て行こうとすると、プールのほうから派手な水音が聞こえた。私がいなくなったことにやっと気づいて慌てて上がろうとしているのか、それとも身の丈に合わない泳ぎ方の練習をしているのか。前者だったらいやだなと思って、私は足早にその場を去った。
香織と二人で練習に残っていた私は当然状況説明を求められたが、私は香織がまだプールにいるうちに上がってしまったので、何もわからないと答えた。香織を置いて出てきたことについては、昨日考えた通りの説明をした。
私はそれ以上追及されず、与えられたのは同情だけだった。幼なじみの親友を失ってつらいでしょう、運が悪かったのよ、あなたのせいじゃない。
あなたのせいじゃない、あなたのせいじゃない。あなたのせいじゃない。
その言葉を聞くたびに、耳の奥ではけたたましく前夜の水音がよみがえった。あれは香織が溺れていた音だったのだ。それもたぶん、何か練習していたわけではなく、私が急に消えたことに焦って足をつらせたのだ。私がプールを上がるときに声を掛けていれば、あるいは最後にプールを覗けば防げた事故だった。だいたい、いくら香織が泳ぎが下手だからといって、あんなに派手な音がするだろうかと今にしてみれば思う。怒っていたとはいえ、どうして不審に感じなかったのか。
誰にも言えない。香織は、私が見棄てたも同然なのだ。
プールや雨だけではない。このところはお風呂も怖くて、入浴はシャワーを手早く浴びるだけだし、水を飲むことさえ怖いときもあった。水が喉を滑り落ちていくとき、内臓をそっと愛撫されているような気がした。
私は、香織の死体を見なかった。それどころか葬式にも行かなかった。その無礼を周囲の人々は、香織や私の両親でさえも、幼なじみを失ったショックだと受け取ったが、実際には罪悪感に押しつぶされそうだったからだ。
だから私は、香織が死んだとはまだどこかで信じられずにいる。
いや、隙あれば話しかけようとしていたあの粘ついた視線がなくなったのだから、確かに消えたのだろう。だがそれは死んだのではなく、プールの水に溶けたのだという気がする。もがいて、苦しんで、そのうちに彼女は自身も水になってしまったのではないか。
その水はプールから抜かれた後、大地と空を循環して雨雲になり雨になり、その雨が私を濡らす。雨が集まって川になり、その川が堰き止められた水が水道に流され、水道から溢れ出すシャワーが、私の肌を撫でようとする。コップに満たした水が、私の中に入りこもうとする。市販のドリンクでさえ、液体であるというだけで、香織が姿を変えたものではないかという妄想が広がる。
心療内科に行こうかとも考えたが、そうなったら私は香織を見棄てたことを話さなければならないだろう。
それに、私は知っていた。香織が私を見る目には、いつの間にか、ただの友達を見る目とは違う熱が込められるようになっていた。水に触れて感じる「気持ちよさ」はきっとそこから来るものだということを、医者とはいえ誰かに話すのがどうしようもなく恥ずかしかった。
そんなときだった、「終わりの神様」と名乗る、奇妙な人物に出会ったのは。
(続く)
異色ファンタジー小説連載 毎週火曜日更新
Abnormal Fantasy Novel 2013 [god of the end]
Abnormal Fantasy Novel 2013 [god of the end]
関連記事
底本・今昔物語集
口中の獄
稲荷山デイドリーム
百鬼女衒とお化け医師
朱の風吹く
|
次回の記事>>>