森をさまよい歩いて、まんげつ氏とかいうおかしな男に会ったのは夢だったらしい。
――変な夢だった......。
舌打ちしたい気分で起き上がろうとする。が、体が動かなかった。
――どうなってるのよ。
焦ったとき、もうひとつおかしなことに気づいた。今、見えるのは良平の部屋の天井だが、高さが不自然だ。
良平の部屋でうたたねをしたことは何度かあったが、さすがにベッドで寝るのは遠慮していた。寝るときはどこかによりかかるか、床にそのまま転がった。もし、今寝ている場所が床だとしたら、天井が近すぎる。だとしたらここはベッドだろうか。しかし、背中に伝わってくる硬さは、布団のものではない。
体も顔も動かせなかったが、目だけはかろうじて動かせた。横では良平が壁によりかかってゲームをしていた。
信じられないことだったが、良平の位置からして、みもざが横たわっているのはどう考えてもテーブルの上だった。大きなものではないのに、足や手がはみ出しているようでもない。
良平、と呼びかけようとしたが、声も出なかった。
それでもあきらめる気にはなれなくて、みもざは何度も良平の名を強く念じた。何度目かで良平はこちらを向いた。だが、訴えを察したわけではないようだ。良平は明らかにゲームに集中できておらず、画面から目を離した拍子にみもざのほうを見ただけだった。
良平は苦しげな顔でしばらくみもざを見つめていたが、すぐにゲームに戻った。
ふいに部屋のドアがノックされた。「どうぞ」と無気力に答えた良平の顔は、ノックの主が現われると同時に、照明が差したようにぱっと明るく輝いた。
「和樹!」
そこに立っていた和樹の顔は、良平とは対照的に暗く沈んでいた。
「どうしたんだよ、メールの返事もなかったから心配したよ。学校で会ってもおかしいし」
「ごめん、ちょっと考えごとしてた」
「......あ、いや、こっちこそごめん」
和樹は陰鬱な迫力を纏っていた。良平はたじろいだ。子犬が跳ねまわるようだった声から興奮が抜けていく。
「あんなこと、いきなり言うべきじゃなかった」
良平がうつむくと、2人とも黙りこんだ。
和樹はみもざに視線を向けることはしなかった。わざと無視しているようには見えない。いくら真剣に話しこんでいるからといって、テーブルに横たわっているのに気がつかないわけはないだろう。
もはや、考えられることはひとつしかなかった。みもざの姿は、2人には見えないのだ。
「みもざはどうしたんだろう? 和樹は会った?」
良平が和樹に尋ねた。やはりそうだ。
和樹は何も答えなかった。そのことは、良平をさらに不安にさせたようだった。
答えのかわりに、和樹はべつの質問を口にした。
「良平、お前さ......みもざのこと、おばさんに言ったりしていないよな?」
「え?」
良平は質問の意図を読めていないようだった。無邪気といっていい顔つきが、「もう少し詳しく」と求めている。
「その......お前がみもざを好きだってことだよ」
「当たり前だろ、言うわけないじゃん、そんなこと」
良平は真っ赤になって否定した。
「なぁ、ひとつ確認したいんだけど」
強い語調で言ってから、和樹は背筋を伸ばした。何かを決意するように大きく息を吸う。
「な、何だよ、改まって」
「お前はみもざを、女の子として......人として好きなのか?」
「......当たり前だろ?」
良平はいぶかしげな目をして首をかしげた。
「お前はみもざが、『いる』と思っているのか? ひょっとして、『いる』ように見えるのか?」
まんげつ氏が夢の中で言った言葉がよみがえる。
......そもそもきみは最初から存在しない。
まんげつ氏の言葉はどういう意味だったのだろう。和樹は何のことを言っているのだろう。今、目には見えないらしいことと、何か関係があるのだろうか。
良平は苦手なものを眼前に突きつけられたように眉をしかめた。
「どういう意味かよくわからないけど......それも当たり前だ」
言い切ったことが勇気を与えたらしい。良平は和樹の目を見返した。
「みもざは『いる』に決まってるじゃないか」
そのとき、みもざの体がふわりと浮いた。
浮いたことよりも、体があまりにも軽かったことのほうに驚いた。みもざは空中をひらりと舞った。一瞬、良平と目が合った。
ぱさりと乾いた軽い音を立てて、それは......みもざは床に落ちた。何か起こったのか理解できた瞬間、みもざは、自分が何ものなのかを思い出した。
「しっかりしろ。みもざは、俺たちがつくった漫画のキャラクターじゃないか」
和樹が、握りつぶした原稿用紙を良平に投げつけたのだった。
そこには、「アシスタントさま」として2人の漫画家志望の少年に罰を与えるみもざの絵が描かれていた。
はっと我に返ったみもざの前には、まんげつ氏がいた。
みもざは先ほどまでと変わらない姿勢で立っていた。変拍子の音楽はもとの早さに戻っていた。
「イマジナリーフレンドって、知ってるかい?」
まんげつ氏はいきなり、またわけのわからないことを尋ねてきた。姿かたちからして、人を煙に巻くのが好きなようだ。
「......知らない」
ぼんやりした頭で、みもざは返す。
どうしようもなく衝撃的な事実を思い出してしまったはずだった。しかし、今現在とはつながっていないせいか、現実感がない。他人の身に起こったことを、横から覗き見してきたようだ。
「主に子供、特に幼児にあらわれるんだけどね。空想上の友達が、あたかも現実に存在するように感じたり、振るまったりする症状だよ。普通はせいぜい8歳ぐらいで消えるんだけど」
「私はその、イマジナリーフレンドみたいなものだと言いたいの?」
「そう」と、まんげつ氏は大きくうなずいた。
「きみは良平くんと和樹くんが、とくに良平くんが強く想像した結果あらわれた、実体のない虚構。思春期になってから生み出したのは珍しいけど、絵まで描いて動かしたというのがきっと大きかったんだろうな」
おそらく顎と思われるあたりに指を当てて、まんげつ氏は分析するように話した。
「良平くんと和樹くんにとって、きみはとてもリアルな存在だった。だけど、どちらかが君のことを『いない』と考えれば......」
とつぜん、膝の骨を抜かれたかのようにみもざはその場に崩れ落ちた。顔から地面に落ちたが、不思議と痛くもなければ、泥のいやな感触もない。やわらかな綿の上に倒れたようだった。
倒れた拍子に顔の前に置かれた手は、皮膚が肌色のゼリーのように半透明になっていた。たぶん体の他の部分もそうだろう。血管のような蔓が皮膚や服から飛び出し、周囲の木々に向かって伸びている。それは空中で葉脈のように細かく広がって、次々枝に絡まった。
視界の端、蔓と木々が絡み合う向こうに、良平と和樹の姿が見える。先ほど見たことの続きのようだ。
和樹が泣いていた。
「俺がお前を誘ったせいなのか? なぁ、目を覚ませよ。俺はもうお前を見ていられないよ。漫画を描くのをやめれば、お前はなおるのか?」
喚きながら、ビリビリと派手な音を立てて原稿用紙を破いていた。描かれていたみもざは、皺くちゃの状態からさらにバラバラになっていった。
「いいか、みもざなんていないんだ。漫画の中の漫画家志望者はたしかに俺たちそのものがモデルだけど、俺たちはみもざなんていう女の子からメールをもらったりしていないし、アシスタントにしてほしいとも言われていない。めちゃくちゃな性格に振り回されたりもしていない。みもざが告白しただのされただのって話は、今回のネタに過ぎない。お前はそのネームを描いている途中でいきなり変なことを言い出したんだ。俺の言っていることがわかるか? なぁ、しっかりしろ、しっかりしてくれ」
和樹は良平の肩を掴んで真正面から顔を覗きこみ、前後に強く揺さぶった。
みもざは自らのもののように良平の心情を追うことができた。当たり前だ。みもざは良平に生みだされた良平の分身なのだ。わからないわけがない。
彼は今、本物の人の目はこんなに複雑な光彩を持っていたのかと驚いている。そして、思い出していた。
和樹と漫画を描き始めて、そろそろ半年になるだろうか。楽しかった。新しい構図で何かを描くたびに和樹は大袈裟なぐらい喜んで、褒めてくれた。だから、練習のしがいがあった。良平にはとても思いつけない、和樹のぶっとんだギャグのセンスが好きだった。和樹がいつもクラスのみんなを笑わせている理由がよくわかった。ストーリーの進め方で意見が分かれたとき、喧嘩になりかけながらもどちらも絶対譲らなかった。そうするとたいてい、妥協ではない第三の道が開けた。文化祭に出す同人誌が間に合わなさそうだと、和樹が良平の家に泊まりこんだとき、生まれて初めて徹夜した。明け方には二人とも妙な興奮状態に陥っていた。コンビニで買ってきた缶コーヒーがやたら甘く感じられた。
小さい頃から内向的だった良平は、もともと現実よりも空想の世界で遊びがちだった。「空想上の友達」も、みもざほどはっきりした人格を作り出したのは初めてだが、今までも何度かそれらしいものは生じかけていた。
だが、そのとき感じた、優しくて温かいがうつろで一方的に響くばかりだった感覚と、今、眼前にある和樹のまなざしや、掴まれた肩の痛さから受ける感覚はぜんぜん違う。
そこには、いや、今まで送った和樹との日々すべてには、今まで知らなかったたしかな、入り組んだ手触りがあった。五感を重層的に通過してやって来る、生々しい躍動感があった。
良平は彼と初めてまともに向かい合い、彼を必要とした現実の人間から、現実を突きつけられていた。
足元に散らばった、「みもざだった紙片」が視界に入った。生意気そうな笑顔は、手のひらよりずっと薄く小さな一片になってもそのままだった。
和樹の目を呆然と見つめ返していた良平の目が、濁りが沈んでいくように醒めていく。
「俺、どうかしてた」
それから、小さく、しかしはっきりと呟いた。
「そうだ、みもざなんていない」
いつの間にか、森も、まんげつ氏の姿もなくなっていた。みもざも消えていた。
消えたが、意識だけは残っている。まんげつ氏も、目には見えないがそばにいることは感じられた。
そこは、どこまでも広がる砂漠になっていた。目の前には、長く巨大なトンネル状のものが建っている。土色に濡れたように光り、上部には焦茶色の縦線模様があった。
よくよく見れば、それはテントではなかった。特大の蛭だ。気色悪さも恐怖も感じたが、実感としてはあまり強くなかった。情報として眺めているようだった。
――これは、何?
意識だけのみもざが尋ねると、まんげつ氏の答えは蛭の中から聞こえてきた。
「きみがこれから通るところ。きみはここを通って回収されるんだ」
――やだな、気持ち悪い。
みもざは悪意を込めた。かつて良平や和樹に暴言を吐きまくっていた自分の口を思い出す。良平が心もち「への字」にデザインした口。でも、それはもう彼女のものではなかった。どこか遠いところに行ってしまった。
「ぼくもそう思う。でも悪いね、これがぼくの本当の姿だ」
蛭はのっそりと動きだした。砂漠の太陽の下でもまったく乾く気配のない湿った体表が、角度が少しずつ変わるごとにぎらり、ぎらりと直射日光を反射した。
やがて、頭部が完全にこちら側を向いた。
頭部といっても目や触覚があるわけではない。ただ、すり鉢のようなへこみの真ん中にある口だけは巨大だった。大きく開いていたが、底部は小さくすぼまっているので、奥の様子は窺い知れなかった。それでも、多種多様な生物が放つ熱気が混沌と渦巻いていることは、何となく伝わってくる。
この蛭の中は地獄とか天国とか、そういう類の場所に続いているのだろうか。だが、みもざはそんなところに人並に行けるのだろうか。だとしたらここは何なのだろう。
――やだな。
思ったが、もはや逃げる体もない。あきらめるしかないのだろう。負けん気の強そうな顔だちや、小柄ながらも敏捷に動く体がまだみもざのものであれば、たぶんもっと抵抗していた。だが今は、自分は何ものでもない。
内側から熱い風が吹いた。わずかだが血のにおいがした。
そのときだ。「みもざ」と名を呼ばれた。気のせいではない。たしかに呼ばれた。みもざは振り向いた。
さっきまで歩いていた森が甦っていた。
森には先ほどまでと明らかに違うところがひとつだけあった。風景の真ん中に良平の部屋がある。それは森と同化が進行しつつあるような形で組み込まれていた。天井は枝と葉に侵食され、床は倒木と根と土と苔に覆われている。壁からは太い幹が飛び出し、家具という家具には蔓が巻きついていた。
気が遠くなるような時を経た、古代の遺跡のようだった。
良平はテーブルの前に座って、スケッチブックを広げ、こちらをじっと見つめていた。その体にも蔓が絡んでいた。
スケッチブックにはみもざの絵が描かれている。みもざは体がもとに戻っていることに気がついた。服の皺もなくなっていた。
良平はみもざに向かって腕を伸ばした。
「俺はやっぱりきみが好きだ。きみのことを忘れられない」
「良平!」
枝や蔓を避け、倒木や根を乗り越えて、良平に駆け寄ろうとする。だが、なかなか前に進めなかった。
「わたし、行きたくない!」
枝や蔓を払いながら叫んだ。
「わたしも良平が好きだから、離れたくない!」
あぁ、そうだ。
あふれ出した言葉の後に、自覚がやってきた。良平だけがみもざを好きなのではなかった。みもざもまた、良平のことが好きだった。それは良平を好きになるように、良平に求められたからだろうか。最初はそうだった。だが、今はちがう。
良平と和樹に生み出され、存在にはっきりとした輪郭を与えられて、意志のようなものが生じてから、みもざは漫画の中で「勝手に動き回る」ようになっていた。キャラクターが一人歩きする、と世の中的にはいうらしかった。みもざは少しずつ、しかし確実に、良平に思いを寄せるようになっていった。和樹にも内緒で、恥ずかしい思いをしながら少女向け雑誌を買ってファッションを研究し、少しでもかわいらしく描いてくれようとした良平。夜、一人でしげしげとみもざを眺めては、切なげな顔を隠そうともしなかった良平。和樹も面白くて好きだったが、良平とは違った意味での「好き」だった。
良平ともっと一緒にいたい。
だから、ここから逃げなくては。逃げて、良平のところに帰るのだ。
だが、そのためにはひとつ、あまりにも大きな問題を解決しなくてはいけなかった。
「わたしを『いない』と思わないで!」
みもざもまた手を伸ばした。
良平の指が伸びて、こちらに細い枝となって届いた。みもざはその頼りなさげな、まだやわらかそうな枝を握った。あたたかいと感じたが、気のせいだったかもしれない。
良平が微笑んだ。
「君はいいんだ。いなくても」
その瞬間、部屋は消え失せた。森もなくなった。みもざの手の中に枝の感触だけを残し、あたりは蛭が佇むもとの砂漠に戻った。みもざはその場に座りこんだが、ほどなくして再び消えた。
終わったのだ。すべて、終わってしまった。みもざは否定された。
「彼と、離れたくないかい?」
口の中からまんげつ氏の声がした。みもざは少し考えて、弱々しく「離れたくない」と答えた。まんげつ氏は言った。
「会えるかもしれないよ」
「手のひらを見てごらん」と言われ、みもざは手を開いた。もう体はないのに、その行為は以前よりもはっきりと、痛いぐらいの神経のほとばしりをもって行なわれたように思えた。
そこには欠けた爪のような枝の先端があった。握った枝が折れたのだろう。
「今、彼は、彼自身も気づかないうちに、意識だけの自己を作り上げようとしている。肉体も、現実環境も必要としない虚構の自己だ」
みもざは首をかしげたが、まんげつ氏は止めなかった。
「わからないならわからないでもいい。とにかくきみと......いや、かつてのきみと同じモノに、今度は彼がなろうとしているってことだ」
――わたしと同じ......。
「彼はみずからいないものになろうとしている。正確にいえば、『いない』自分を『いる』自分のほかにもう一人作り出そうとしている。イマジナリーフレンドならぬ、イマジナリーマイセルフってところかな」
――想像上の自分?
「そう。彼はやがて『いるはずのないもの』として姿を現わすだろう。だが、それが成功したら彼は......」
咳払いを一度する音がした。
「生まれた瞬間から、いないはずの存在として、ぼくに『命』を狙われることになる」
蛭の喉の奥が徐々に開いていく。熱い風が強くなった。
風は様々な者の様々な記憶の断片を乗せていた。記憶は人間のものもあれば、植物や霊魂や精霊のものもあり、みもざのようにそもそもの実体がない存在のものもあった。
その中にはまんげつ氏の記憶もあった。いや、まんげつ氏が姿を借りた者の記憶といったほうがいいだろう。彼はかつて燕尾服を纏い、大きな月の被り物をしたサーカス芸人だった。ある日、綱渡りのロープの上から落ちて死んだが、死んだとわからずに幽霊になり、何度も何度もロープから落ち続けた。やがて、彼は回収された。
「ここに取りこんだ者の姿を、ぼくは借りることができるからね。いつかきみの姿も使わせてもらうかもね」
まんげつ氏はそう笑ってから、少し真面目そうな口調になった。
「ぼくの目的は、輪廻からはずれた、さまよえる魂の回収だ。終わるべきときに終われなかったものは、エラーとして一旦輪廻の輪からはじき出される。その魂を吸収して、地球から生物が滅亡して生まれ変われなくなったとき、地球の「予備」である月に誕生させる。ぼくはこんなに気味の悪い形をしてはいるけど、きみにもわかるように言うなら、ノアの方舟に少し近いかもしれない」
月という言葉を出したときに、まんげつ氏はみもざの意識を空に引っぱり上げた。空は真昼の色をしていたが、天頂には大きな満月が浮かんでいた。まんげつ氏の頭そのもののようだった。
「でも、それだけじゃ足りない。ぼくはそれ以外にも多様な、場合によってはきみみたいな、自分が魂だと思いこんでいるだけのものもここに集めているんだ。新しい世界に、どんな魂がどんな形で適応するかまだわからないから」
その説明に呼応するように、赤いエナメルの全身スーツを着た男の姿が、断片の中から誰かの記憶として光って見えた。まるで戦隊もののヒーローのようだ。誰の、何の記憶なのだろう。
「良平くんと和樹くんに否定された以上、きみは消えるしかない。だけど回収されれば、すぐには消滅せずに済む。うまくいけばきみと良平くんは月で生まれ変わって、結ばれるかもしれない」
熱い風と吹き上がる記憶を受けながら、みもざはもう一度後ろを振り返った。もうどこにも、森も、良平の部屋も見えなかった。
まんげつ氏が言っていることは嘘かもしれない。ほんとうかもしれない。嘘だとしたら、こんなところでそんな嘘をつく理由がわからないが、それがほんとうだと信じる根拠にはならない。ほんとうだったとしても、説明からして可能性はかなり低いだろう。
――いいわ、信じてみる。
それでも、信じてみたかった。
気が遠くなるほどはるかに遠い、訪れるかもしれない、訪れないかもしれない未来を、みもざは思い描いた。月の上で、もう一度良平と再会できる未来だ。そのときはもしかしたら今までとは違う姿に、違う精神が宿っているのかもしれない。その日が来たことを自覚はできないかもしれない。いらだたしいほど「かもしれない」ばっかりだ。それでもその日が来たらいいと、良平からは完全に切り離された一人の少女として、みもざは願った。
――良平、もし来なかったりしたら腹筋100回させるからね。
かつてみもざと呼ばれた女の子の絵がふてぶてしそうに笑う姿を思い浮かべて、みもざは強くそう念じた。
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